第8話 レイ

 霊世ヘブンの扉が開く。一人の男が入ってくる。入ってきたなりぶっ倒れている。ボサボサした髪にぐしゃぐしゃのワイシャツ姿。年は16〜18くらいか。こいつがレイの言ってたやつかよ。こんなだらしなくて弱そうなやつは初めてだ。

 そんなことを考えてるうちにそいつが起き上がった。手はだらんと伸びきり、猫背気味の立ち姿がだらしなさを一層際立たせている。背丈は少し高い方、やや痩せ気味、顔だけは引き締まっている。目をやけにギラつかせて威嚇した気になってそうな顔をしてる。

「おい、お前」なるべく優しい声を意識して言った。が、そいつは唇をひん曲げ眉毛を寄せて「あぁん?」とでも言いそうな顔を向けてきた。なるほど、その格好を不良になりきることでごまかしてんだな。

「とりまその顔やめろ。腹立つ」

「うい〜」

そいつは手でポケットをガードするようにして身構えている。俺のことこそ泥だと思ってんのか。余計腹立つ。

「レイから話は聞いてる、昇天してきたんだろ、お前」

「昇天だとお?俺まだ死んでねえぞお!いや死んだのか!あっお花畑!あははは!」

「お前頭打ったのか」

「うん、打った。全身痛すぎて何も考えられないから馬鹿になることにした」

レイからは「クレバーで根性もある、強い子」と聞いていたが、今のところ皮肉にしか聞こえない。こいつを選んだ理由が一向にわからん。

「そりゃ駄目だ、ここじゃあ馬鹿はすぐ死ぬんだ」

「わかってるよ、お前はレイからお守り頼まれたんだろ、目的地に着くまでの」

ほお、思ってたよりマシみたいだな。

「お守りじゃねえよ、お前とチームを組むんだ。イデアを狙う奴らは基本三人一組で行動する」

「で、お前は誰なんだい」

まるで不審者を見るような目を向けてきた。もはや腹立つの疲れた。

「あぁ、そういや忘れてたな。俺は悪霊ハンターの槍司ソウジだ。レイとは仕事仲間だ。よろしく」

「おう、俺は結城英雄、よろしく」少し気取ったように言うと、英雄はポケットから紙切れのようなものを出した。

「これは...!」

「これは俺の先祖のエライ人が作ったお守りだよ、もしかしたらこっちと関係あるかもと思ったんだけど」

俺は動揺を悟られないように静かに且つ素早く深呼吸して応答した。

「そうだな、後で話そう。俺は用事があるから、先に行っててくれ。あのデカい小屋に部屋とってある」

俺は紙切れと一緒にヒデオに部屋の鍵を渡して見送った。俺は感情を隠すのがそれなりに得意だ。


 内心は穏やかじゃなかった。レイの意図がやはり読めない。その時後ろにふっとレイの気配を感じた。相変わらず微妙にニヤけた顔してやがる。

レイ、てめえどういうつもりだ?」

「そういう無意味な質問はよそうと何度もいってるじゃないか」

「そうやってはぐらかすからお前への信頼はとっくに無いぞ」

零は首を振った。その余裕ぶった顔は何回見ても腹立つ。こいつが零号さえとってなけりゃとっくにぶっ殺してた!

「君に僕は殺せないよ。例え殺せたとしても殺すのは合理的じゃないね。勘違いしないで欲しいんだけど、僕は無感情になれって言ってる訳じゃないよ。僕だって君の恨みを買いたくないんだ」

俺が霊槍クマギリを喚び出し、構える。レイがいつになく険しい表情で、熊切を抑えつつ低い声で言う。

「ヒデオは戦争の引き金じゃない」

とんでもなく深い怒りを押さえ込んだような声だった。俺が思ってるより切羽詰まってるのか?俺が熊切をと、レイはまたあのムカつく顔に戻った。

「ヒデオは確かに特殊な力を秘めている。僕もそれを承知で彼を呼んだのだから。でもそれはまだ今は重要なことじゃない。それに、<ヒマワリ>とは争うつもりはない。ヒデオとは上手くやってよ。君たちは重大な仕事を任されてるんだから。それに...」

レイは、手をグッと握り締め、歯を食い縛り、地面の水溜まりを睨みつけて言った。

「もう誰も死なせたくないんだ」

典型的な素振りに典型的なセリフ。そのくせに決意の波動が俺にドッと押し寄せて、内側から俺に共鳴を促すような迫力がありやがる。レイの所作は誰よりもだった。

レイははあっと息を吐くと、やたらご機嫌とりな笑顔を浮かべて、じゃあ、と言って去っていった。それにしても、あいつが時々含みのある言い方をするのは、俺に邪推させようっていうことなのか?それともただ感情を隠すための道具なのか?



ー霊世豆知識ー

霊槍・・・霊世の住民が持つ霊力を具現化する術によって生成される武器の一つ。生成した人によって形や性質が異なり、基本一人につき一種類かつ一本しか生成できない。基本的な性能は普通の槍と変わらないが、伸びる・飛行する・火を纏う等何らかの特質を持ち、要らない時は霊力に還元できる便利アイテムである。

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