どうせ告白してもフラれるし どうせキモがられるし

沖伸橋

どうせ告白してもフラれるし どうせキモがられるし

 テレビの取材が大学前に来ていて、それとなく受けてみた。


 草食系男子についてのインタビューで、見た目から判断されて、テレビの人が目ざとく見つけたという感じだろう。


 適当に答えて次の授業に向かうことにした。


 三限は必修でもないから別に行かなくてもいいのだが、今日は気が向いたので行ってみることにした。


 行ってみると教室は案の定まばらで、真面目そうなやつが何人か最前列で授業を受けているのと、僕みたいなやつが数人いた。


 内容はイタリア美術で、教授の話を聞きつつ、それに登場する絵とか彫像とかをスマホで適当に検索しながらみていた。


 そこでだ。


 それは授業も半分過ぎた頃、誰か一人が教室に入ってきた。


 そして僕の少し後ろに座った。








 授業も終わるあたり


「あのーすみません」


 スマホをかばんに入れて肩にかけようとした。


「すみません!」


 家に帰って適当に飯でも食おう


「すみません!」


 見知らぬ女が横に立っていた。


「僕ですか」


 恐る恐る聞いてみる


「あ、はい。そうです。もしかしてお急ぎですか?」


「いや、急いではないです。」


「あの。この授業ってレポートですか。」


「はい、そう聞いてます。」


「内容とかってご存知ですか」


「教授が初回に配った資料と授業の内容を適当にまとめれば単位来るらしいです」


「え。そうなんだ。私二回出てないや。ちょうどバイトあって。」


「はあ」


「…」


「…」


「すみません、色々聞いちゃって。ありがとうございます!」


「いえ全然」


 







 僕はああいう女が大嫌いだ。


 あの間に負けてはいけない。


 あれで「貸しましょうか」なんて言った日には僕は自らのやるせなさに、田舎に帰ってしまうかもしれない。


 ああやって僕みたいな陰キャっぽいいかにもすぐ資料だのノートだのを差し出してくれるようなやつにせびって、単位だけ取っていく。


 世間はそういうやつを世渡り上手だの何だのというが、僕はあれを渡るのが上手だとは思わない。


 渡っている足は僕たちを踏みつけて悠悠と過ぎ去っていくのだ。


 そんなものを良しとするわけがない。


 久しぶりに怒ってしまった。コーヒーでも飲みに行こう。


 






「あ、もしかして、イタリア美術の授業出てた人ですか」


「?」


「あの話しかけた」


 もしかしてこいつ、さっきのレポート乞食の。


「あ、ども。」


 なんで僕のお気に入りのこの店にこいつが。


 大学から少し離れたこの喫茶店は僕が東京に来てから数少ない落ち着ける場所だった。


 奥羽大の文学部はまだ地方がいっしょだからすぐに山形には帰れるとおもっていたが、残念ながら落ちてしまい


 併願でうけた、早田大にくることになってしまった。


 山形の実家の周りと新宿のビル街はあまりにも差があって、東京に来てからしばらくははやく山形に帰りたいとばかり思っていたが、この喫茶店は実家の匂いと少し店の匂いが似ていて数少ない落ち着ける場所になっていた。


東京は本屋がたくさんあるから、神保町までチャリをこいで古本をあさってここで読むのが好きだった。


 本が好きで文学部をめざしたというなんともチンケな理由だったが、山形のときは図書館にいくのが面倒だし品揃えもこちらほどではなかったから、そういう意味では早田大を受験してよかったのかもしれない。


 さてそれはさておきなぜこの女がいるのか。


「さっきは」


「え、ここでバイトしてるんですか。」


 さっきはスキニーのジーンズにフリルっぽいブラウスでカジュアルだったが


 今は黒いカフェエプロンと白いカッターシャツといった出で立ちで僕に水を持ってきてくれた。


「はい。あ、全然気にしないでください。変に話しかけたりとかしないんで」


「はあ...てか話しかけてるんじゃ...いやなんでもないです」


「あ、そっか。あははは…」


「あの注文いいですか。ブレンドで」


「はい、あっ、わかりました。ブレンドですね。失礼します」


 僕の実家には僕の大嫌いな人種のやつがいた。これは実家を変えないと行けないかもしれない。


 




「あのそれ」


「へ?」


 話しかけないってさっきいったじゃん。


「あはは。そうなんですけど気になって。」


「デュルケムの自殺論って本です」


「え、デュルケムですか。そんなの読む人私以外しらないや」


「知ってるんですか」


「はい。読んだことありますよ、それ。」


「え…まじ。」


「はは。また授業のとき感想聞かせてください」


 




 近代日本史のレポートを終わらせて次の授業はイタリア美術だ。


 その教室に行こう。


 あいつがいた。


 今日は紺のチュニックに七分丈のズボンといった装いだった。


 今日は髪をバレッタでとめている。


 彼女はウェイターの格好が様になっているのだということに気づく。


 なんとなく話しかけづらい。


 感想か。


 いや、レポート乞食女にこちらから話しかけけるまでもないだろう。





 授業がおわると、あいつが近づいていきた。


「あのー、自殺論、読み終わりました?」


 ニヤニヤしながら彼女はとなりの机に腰掛けた。


「読み終わりました。」


「どうだった?」


「むずい、普通に」


「自殺の分類とかおもしろくない?」


「君ヤバいね」


「やばくないよ、ただ面白がってるだけ」


 





「あのこれあなたですか。ツイッターでみたんですけど。」


 クスクス笑いながらイタリア美術の時間終わりに奴がスマホの画面を見せてきた。


 そこには昨日ツイッターで回りまくっていた僕の画像があった。


 例のインタビューはネットユーザーに切り取られて、クソリプの種にされていたらしい。


 山形の友達からも沢山連絡があった。ほんとしにたい。


「そうですよ」


 ちょっと怒りながら、iPadをかばんに詰めて教室を出ようとする。


「ふふ。あははは」


 腹を抱えて笑っている。


「自殺論なんか読んでるからこんなことになるんでしょ」


 一瞥。踵を返して教室を出ようとする。


「あーーー、待って待って」


「ごめんて、普通にちょっと話したかっただけだって」


「私はキモいとか思ってないし、てか私もそんな本読むキモい女だし」


「....」


「とにかくまた本の話しよう!来週もこの授業出るんでしょ?」


「まあ...」


「来週になったら噂も落ち着いてるだろうし、慰めてあげるって!じゃあね」


元気に席にもどっていく。



イタリア美術の授業、もう切ろうかな...。

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