第28話 あなたの隣で生きていく

 真っ白な空間に降り立っていた。

 吹けば飛ぶような綿雲が、辺りをふわふわと漂う。

 多分ここは夢の中だ。だけど意識も感覚もちゃんとあるこの幻想的な空間は、今際の庭園に似ているなと瑠衣は思った。


 そこに立って宙を見上げる。

 瑠衣の頭上には無数の歯車が噛み合って出来た巨大な城がそびえ立つように浮かんでいた。


 一つの歯車が動くと、それが別の歯車を動かし、巨大な城の上部にある時計か時を刻む。

 その美しさに思わずため息が漏れた


「これは世界。一個一個は人間界に住まう魂。ようこそ、歯車の間へ。」


 どこからともなく声がする。声の主を捜していると、目の前に可愛らしい双子の少女が手をつないで立っていた。肩ほどの長さで、緩くウェーブがかった金髪がふわりと揺れる。


「私たちはここの番人。ノルとニル。あなたを呼んだ。」


 2人が同時に喋る。ピッタリと重なった声は、可愛らしいのにどこか不気味だった。 


「・・・何故、私を呼んだんですか?」

「あなたに渡すものが出来た。コレ。」


 ノルとニルが、繋いでいない方の手を合わせる。金色の光が放たれた後、静かに開かれた手には、歯車が一つ乗っていた。


「これは、あなたが持つべきもの。」

「何故ですか?」

「それはあなたが――っ―――が・・・を・・・て・・・このままだ・・・は・・・」


 突然に、ノルとニルの姿を辺りに浮いていた雲が隠した。言葉はノイズが走ったようにとぎれて聞き取れなくなる。


「邪魔が入った・・・あなたを帰す。私たちは・・・許さない・・・・・・あなたが決める事・・・」

「え!? 何を?」


 全く状況を理解できぬまま、瑠衣の足下の雲が晴れ、開けた青空に、瑠衣の身体は真っ逆様に落ちていく。


「―――っ!?」


 と、いう夢をみて、飛び起きると、そこは柴丸の小屋の客間だった。

 突然飛び起きた瑠衣に、横にいた史郎が驚いて「だ、大丈夫?」と声を掛けてくれる。


「結構うなされてたけど・・・また翔が死ぬ夢でも見た?」

「いえ。・・・でも、なんか不思議な夢を見ていました。雲の上に居たんですけど、足下に穴があいて、そこから落ちて目が覚めました。」

「呑気だねぇ。瑠衣ちゃんが突然倒れるから、僕は大変だったんだよ。全く、寝てるだけって言ってるのに翔ときたら聞く耳持たないんだから。」

「あ・・・ご迷惑かけました。なんか、突然眠気が襲ってきて。」

「本当にね。まぁ、瑠衣ちゃんが突然倒れるのは今に始まった事じゃないからいいけど。どこかおかしなところはない?」

「はい。特に異常はないと思います。」

「発作は?」

「それも大丈夫そうです。」


 軽く体を動かしてみるが、特に痛みもなく快調だ。


「なら、ただの疲労。あれだけ魔法乱発すればそう珍しい事じゃない。大丈夫なら、翔に顔せにいってきなよ。向こうの部屋で柴丸と話してるけど。起きたら報せろって五月蠅かったから。」

「あ、はい。じゃぁ、行ってきます。」


 立ち上がったとき、何かがカラン音を立てた。音を探って、帯に下がるオベリスクの根付けを見ると、中に小さな金属片が入っていた。


「あれ・・・これ、歯車だ」


 液体のなくなったオベリスクのガラスの中に、夢で受け取り損ねた歯車が入っている。


「どうかした?」

「え? あ、何でもないです。」


 なんとなく、説明するのが躊躇われてそっと根付けを帯の中に隠す。でも、めざとい人だから、何かごまかしておこうかなと、先ほどモヤつい件を思いだした。


「・・・やっぱりどうかしてるかもしれないです、史郎さん。」

「何? どこか傷む?」 

「いえ、さっき戦ってる史郎さん見て思ったんですけど、格好良くて惚れそうでした。」

「はぃ?」


 史郎の面白いくらい唖然としていた。

 この15年、必要以上に史郎との接触を、極力避けていた瑠衣がそんなことを言うのだから当然なのだけれど、その面食らった顔に瑠衣は大笑いする。


「冗談です。あ、でも格好良かったのは本当ですよ。もちろん兄様の次にですけどね。でも、私は一途な方がいいなあって思います。残念ですが、近所のお兄さん以上にはなりそうにありません。」

