第8話 犯人のアジトへ

 まず、冷静に考えてこのような事象は「警察案件」である。しかし、男の中の男である俺は犯人像がしっかりと浮かび上がる現在、警察には頼らない。普段、悪役を演じているおかげか、悪いことをする奴の気持ちは痛いほどわかる。しかも、思考回路も身についた。こんなことは本来日常生活では役に立たないだろう。そんな、人生で1回使うかどうかの才能をこんなところで使うことになるとは。早速、動きやすい恰好に着替えた俺は必要最低限の荷物をリュックに詰めて、自宅を飛び出した。

 

 本来、「誘拐犯」を相手にするには何かしらの武器が必要となるだろう。しかし、いくら相手が犯罪行為をしているからといって私がそれに犯罪行為で対抗することには気が引ける。そのため、戦隊ヒーロー業界で20年鍛えたこの身体だけが「武器」である。早速、自宅から最寄りの駅の電車に乗る。日中ということもあり、空席が目立つ中、私は不安と興奮を覚えながらつり革を握って犯人とのシミュレーションをしていた。電車の乗客は私が今から息子を誘拐犯から取り戻すために戦う覚悟のある人物であると認識しているだろうか。そんなことはどうだっていい。息子さえ助かりさえすれば本望。こんなことを言っていたら読者から死亡フラグじゃないかという声が聞こえそうだ。それはあなたの解釈に任せる。

 

 その後、電車に揺られて、乗客も私以外いなくなった終着駅に着いた後、私は電車から降りた。そして、改札を出ようとしたその瞬間、私は改札に行く手を阻まれた。そう、Suicaの残高が足りなかったのだ。いつも仕事場の定期圏内で生活している私はSuicaのチャージを忘れていた。この瞬間、俺の人生を表してる気がした。決めるところで決められない、何とも言えないダサさ。乗客が一人もいなかったのが唯一の救い。誰にも見られていなければ実質、無傷。早速、Suicaをチャージして、気持ちよく改札を出た。駅を出たらGoogleMapを起動し、現在地から誘拐犯のアジトへと経路を確認した。何しろ、久しぶりに行く場所なんだから記憶が曖昧だ。片道2.5kmという何とも言えない、絶妙に私に疲労を与える距離だ。普段、「悪役」を演じるためにトレーニングをしていなければ、完全にアウトだ。即、誘拐犯に負ける。


 しかし、こんなことでへこたれない私は歩みを進める。

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