第3話 記憶を整理してみよう
史郎から差し出されたお茶を手に、瑠衣は頭の中を整理してみようと思った。
ここは"前世の私"つまり八代奈々が大好きだったゲーム【VTP】の世界。神と人間が共生し、調和を保つ世界だ。
両者は互いに違う次元に住処を築いており、交流することはほとんどないのだが、神族の住む神界と人間の住む人間界は干渉しあっており、一たび神界で争いが起こったならば、人間界も戦争や災害が多発するという。逆もまた然り。
とはいえ、強大な力を持ち、人間界に干渉する立場にいる神族と違い、無力な人間には、異次元にある神界の事など知る由もない為、信仰の対象くらいにしかなっていない。
世界調和のために世界を監視し、人間界のあらゆる事項に干渉して祝福と天罰を与える神族対して、「世に起こる不可解なことは神のせい。奇跡がおきれば神のおかげ。神様はどこにでもいて、人間たちをいつも見守っている」というのが人間界での大多数の常識である。
人間界の暮らしは地球人と対して変わらない。
海に浮かぶ大陸や島が、それぞれ違う国として発展している様も地球と同じだ。違うことと言えば、魔族や妖怪、といった人間に危害を加える種族が居ることと、魔術の概念があるという事だが・・・
魔物に関しては、人間が住む居住区を街として囲むことで対策は取られているし、魔術に関しては、その使用には制限があるため、それによって文明が大きく発展しているようなこともない。
文化的な程度は中世期から少し進んだ程度で、今はゆとりある不便さの中で、あらゆる事に夢を持てる浪漫あふれる時代といったところだろうか。
瑠衣が住む【倭ノ国】は、国王のいる
黒髪、黒目の人種が大多数で、着物や漢服をベースにしたデザインの衣服が主流であるが、特別決まりがあるわけではなく、一部の身分を除いて基本的には服装も髪型も自由である。
国を統率するために存在する身分制度は、王家や領主家などの王族・華族を除いては世襲制ではなく実力主義の為、比較的こちらも自由度が高いといえるだろう。
そんな【倭ノ国】の潮領のはずれにある小さな島【
視力は今のところ影響は無いが、目を刺すような鋭い痛みや頭が割れるような頭痛が発作的に起こり、そのせいで2・3日寝込むなんてことはよくある事。
数年前、呪いを解く手がかりを探して翔と史郎と共に【海花島】を出た瑠衣は、【倭ノ国】全土をめぐって現在は、国内最大を誇る港町でもある潮領の城下町、【潮の町】に身をおいているのである。
残念ながら、前世の記憶の中での瑠衣は「翔が大切にしている
物静かな性格で、戦いに身を置く
『つまり、それが私の行く末・・・あぁ、今のうちに翔様を目に焼き付けておこう・・・』
一通り記憶をさらって、そんな感想にたどり着く。
ところどころ曖昧な記憶もあるのだけれど、ひとまずこのくらいで自身の振り返りは終わりにしておいた。
『さて、次は今何が起きているのか、だけど・・・』
史郎さんによると、私は3日間も寝込んでいたらしい。3日前に何があったのか。順番に記憶を掘り起こす。
――― 失礼します。突然の訪問をお許しくださいませ ―――
そんな断片が蘇った。
『そうだ。そう言ってあの人は、本当に突然部屋へと入ってきた。そして、人の寄り付かない小さな浜辺へと連れて行かれたんだ・・・』
***
「あなたが先生をたぶらかしているから、私の元へ来てくれなくなってしまったのですわ!!」
髪を振り乱す勢いでその怒りを瑠衣にむけているのは、潮領を仕切っている領主の娘、
倒れた日のその記憶は、そんな罵声から始まった。
町の外れにある穴場スポットとも言える小さな海岸。
今は海水浴のシーズンでもないので人の気配はなく、寒々しい雰囲気だった。
明日花の従者を名乗る
あまり公に出る事はなく素性は謎に包まれた少女。
その整った顔立ちと凛とした雰囲気から、氷の姫君などと揶揄される明日花だが、こちらを威嚇する猫のような勢いで喚く明日花の姿にはそんな面影はさっぱりなく、潮の紋の根付けが帯から下がっていなければ完全に偽物だと思ったことだろう。
