Who done it? 〜館の主人・伊集院礼二氏は誰によって殺害されたのか?

相応恣意

関係者が集う食堂に現れた探偵は悠然と推理を披露する

「葉山……あなたがアイツを殺したの!?」

「奥様! 違います! 私は誓ってそんなことは……!」

「お母様! 冷静になって! とおるがそんなことをするはずが……!」

 突然の凶行に気持ちの整理がつかず、紛糾する食堂。その時、不意に食堂の扉が大きく開け放たれた。

 インバネスコートに鹿撃ち帽という、あまりにも定番すぎる出で立ちの探偵が、そこには立っていた。

「落ち着いてください、皆さん!」

 朗々とした探偵の声に、食堂にいた3人の視線が一斉に集中する。

「外はひどい大雨で、警察の到着にもまだ時間がかかりそうですが……ご安心ください。警察が到着するよりも前に、私がこの館の主人、伊集院いじゅういん 礼二れいじ氏の胸をナイフで刺し、殺害した犯人を指摘して差し上げましょう」

 窓を叩きつける暴風雨がうるさいくらいの部屋の中で、探偵の言葉はかき消されることなく、部屋の中に響き渡った。

 その雰囲気に飲まれて、部屋は一瞬の静寂に包まれる。しかし、その静寂も一瞬のことだった。

「犯人を指摘……というけれど、もし犯人がいるのなら、それは葉山ということになるのではなくて? 礼二の悲鳴が聞こえたとき、アタシたちは皆、食堂にいたのですから」

「そうですね、雅子まさこさん。えーと、貴女から見て礼二さんは義理の弟に当たる、ということでよろしかったですよね? いえすみません、なにぶん、ここに来ていきなりの事件だったものですから。ともかく雅子さんの言う通り、悲鳴が聞こえたとき、食堂には執事の葉山さん。ええと、下の名前は……」

「透です」

「そう、葉山透さん以外の全員がこの部屋にいました」

 この場にいる人たちに適宜フォローをもらいながら、探偵は推理を進める。

「ですが先ほど、礼二氏が殺害された書斎で、こんなものを見つけたのです」

 探偵はそう言って、手袋をした手で、黒い直方体の形状をした機械のようなものを取り出した。

「何が見つかったんですか?」

「おっと失礼。法子のりこさん……でしたね。そうか、あなたのお名前も父親と母親から1文字ずつ……ああすみません、話が脱線しました。私が見つけたのはボイスレコーダーです」

 探偵は法子の疑問に答えるように、ボイスレコーダーのスイッチを入れた。

 すると食堂に、大音量で男の悲鳴が響き渡った。

「簡単なアリバイトリックです。私たちは悲鳴が聞こえた時間こそが犯行時刻だと思っていましたが、実際にはその時点では礼二氏は殺害されていた。私たちが食堂で聞いた悲鳴は、予め用意された悲鳴をタイマーで鳴らしたものだったんです。本当の犯行時刻は、私たちが彼を最後に見かけた午後6時より後で、夕食のために食堂に揃った午後7時より前ということになるでしょう。そしてこれによってひとつ、重要な示唆がもたらされます」

 探偵はピンと人差し指を立てて、告げる。

「アリバイトリックを使ったということは、犯人はこの場にいない第三者ではありません。つまり犯人は……この中にいます!」

 探偵は部屋の中にいる3人からの突き刺すような視線を一身に受けながら、それを意に介す素振りすら見せなかった。

 探偵の理路整然とした推理に口を挟める者はいなかった。誰も言葉にこそしないが、十分に理解できているのだ。

 探偵の言葉通り、ここに犯人がいると言う『事実』を。

 その『事実』にたじろぎ、お互いの出方を探るように、しばしの沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは……

「探偵さん。貴方の推理が正しければ、アタシが犯人じゃないのもよくご存知ですよね? 夕食前のその時間、アタシは探偵さんと、5年前に主人の法大のりまさが巻き込まれた事件について話していたんですから」

「ええ、仰る通りです。私と雅子さんは丁度その時間に打ち合わせをしていました。お互いのアリバイは完璧と言えるでしょう」

 安堵の雰囲気が流れる一方で、残された面々には緊張が走る。

「僕は……僕はその時間、お嬢様のお世話をしていました! 僕もお嬢様も犯人ではありません!」

 次に口火を切ったのは葉山だった。

「それは間違いありませんね? 法子さんも、葉山さんの言葉に間違いはありませんか?」

 探偵の問いかけに、葉山の二の腕をギュッと掴み、俯いたまま椅子に腰かけていた法子が顔を上げた。

「間違いありません。彼と私は、その時間、片時も離れずそばにいました」

 法子は力強く、そう答えた。

「でも法子、もしかしたら少しくらい、透さんが席を外す時間はなかったかしら? 少しくらいなら、貴女が気づかなかった可能性も……」

「いいえ、お母様」

 法子は静かに首を横に振った。

「私だからこそ、彼が部屋から出ればすぐ分かります。逆に私がひとりでこっそりと部屋を出ることができないのはご存知の通りです。……もっとも私と彼は、先ほどお伝えしたようにお付き合いしています。口裏を合わせていると言われれば返す言葉もありませんが……」

