木槿国の物語・緑林党
高麗楼*鶏林書笈
第1話
木槿国の都の最近の話題はもっぱら緑林党の活躍についてだった。
緑林党と呼ばれる盗賊たちが富豪を襲い、奪った品々を王宮前に並べるのであった。不正な手段で得た物だったため、引き取りに来る者はいなかった。なまじ引き取りに出てしまえばそれらの入手先その他を問い質されるためボロが出る可能性があるのだった。
市場に集まる人々の話題もこのことだった。
「昨日は元大臣宅に入ったそうですね」
店にいた画員の妻に少年は話し掛けた。
「みたいね、今回は屋敷の主人も殺されたらしいわ」
「悪質な人物ですからね、天罰ですよ」
少年がきつい口調で言った時、
「でも緑林党は活人すれども殺人せずが方針なんだけどね」
と生員がやってきて応じた。続いて来た画員が妻の顔を見て気まずそうな表情を浮かべる。「貸金を回収してくる」と言って家を出たのだが途中で生員と会ってそのまま連んでいたのだった。
「生員どの、いらっしゃいませ」
少年が挨拶するのと同時に画員は去っていった。妻の小言を聞きたくなかったためだ。
「ところで、盗賊たちは何で緑林党っていうのかしら? 緑色の服でも着てるのかしら」
夫には関心を示さず画員の妻は話を進める。
「緑林は盗賊の別名なんだ。その昔、唐(から)の無頼輩が緑林山に籠って悪事を働いてきたことによるものだ。まぁ、当時の唐土の状況をみれば‥」
生員が蘊蓄を傾け始めたので画員の妻が話題をそらせるように
「頼んでいた緑豆餅出来たかしら」
と少年に訊ねた。
「はい、うちの料理人が腕を振るって作りました」
と風呂敷包みを渡した。
「私にも貰えないかな、姉上の手土産にしたいんだ」
生員が言うと
「いいですよ、今包みますね」
と少年が店の奥へ引っ込んだ。
青年と中年男性の主従と思われる二人連れが山中を歩いていた。
「ずいぶん奥まで来ましたけど‥」
従者の中年男性が疲れたような口調で言うと
「もう少しだよ、それにしても体力が落ちたのではないか、私たちを迎えに来た頃はすごい健脚だったではないか」
と主人が冗談めかした調子で応えた。
「あの頃は若かったんですよ」
「今だって十分若いよ」
あれこれ言い合っているうちに目の前が急に目の前が開けた。集落が現れたのである。
「あそこですか?」
「そうだよ、急ごう」
二人は足を速めた。
まもなく村の入口を示す長栍が立つ場所まで辿り着いた。そのまま中へ進んでいくと牛を引いた少年に会った。
「若さま、いらっしゃいませ」
挨拶した少年に青年は
「こんにちは、大監どのは御在宅かい?」
と訊ねた。
「はい、いらっしゃいますよ」
少年の返事に礼を言うと青年は従者と共に前方に見える大きめの家に向かった。
門の近くまで来ると箒を手にした老人が二人を見つけると
「お久しぶりです、どうぞ中へ」
と屋内に案内された。通された部屋には、初老の士人が端正に座していた。
青年と従者が入口で平伏した。
「御無沙汰しております、師匠」
「本当に久しぶりだな」
と応じた士人は側に来るよう促した。
青年は師匠の前に座り、従者は部屋の片隅に控えた。
二人は近況などを語り合った後、青年が
「活人すれども殺人せずの緑林党が今回は何故人を殺めたのですか?」
と本題を切り出した。
「今回は先客がいたんだよ」
苦笑しながら師匠が話したのは次のようなことだった。
いつものように元大臣宅に忍び込むと主人の部屋らしき部屋から悲鳴が聞こえた。師匠が駆けつけると若者が短刀で寝ていた主人を刺したところだった。まもなく連れたちもやって来た。
「お前たち、終わったか?」
師匠の問いに「はい」と一同は応えた。
「引き上げるぞ、お前もだ」
こう言いながら若者の腕を掴み立ち上がらせるとそのまま連れて去った。
「やっぱり殺人はされなかったのですね」
青年が安心した口調で言うと
「当たり前だ」
と師匠は応じた。
「主人を殺めたのは何者でしたか?」
青年が問うと師匠は部屋の外に出て向かって「入りなさい」と言った。
戸が開くと十八歳位の若者が現れた。師匠に言われるまま、彼は青年の脇に座る。
「この子の両親はあの大臣に騙されて財産を全て奪われたんだ。その上、莫大な借金まで背負わされたため自尽してしまった。都で学んでいたこの子がそれを知って官署に訴えたが相手にされず、こうした結果になってしまった‥」
師匠が説明すると若者は
「私を捕らえに来たのでしょう、一緒に行きます」
と言葉を継いだ。
「犯行は例のごとく緑林党によるもので彼らの行方は不明。君はこの件とは何ら関係無いよ」
と青年が微笑みながら応じた。
「そういうことだったのか」
弟宮の報告を聞いた王は得心が言ったように応じた。
世間を騒がす緑林党は前王朝に仕えていた一部の人々によって作られたもので、法を潜り抜け人々を苦しめる者たちに鉄槌を下している。普段は山奥でひっそり暮らし、ことが起これば行動に移す。
木槿国の代々の王たちは彼らの存在は知っていたが何処にいるかは知らない。その存在意義を認めている。
「私たちも努力しているが十分な政事は出来ぬもの…」
王は自嘆した。そして、木槿王が失政を犯したら彼らは自分たちを取り除くだろうと思った。
「師匠はおっしゃってました、現国王はよくやっていると」
弟宮は王を励ますに言った。
「ところで」王は気を取り直して言った。
「あの緑豆餅は美味いな、また持って来てくれぬか」
「分かりました」
弟宮は笑顔で応じた。
木槿国の物語・緑林党 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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