「あの、たぶらかすも何も、史郎さんは私の主治医でして・・・」
「“史郎さん”ですって!? 先生を名前で呼ぶなんて、はしたない女ですわ!! いいこと? 先生はあなたのような女が気安く名前を呼んでいいお方ではないですわ!!!」
「はぁ・・・申し訳ありません。」
明日花の勢いに負けて謝ってみたものの、そんなことを言われる覚え全くはないので困ってしまう。同時に「またですか・・・」と呆れ、この現状に笑いすらこみ上げてくるのだった。
史郎という男はとにかくモテる。
【倭ノ国】では、史郎のピンクゴールドの髪や薄いブルーの瞳が嫌でも目に入るのだが、やや童顔で人当たりのいい彼は、そんな異質さも武器に変えて女子の心を直ぐに射止めてしまうのだ。
さらに医者という職業に、刀もたつ文武両道さには非の打ち所がない。
放っておいても女が寄ってくるこの状況を、本人もまんざらではないようで「情報収集」や「仕事」と称しては女性の元を訪ねて回っている。
「女は乱の基っていうでしょ。案外国を動かしているのは女性の方だったりもするんだよ。僕は彼女たちに話を聞かせてもらっているだけだよ。あとは普通に仕事かなぁ。調子が悪いって言われたら、医者として放っておくわけにはいかないからね。」
なんて言っているけれど、端から見れば「女の嫉妬は大事をもらす」史郎をめぐって、機密漏洩合戦している図しか浮かばない。そして、そんな状況を悪びれもないあたり、根っからのたらしか悪人だと思っている。
そんな史郎の一番身近にいるものだから、訪ね歩く町や村々で、瑠衣が女性たちからやっかみと嫌がらせ受けるのは必然で、特にここ1、2年は瑠衣の外見の成長もあってかその件数が尋常じゃなく増えていた。
とはいえ瑠衣にとって、史郎は物心ついた時からすでにそこにいた大人だ。
見た目の年は翔と殆ど変わらないように見えるが、瑠衣と翔が両親を亡くしたころからずっと面倒を見てくれている保護者であり、翔に刀を教えた師匠でもあり、おそらく実年齢は一回りも二回りも年の離れているはずだ。しかも、瑠衣が幼いころから女性に対しての奔放さを隠さずいてくれたため、史郎に対しては恋愛感情など微塵も沸いたことがないと断言できる。騙されている女性たちを哀れに思う反面、さっさと身を固めてくれたらいいのにと願わずにはいられないというのが正直な思いだ。
「仮病を使って先生を拘束しているなんて迷惑な女ですわ! 弱々しい淑女のふりをして、男をたぶらかしているんですのね!!」
瑠衣の事情などおかまいなしに、勝手な妄想で盛り上がっている明日花。
散々なことを言ってくれていると思うが、こうなると何を言っても言わなくても、燃料を投下するだけだということは経験上知っている。ならば疲れるだけなので、静かに聞き流すに限る。
『もう領主の娘様に手を出しているなんて・・・史郎さんは相変わらずです。得意の情報集でしょうか・・・。あぁ、潮の町へきて今日でいったい何日でしたっけ・・・? この町は結構好きだったんですけど、出立近そうですね・・・』
ギャーギャーと喚くような明日花の声を聞き流しながら、瑠衣がそんなことを考えて呆れていると、急に空気がシンと静まりかえった。
「――― だから、あなたには消えてもらいますわっ!」
そんな言葉がふと耳に残る。
「え?」っと顔を上げたときにはも遅く、瑠衣の視界は音もなくふさがれていた。顔を布のような物が巻かれ、強い力で制圧され、後ろ手に縛られた腕はもがいても解くことは叶わい。
「あなたさえ消えればいい。そうすれば、先生はずっと私の先生で居てくれますわ。」
耳元で、ささやくように聞こえた明日花の声。
同時に瑠衣の意識は途絶えたのだった。
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