Ca(r)nib(v)al
七芝夕雨
記録/月明かりの部屋にて
「食べますか? 食べませんか?」
僅かな月明かりだけが、朱に塗れた部屋を照らしていた。その中に薄ぼんやりと浮かぶ、いくつかの人影。……いや、人影と呼べるかも怪しい。けれど確かに、それらは人間だった何かだ。
彼女はその中に佇んでいた。セルリアンブルーの髪を翻し、わたしの傍へと膝をつく。相好を崩した彼女は「愛おしい」と呟いた。
人間のものとは思えない、瑠璃色を嵌め込んだ大きな瞳には、酷く泣きそうな顔が写っていた。それが自分だと気付く前に、彼女は優しくわたしを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫ですよ。明日になれば、みんな元通りになります」
幼子にでも言い聞かせるような口調で、彼女は囁く。その声は酷く甘美であり、微睡を誘う。
「……本当に?」
頰に流れた液体を彼女が拭った。縋りにも似た問いかけに、頷きを返してくれる。
「あなたの決断一つで、彼らは救われるのです。これからも、あなたと共に生き続けることができる。それはとっても素敵なことでしょう?」
ああ。確かにそれは、素晴らしいことだ。あの日々が戻ってくるのなら、どんな代価だって惜しくはない。惜しくはないのだと、彼らが、何よりあなたが教えてくれた。
精一杯の願いを込めて、彼女の身体を抱きしめ返す。「暖かい」と思わず零せば、頭上で淡く微笑まれた気がした。
「彼らもきっと分かってくれます。あなたの決断を、意思を。何より、これからのことを」
見えなくとも分かる。いつもわたし達に向けていた、すべてを赦すあの笑顔。
聖人君子とは正しく、彼女のためにある言葉だ。……なるほど。だから、だからこそ、わたし達は求めてしまうのだろう。『アンヘル』という、全知全能の神様を。
大きく息を吐いて、そのまま口を開ける。一挙手一投足に祈りを込め、わたしも彼女も言葉を重ねた。
「戴きます」
「いただきます」
──どうか、あなた達の血肉が無駄になりませんように。
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