美少女メタバース

スカイレイク

第1話「人生をやり直したい」

 人生にもしもあの時というのは誰だって思ったことがあるはずだ。しかし人間は死を超えられず転生というものを可能にするまでには未だ至っていない。しかし技術は革新的に進歩していき、人間は別人になって仮想空間に入ることが出来るようになった。要するに『メタバース』が生み出されたのは必然と言える。


 そしてここは美少女しか参加を許されない仮想空間上の土地に建てられたクラブ『クローバー』だ。


 いや、美少女というものがいかにレアな生物なのかは理解しているところだと思われる。ここでの美少女とはアバターの話だ。声についてはリアルタイム音声合成技術の発達により、見た目のモデリングについては多少のお金かお高い教科書での自習で解決するようになった。


 そしてこのメタバースサービス『ブルースフィア』では誰もが望んだ姿になることが可能だ。それが生み出した物と言えば……


「サッカリンお姉ちゃんジョーカー持ってるでしょ?」


「しらないなあ……ベロニカの方が怪しいと思うけどな」


「なっ……! 私に押しつけないで欲しいな」


 美少女のアバターが今日は三人でトランプをしている。ここが美少女のみ入れる『クローバー』だ。ここにはどうしようもない鉄の掟がある。『リアルには言及しない』この一つのルールのみでこの空間は成り立っている。もしも誰かがリアルの話をしたらたちどころに部屋からキックされ再入室にはアバターの作り直しが必要となる。


 どうしても男女比の偏る世界、そこで人類の生み出した技術で男でも美少女になる事を可能にし、この空間のみでは間違いなく皆平等に美少女だった。


 ああそうだ、そしてリーダーはサッカリン、現実に嫌気がさしてバーチャルに居場所を求めた人間の一人だった。


「ベロニカ、早く引け」


「はいはい……えいっ!」


 ベロニカの顔が曇る。彼女はババ抜きに弱いタイプだ、あるいは表情をトラッキングするカメラを高性能にしてしまったのかもしれない。


「ロック、引いてください」


「はいはい、えいっと」


 ロックと呼ばれるスレンダーな碧眼少女は迷うことなくひいた。ゴスロリの衣装がいかにもアバターといった様子だがそこに言及するのはこのグループでは許されていない。


 ロックはしれっとした顔をしているので何をひいたかが丸わかりだ。サッカリンが何をひこうとジョーカーが入っていないことが保証されているようなものだ。


 カードを引いたサッカリンはワンペアを捨てて一足先に勝負から抜けた。


「もうちょっと加減して欲しいですね……」


 ベロニカが不平を挙げる。


「だったら顔面のトラッキング精度を下げるか、メンタルを鍛えたらどうです? そのままじゃ勝てませんよ?」


 ロックはベロニカを煽る。ベロニカはそれに対して弁解をする。


「秋月と紅葉がいればもうちょっといい勝負になったんですよ! 心理戦強者の集団に勝てるわけないじゃない!」


 今この場にいないクラブの二人の名前を挙げるベロニカ。残念ながら勝負の世界は非情だった。


 ロックが一枚ひいて最後のペアを捨てる。結局ベロニカの一人負けだった。


「じゃあベロニカさんはクラブの課金お願いしますね」


 ここはブルースフィア、クラブを成立させるには月数百円の課金が必要だ。もちろん皆大して大きな金額ではないのだが楽しむためにこうしてトランプやルーレットなどでその月の課金者を決めている。


「サッカリンさあ……強すぎない? ロクに払ってないっしょ?」


「そこは創設者特権ってやつで」


 このクラブ『クローバー』の設立者サッカリンに文句をつけるものの設立に一番金がかかるために本気で文句を言っているわけではない。NFTで土地を買ったのは紛れもないサッカリンだ。


 ここはそれぞれの事情を抱えた人間が集まっているクラブ『クローバー』メタバース上にできたここはアバターが美少女でリアルの話は一切禁止、その二つのルールの下に運用されている平和なクラブだ。


