ループジョンカンパニー

新藤広釈

1 そして今日が始まった。


 そして今日が始まった。


 興奮を押さえながら目を開く。

 暗闇の中ベッドから降り、明かりをつけた。時計を見れば、きっかり12時だ。

 窓に近づくと周囲の建物も次々と明かりがついてゆき、激しい爆発音と共に振動が伝わってきた。

 どうやら近くの屋敷が爆発、火の手が上がっているようだ。

「まったく、何やってんだか」

 笑いながら寝室を出た。

 長い廊下に高い天井、美しい湖や山の絵画が掛けられ、下へと降りる階段降りる。吹き抜けで、天井には光の玉が浮かび輝いていた。

 立派な家だ。

 宇宙コロニー入植者は数が厳密に決められているので、一人の居住面積が広くとられている、らしい。地球では狭いマンションで水道管からよく水が漏れ、薄い壁からは深夜2時からギターの音が聞こえてくる部屋とはまるで違う。コロニー移住は順番待ちなのだが、それに応募するか考えてもいいかもしれない。

 台所に向かい、大きな冷蔵庫を開ける。中はこざっぱりしており、奮発して購入した高級ハムとシャンパンだけが置いてあった。

 サイレンの音を聞きながら、冷たいハムにかぶりつく。

 香辛料と油が口の中に広がった。焼いた方がおいしいのはわかるが、とにかくすぐ食べたかったのだ。ふたくち、みくちと食べてしまう。アホほど高かったシャンパンを開け、ラッパ飲みだ! しかしすぐむせて咳き込んでしまう。

「・・・げほっ。はははっ、これも美味い」

 笑いながら一気に半分ほど一気に飲み、そのままハムをぺろりと食べてしまった。


 目を覚ますと昼に近かった。

 勉強会は一週間後、それまでこのコロニーに慣れる事だ。

「さて、なにをしようかな」

 折角の初日、何か特別なことがしたい。

 ゴロゴロとしていたいという欲求を押さえこんで体を起こし、安いシャツにジーンズ姿で外に出た。

 空を見上げると、円形の陸が見えた。

宇宙コロニー内の景色だ。

 一般コロニーよりも小さいらしいが、十分感動する大きさだ。地球育ちは息苦しくなるらしいが、今のところなんの圧迫感もない。

 地上だとあまり見ないタイプのエアバイクにまたがり、目的地もなく走り出した。

 タウン街を抜け、深い森に入った。しばらく走ると大きな湖を見下ろせる道へと通りかかった。湖は光を浴びてキラキラ輝いていた。キャンプかバーベキューをしたら楽しそうだ。

 誰にもすれ違うことなく、二車線の道路を走る。子供がイラストを描いたのだろう看板に『スピードを落として!』と書かれており、思わず微笑む。

 このまま大きな街にまで行ってみようと思っていたが、途中でガラスの城が現れた。好奇心に誘われるまま、そこに向かった。

 どうやらショッピングモールのようだ。クリスタルモールと書かれた光の文字が浮かび上がっており、立派なもんだと思い思わず駐車場にエアバイクを止めた。

 出入り口には無人屋台が並び、ポケットから硬貨を出そうとして、苦笑しながらそれを投げ捨てた。ケースの中からホットドックを取り出す。透明な袋から取り出すと、熱々のできたてのようで驚いてしまう。

 中に入るとすぐ公園があり、左右には巨大な食品売り場が広がっていた。

 パリッと熱々で肉厚のソーセージに驚きながら、何となく公園に入る。空には紐で吊るされくるくる回る飛行機、ティラノザウルスの滑り台、木々の絵が描かれたアスレチック、砂場、噴水のある池、ブランコに昼寝用ハンモックもあった。

「ここで子供が遊んで、両親はここで横たわるのか。都会的だな」

 子供の頃の公園と言えば、原っぱでサッカーぐらいだ。ちょっとこういう都会的な遊具に憧れていたこともあった。

 公園を抜けて奥に行くと衣類店、食堂、ドラッグストアなどが並んでいた。豪華な衣類店に入り、展示されていたカッコいいジャケットを取って腕を通した。その時ケチャップが手に付いていて、そのジャケットで拭いた。

 さらに奥には映画館やゲームセンター、ホームセンターに書店などそろっている。暮らすだけならこのショッピングモールだけで充分だろう。

 スポーツショップでスケートボードを手に取り、それに乗って移動する。広すぎるショッピングモールに、ボードの音だけが響く。

 食品売り場に戻り、ボードに乗りながら見て回る。

 天井は高く骨組みが見え、壁は何とガラス張りだ。雨風は操作できるコロニー内だからガラス張りなのはわかるが、泥棒はどうするつもりなのだろう?

 商品は生野菜に生肉が多い。宇宙なのだから加工品、乾パンばかりじゃないんだと少し意外だった。

 あの湖でバーベキューでもするか? それとも映画を見て一日を過ごそうか? それともあのハンモックで何も考えずに眠ってしまおうか?

 そんなことを考えながら、入ってすぐ積み上がった段ボールを蹴り飛ばす。箱から転がり出た缶ビールを拾い、それを一気に飲んだ。いいビールだ。

 鼻歌交じりに倒れた段ボールを持ち上げ、スケートボードに乗せる。そして、ふらつきながらティラノザウルスの滑り台の近くに置く。それから出入り口にあった無人屋台からピザにナチョス、チョコブラウニー、食べきれないほどの食べ物も持って来て滑り台に登る。

 子供用なので狭いが、その狭さが心地いい。段ボールからビールを取り出し、ナチョスにかぶりつく。

 ボロボロとこぼしながら小型端末を使い無数のスクリーンを空中に出現させた。ゲームか映画でも見ようかと思ったが、アルコールはのみ始めたばかりで弱く、気持ち悪くなるだけだろう。とりあえず何も考えずコロニー内コミュを開けた。

 恋人とキスをするカップル、パーティーを楽しむ人たち、べろべろに酔った奴、ゲームの参加を呼び掛ける者もいた。

『お前どこにいるんだよ』

 パーティーに参加している同僚が話しかけてきたのでスーパーにいるというと『どうしてそんなところにいるんだよ!』と笑っていた。

 今度みんなでバーベキューをする約束を取り付け、この一年間何をするのか各々の考えを聞きながらビールを飲み続けた。

 酒で頭がぐるぐると回り始めたが、どんどん飲み続けた。パーティーの酔っ払いが、結局それが一番おいしいよなと共感していた。

 コロニーの中でも日が沈み、真っ暗になっていく。ショッピングモールは明かりが消えず、暖房まで利いていて眠気に抗えずそのまま眠ってしまった。


 そして今日が始まった。


 目を開くと、暗闇の中にいた。

 ベッドから降り、時計を確認すると12時だった。

 今頃神に謝罪しながら、正しく生きることを祈っているはずがすっきりとしており、腹が裂けるほど食べたはずなのに空腹だ。

 冷蔵庫に向かい、昨日食べたハムを取り出す。昨日と同じようにそのままかぶりついた。香辛料が口の中一杯に広がる。

「今日は静かだな」

 窓に向かうが、爆発は聞こえてこない。

 何となくシャンパンを飲む気が起きず、炭酸飲料を飲んでいると来客があった。誰かと出てみると同僚で、「すぐにバーベキューに行くぞ! 缶ビールをたらふく飲む!」と言って引っ張り出されてしまった。外はまだ暗いというのに、かなりの人数が待っていた。どうも缶ビールを飲む姿が好評だったとみんな笑っていた。



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