「いえ、その可能性は無いでしょう」

 法子の自信なさげな言葉を探偵はあっさりと否定した。

「……僕が言うのもなんですが、僕らのことを疑わないんですか?」

 その質問に、探偵は淡々と答える。

「確かに恋人同士のあなたたち2人が、口裏を合わせる可能性を検討もせずに排除することはできません。しかし忘れてはならないのは、葉山さん、あなたは元々礼二さんが殺されたと思われていた時間……夕食の時間のアリバイがないという点です。それ故にあなたの証言は信用に足ると言えます」

 探偵の言葉に、葉山は首をかしげる。

「アリバイか無いことが証言を信用できる理由になる……? すみません、仰る意味がよくわからないのですが……」

「そう難しい話ではありません。犯人はあらかじめ、夕食の時間にボイスレコーダーから悲鳴が流れるように設定していました。ならば、夕食の時間のアリバイこそ完璧にしなくてはいけません。つまり逆説的に言えば、犯人は夕食の時間にアリバイがある人物となる。ところが実際には、あなたにだけ夕食の時間のアリバイは無かった。もしあなたが犯人なら、そんなことはありえません。つまり肝心の時間にアリバイが無かったからこそ、あなたを容疑者から除外できるんです」

「な、なるほど……」

 探偵の論理的な思考に、葉山は深く頷いた。

「で、でもそれじゃあ犯人は……」

「ここまでくれば、皆さんにももうお分かりでしょう? 犯人はこの中にいる……そして本当の犯行時刻である6時から7時までの間にアリバイが無い人物です。それはこの中に1人しかいません」

 法子の問いを遮り、そう告げた探偵は、ある一点を見つめた。

「どうしましたか、先ほどから口数が随分少ないですよ? あなたが犯人でないと言うなら、あなたのアリバイを教えてもらってもいいですか、大雅たいがさん?」


 探偵はその鋭い眼光で、をじっと見つめてきた。


「……あるわけがないさ、その時間、俺は叔父を殺していたんだから」

 大人しく観念するほかなかった。

 探偵の論理に隙はなく、俺ごときに反論の余地はない。

「どうして……大雅……どうしてあなたが……」

「理由なんて分かりきっているでしょう、母さん。俺は父さんの仇を討ちたかった。母さんも、アイツが父さんを殺したという確証が欲しかったから、探偵なんて呼んだんじゃないですか?」

 口ごもる母の姿に申し訳なさばかりが募る。自分の息子が探偵から殺人犯と指摘されるところを見せることになってしまうとは……俺はとんだ親不孝者だ。

「大雅様……まさかそんな……」

「何も言うな、葉山。俺はお前が殺人犯の汚名を着せられそうになるのを、止めようとしなかったんだ。……許せとは言わないが、謝らせてほしい」

 そう言って俺は葉山に頭を下げた。

「お兄様! そんな、嘘でしょう!?」

 何か言いかけた葉山の言葉を遮り、法子が叫ぶ。

「……残念ながら本当だ。だからお前は俺のことは気にせず、葉山と幸せになるんだ」

 不幸中の幸いは、俺のこんな惨めな姿を妹に見せずに済んだことだろうか。法子がことに安堵してしまうのは、きっとこれが最初で最後になるだろう。

 の突き刺すような視線を感じながら、自分は探偵のようには超然とはできないものだと思い知る。

 気づけば窓の外の雨脚も少しずつ弱くなり始めていた。まもなく警察もこちらに到着するだろう。

 完璧だったとは言わない。けれどこんなにも早く自分の罪が白日の下に晒されてしまうとは思っていなかった。

「探偵さん。最後にひとつだけ教えてもらってもいいか?」

「なんでしょう? 私にできることでしたら」

「実は食堂で一度聞いただけだから、あなたの名前を覚えていないんですよ。名前を聞いてもいいですか?」

 その言葉に探偵は、笑みとともに長い黒髪をなびかせながら、名詞を取り出した。

「それくらいのことでしたら、喜んで。私の名前は……」

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