第9話 謎だらけ
突然だが今俺は走っている。なぜ走っているかはさておき走りながら今の俺の状況を整理したいと思う。現実世界にいた時はあんなに真面目で静かそうだったのに、なんで急に馬鹿みたいなキャラになったかって?そりゃあお前、いきなりこんな知らん世界に連れてこられて、よそよそしそうにしてたらよお、助けてもらえないだろ?「なんか困ってそうに見えるけど、ちゃんとしてそうだし、困ったことがあればあっちから聞いてくるだろうし、声かけるまでもないや」って思われちまう。そもそも余所者に話し掛けるってのはお互いにハードルが高いからな。こっちから声掛けようったって誰が良い人そうかすらわからねえ。間違えてヤクザ的なのに話しかけて犯罪の片棒担がされかねんだろ。そもそも霊世にはシャバから引っ越してきた人を助ける文化があるのかすらわからん。そこでだ、馬鹿を演じてればさ、普通人々は助けたい衝動に駆られるだろう?え、元々馬鹿にしか見えないって?失礼な、こんなに髪型...髪...グシャグシャ...髪型整ってて、服装...モゾモゾ...パチッパチッ...チャリンチャリンリンリン...スッ...服装だってこんな礼儀正しい感じだしな!要するに、あれだ、俺は馬鹿だってことだ!
そういえば異世界に入ってきたのに周りの描写が全然無かったな。霊世の外観は現実世界に比べれば、建物や道路は大体日本とそう変わらん。少し違うのはデジタルなものが見当たらないこと。あとは髪の色及び瞳の色がカラフルで、家族と思しき人達でも色が各々違うこと。しかし驚くべきことに、話し言葉も書き言葉も完全に日本語かつ、文化も日本の様だ...!仮にここが死後の世界だとしたら、ここの住民は前世の記憶を持っているということなのか?うーむ。
その前に、僕の人生を変えた大きな出来事について話さなきゃならないな。2年前、祖父の葬式があった日に起きた。祖父は俺の家からは遠く離れたとこに住んでたから、年に2回くらいしか会う機会が無くて、しかも何故か孫の俺らに対して厳しい人だったから、いい思い出がないんだけど、なんでも自宅で殺害されたというから、一ヶ月近く物騒な感じになってた。大きなナイフで心臓を一突きされ、殆ど即死だったとのことだった。真っ先にお祖母ちゃんが疑われたけど、人柄が穏やかで、感情的に騒いだりしなかったし、アリバイがあったし、トラブルもなかったというから、すぐに疑いは晴れた。でも、僕が小さかった頃にお祖母ちゃんが度々言った奇妙な言葉が、どうしても気になった。
『お祖父ちゃんはね、昔仏様のお怒りを買ってしまったんだよ。だからね、お祖父ちゃんが森の中(注:祖父母の家は山の麓にあり、草木が家のすぐそばまで生い茂っていて森のようになっていた)に入る時は、絶対に着いていっちゃダメだよ』
そういえば祖父はしょっちゅう山に行ってた。なんでも代々イノシシとかを獲る狩人をやってたらしいけど、父が都会に出たから、お祖父ちゃんまでで途絶えたことになる。でも、祖父は俺が物心ついた頃には狩人を辞めてたから、山に行ってたのは別の理由があったということだ。
仏様の怒りだなんて迷信じみた話だけど、実際祖父を殺した犯人は、わかってない。まあ、犯人が捕まらないなら捕まらないでそれなりの時間が経てば落ち着くものだが、それだけじゃなかった。いや、因果関係は不確かだが、少なくとも僕はそこにはっきりと因果を感じる。...
祖父の葬式は僕と顔馴染みがある人達で小ぢんまり行った。おかげでその人達に絡まれる等の面倒なことはすぐ終わって、さあ帰ろうという時だった。僕はバタリと倒れて、気づいたら目の前に見慣れない白い天井が見えた。僕は病院のベッドに横たわっていた。その時はまるで首から下がベッドに貼り付けられたみたいに動かなかった。医者からは丸1日意識が無かったと言われた。そんなことは初めてだったから、かなり動揺したのを覚えている。そして病状について、その医者は大体こんなことを言った。
「手術室に運ばれた時にはもう心臓が殆ど動いて無くてね...息も止まったままで...他のところはなんとも無いんだがね...正直こりゃダメだと思ったよ...しかし奇跡的に息吹き返したんだよ...1時間近く息してなかったのにね...あり得ないことだよ...しかしさらにあり得ないことにね...もう一度言うけど心臓以外のところはなんとも無いんだよ...なのに心臓周りの筋繊維が少しずつ閉じていってるんだよ!とりあえず今日はこのまま帰ってよろしい、しかし激しい運動は避けること、あと処方した薬を忘れずに飲むこと、そして一週間後にまたかかりに来なさい...それでもそれが治ってなければ、新しい難病と認めざるを得ないね...」
結局俺は余命2年を宣告された。今からはもうあと3ヶ月しか残ってない。不思議なことに体が重たく感じる以外は特に何も起こらなかった。だからもうすぐ死ぬってことに全然実感が持てなかった。でも本音を言えば、何をするにも余命のことが気に掛かった。そのうちに何も楽しく無くなった。努力や苦労といったものを積み上げようとすることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。自分に何の芸も無くて生きてるのが哀しくなってきた。それまでも特に充実した毎日を送ってたわけじゃないけど、最近なんかは「どうせ死ぬんだったら、もう今、今スッと死ねたら良い」とまで考えるようになった。レイが現れたのは実はそんな時だった。
レイが「救ってあげる」と言ったのは、難病を治すってことだと思った。レイは僕が何を考えてたか全部お見通しだったからだ。それで霊世に行く覚悟を決めたということだ。霊世に無理矢理入ってきて、ここにずっと居られる保証はないし、居られたとしても現実世界に戻れなくなるかもしれない。でもやるべきことは明白だ。イデアとかいう宝を手に入れれば良いんだ。
真面目な話はこれくらいにしとこうか。なんで走ってるかって?とにかく今はすげー良い気分なんだ!体が病気してない頃に戻ってるのもあるが、さっきあいつに鍵貰った時に良いことを聞いたからな...
『あそこにある、やたら高くて中世ヨーロッパ風な宿屋みたいな小屋が俺たちの寝床だ。そこにもう一人の仲間がいる。とんでもない美少女だからな、すぐわかると思うぞ!グッ!』
これは走らずにはいられねーだろー!
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