第一章:魔弾の射手・始まりの弾丸

Ep.01  保健室の、ブラックリストにのったから

 拳銃……だよな?


 夕ぐれの教室。

 忘れ物を取りに訪れた教室の中で、俺は思わず息を呑んだ。


 もう誰も残っていないと思ったそこにはクラスメートが一人残っていた。

 残っていたというのはその本人が意識的に残ることを指すため、正確には取り残されていたというべきだけど。


 そのクラスメート、伊吹蜜柑いぶきみかんは眠り続けていた。

 眠っているのはいつものことで、不思議ではないんだが。


(こんな時間まで、寝てたのかよ)


 朝礼のときからだから……もう10時間以上は寝ているはずだ。


 いつも変わらずの態勢で、右向きに顔を向けて、左腕を枕替わりに寝るものだから。……それはつまり四六時中俺の席を向いていることになるわけで。

 その端正な顔立ちも、長いまつ毛も見飽きたくらいには知っている。


 最初は美人だなと、思うくらいだったけど。長い黒髪の下にインナーカラーの赤色が見え隠れしていて、こっそりと校則違反をしている感じが地雷系な気がしてならない。


 訂正する。

 伊吹蜜柑は正真正銘の地雷系女子だ。


 そのルックスからモテないはずはないが、彼女はそもそも入学当初から教室に来たことがなかった。

 理由は単純なもので、登校とともに保健室に行き、寝てから放課後に帰るからだ。


 その美貌と眠り続ける姿は、眠れる森の美女にたとえた、スリーピングビューティーと呼ばれるほどだった。つまり、眠れる保健室の美女だったというわけだ。

  

 しかし、それも今は昔。

 突如高校二年にあがった4月の始業式に、教室へ入ってきた。

 誰もがざわつき、彼女を見たとき、気だるげに呟いたひとことを俺は忘れられない。


「保健室の、ブラックリストにのったから。今日からここで寝ます」


 そして彼女のベッド代わりになった場所というのが、俺の隣の席だったというわけだ。

 

(さすがにこのまま放置するわけにも……いかないよな)

 

 正直、その華奢な体に触れるのに躊躇はするけど。

 起こそうと思って近づいて、そっと俺はその肩に触れた。

 

 人は眠りにつくときに体温を下げ、覚醒に近づくにつれて体温を上げる。伊吹さんの身体はほんのりと温かかった。


 そして、ほのかに甘い香りがした。

 彼女の香水かなにかかもしれない、いわゆるこれが、女子の匂いってやつ、なんだろうな――。


 そのとき、彼女のその机の引き出しから、僅かに飛び出したグリップのようなものが見えた。


(なんだ、これ――)

 

 それは彼女にはあまりにも似つかわしくないシロモノだった。

 

(思わずに手に取ってみたのだけど。これってどう見ても――)


 ずっしりとした重み、金属特有の冷たさ。

 偽物だとしても、かなり精密に作られているようにおもわれる。


 でも、なんで……伊吹さんの机のなかに。

 が入ってるんだ? 

 

「ふぁぁ!!」


 唐突に大きな欠伸をした。

 どうやら彼女は目覚めたようだった――。が。


 その瞬間、伊吹さんのその間の抜けた声と同時に、銃声が響き渡った。


「わ……! え? なに!」


(それは俺が言いたい! 何があった? 暴発したのか――?)


 しかし手のうちの銃を見ても、それから何かが発砲された様子はなく、熱も感じない。


「あ……ああ。ごめんなさい。、みたいです」


 それは、伊吹蜜柑のシャツの胸元から弾けた第二ボタンだった。

 つまり彼女の胸元はその隙間があいていて――。


 名前とは裏腹に、淡いミントグリーンのブラと、白い柔らかそうな肌が目にはいる。


「あー……隣の……俊也としやくん、だよね? あの。言いにくいんだけど。あんまり……見なぃでくれませんか//」


 そう、俺の名前は俊也。

 柏木俊也かしわぎとしやというのだけど、俺。まともに伊吹さんに挨拶をした記憶はない。

 だから名前を呼ばれてドキっとしてしまった。


 そんな緊張と、彼女の『蜜柑』という名前と黄昏時の今の時間が相まって、思わずそんなすっとぼけた言葉を出してしまった。


「オレンジ色じゃ、ないんだな」

「……バカなんですか。あー。まだだめそう。ごめんなさい……、まだデパスちゃんが、のこってるみたいだから、もうちょっと寝させて」


 そう言って彼女はふたたび眠りについた。

 デパスちゃんという言葉に聞き覚えがなかったけど、あとでそれが睡眠導入剤の名前だということを知った。

 

 俺は手にしたその拳銃……7連式のリボルバーを、そっと彼女の机の奥に押し込んで、見なかったことにした。


 これが、俺と伊吹蜜柑の始まりだったと思う。


 夕ぐれの教室のなかで、銃声が鳴り響いたこのときから、俺たちの……双極性の恋は、終わりへと向けて始まったのだと思う。

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