「あのねぇ、こっちは真面目に心配してるんだけど?」

「あはは。ごめんなさい。」

「まったく、らしくない事言ちゃって、何をごまかしてるんだか? ま、それだけ軽口叩けるなら、身体は平気でしょ。ほら、さっさと翔の所へいっておいで。」

「はーい。あ、史郎さん、さっきの事は、兄様には内緒ですよ!?」

「はいはい。」


 「まったく」とため息をつきながら、道具の整理に戻る史郎を置いて、瑠衣は翔の元へと向かうのだった。




 ***




 鬼の討伐から数週間。

 瑠衣は普段の生活に戻っていた。

 最近、露店での売り上げがとても良い。誰かさんが広めてくれた高評価に尾鰭は鰭がついて、並べるものがどんどん売れていく。


 その日暮らしが長い事もあり、稼げるときには稼いでおきたい気持ちはあるのだが、手作り商品の為、制作が追いつかない。

 材料だって、旅の途中でコツコツ貯めた物なので手元にそうたくさんは置いていないのだ。


「ダンジョンに行ったら、手に入るのかな・・・?」


 少し考えて、ブンブンと頭をふる。

 魔法が使えるからと調子に乗ってはいけない。魔法が見つかって陰陽寮へ連れていかれたら折角翔と過ごせるようになった穏やかな日々が無くなってしまう。

 大体、材料の殆どは翔が拾ってきてくれたものなので、どんな場所に何があるかまで、瑠衣は把握していない。


「何か、欲しいものでもあるのか? 必要なものなら採ってきてやるぞ?」


 いつから居たのか、翔の声に我に返る。


「だが、一人でダンジョン魔物の巣窟に行くのは賛成できない。」

「あはは。行きませんよ。というか、しばらくそういうのはいいです。もう懲りました。私には露天商こっちのほうが気が楽で良いです。」

「本当に、そうしてくれるとありがたいんだがな。」


 疑念が残るのか、翔は首を傾げて目を細める。何ともいえず、瑠衣は目をそらした。


「さて、今日はもう仕事が終わったんだ。一緒に食事処へいかないかと迎えに来たんだが?」

「本当ですか? 行きます!」


 瑠衣がすぐに荷物をまとめると、翔は当たり前のようにそれを持ってさっさと歩き出す。

 その見慣れた背中を見ておもわず笑みがこぼれた。


『兄様がいる。ちゃんと生きてここに居る。』


 それがたまらなく嬉しかった。

 小走りで翔に並び、寄り添って歩き出す。


「なんだ? 良いことでもあったのか?」

「はい。ありました。でも、兄様には内緒です。」


 ――― 翔様が生きている。翔様に寄り添える。翔様と共に生きていける。それが私の、何よりの幸せです。


 そんな想いが、人知れず風にとけていった。




 ――――――――――――― 1章完


 お読み戴きありがとうございました。

 本話で1章、倭ノ国編が終わりになります。

(この後に2話、おまけの小話がありますが・・・)


 面白かった、このキャラ好き! この展開はっ!! などありましたら

 ★・フォロー・感想・応援コメント等でアクション頂けると凄く励みになります♪


 次回2章では、色々なキャラクターに焦点をあてながら、

 物語を盛り上げていく予定ですので、

 続けてお読みいただけると嬉しいです。

 ちょっとヤバ目な主人公、瑠衣ちゃんに、是非会いに来てください。


 それでは次話でお会しましょう。

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