「ちょいafk」


「てらー」


「てら」


 サッカリンは一旦ログアウトして近所のスーパーで安酒を買いに向かった。残されたベロニカとロックはくだらない話を二人でしていた。


「ベロニカはいっつも素面だよね?」


「私は酒は苦手なの。飲むと即顔が真っ赤になる口でね」


「ここじゃあ分からないことでしょう?」


 メタバースの世界で酔っているかどうかなど言動でしか分からない。画面の前で飲みながら操作しても誰も気がつかないのだ。


 ロックは画面の前で目をキランと光らせた。


「私そういう人を酒クズの道に引き込むのが好きなんだけど」


「怖いこと言わないでよ! 私は絶対失言しないからね!」


 二人は酒飲みと下戸、相容れない関係だが、だからこそ話が盛り上がるということもある。


「秋月と紅葉は来ないの?」


「二人ともリアルが忙しいらしいけどね……可愛いから町でナンパでもされてるんじゃない?」


 もちろん二人の姿を知っているはずはない。あくまで予想であり、実際のところ参加自由のこのクラブにいないと言うことはリアルが忙しいのだろう。メタバースでもナンパをする人間はどうしても出てくる。声はリアルタイムで変換され、アバターは可愛い少女のパーツの組み合わせ、それでもナンパをする人間はいる。人間にとって唯一の価値基準は見た目が可愛いかどうかなのだろう。


「じゃあ私は税務署に固定資産税払ってくるわ」


 そう言い残してベロニカはホームから出て行った。どんなものであれマネタイズは必要なのでプレイヤーの持っているものに税金をかけたりしている。アバターの衣装にも課金要素はあるが『クローバー』では理想の姿に課金して変身しているので継続課金は見込めない。そういうわけで運営は月額で何とか課金する方法を暗中模索した結果、何をするのも課金が必要になりつつある。


 サッカリンこと本名しろかねぶきは近所のコンビニ向かい『デモンスレイヤー』という紙パック酒を数個買っていた。前時代に『飲む福祉』と呼ばれた『エナジーゼロ』より安く酔えると言うことで品揃えを塗り替えた記念的な酒だった。それが名誉なのか不名誉なのかは個人によって意見が分かれるだろう。


 パックを三個レジ袋に放り込み自宅へ帰宅する吹雪。しっかり多めの炭酸水とミネラルウォーターも一緒に買っていた。その購入品は味も飲みやすさも無視したただただエチルアルコールを大量に摂取しやすい商品で固められていた。


 帰宅した吹雪はヘッドギアをつけてブルースフィアにダイブする。もちろん酒があることは前提だ。


「あ! サッカリン! 議論の最中に酒を買うのはモラルが無いですよ!」


 ベロニカは支払担当になったので文句たらたらだ。


「ベロニカ、スマートコントラクトの承認はおりましたか?」


「ええ、支払った分反映されてますよ。ちゃんとナンスが発行されてチェーンに繋がりました」


「ご苦労さま、次はもうちょっとゲームに強くなって欲しいところですね」


「だったら表情トラッキングを必須にするのやめてくれないかなあ……トラッキングする意味ある?」


「それを認めるとアバターを買って気軽に入ってくる人たちが出てきますよ」


 サッカリンがその疑問に答えた。基本的にここは見た目と振る舞いが美少女であればウェルカムになっている。それを認めてしまえばただ単にキャラクターモデルと買った人間が何の工夫も無く入ってくることが出来る。『クローバー』にとってそれは譲れない一線だった。このクラブのシンプルな条件に反応は様々だった。男女差別という意見も作った投書はいくつか来たのだが、『外見が美少女ならリアルについては問わない』という条件を変身してしまうとたいていの人が黙った。


>紅葉もみじがログインしました


 そんなメッセージが流れた。このサービスはホームに登録したところにスポーンする。要するに部屋の中に突然紅葉が現れた。


「サッカリンさん! PCの調子が悪いのですが治療方法を知りませんか? マジでここまで来るのに数回落ちたんですけど」


「再起動すればヨシ!」


「初期化オススメ」


「紅葉が初期化したら再起不能になりそう」


 三者三様の反応だった。紅葉はブルースフィアが稼働を始めて興味本位でアカウントを作ったのだが、ログインして五里霧中状態だったのをサッカリンが助けた。しかしそれでできた縁とでも言うべきか、困ったことがあったらサッカリンに持ち込み解決をしてもらっていた。その流れからサッカリンが設立したクローバーに入ったことは必然とも言えるだろう。彼女はまだメタバースというものになれていない。


 サッカリンも彼女と便宜上呼んでいるが、リアルではPC音痴のおっさんである可能性も十分高いと判断している。このギルドの掟『見た目は美少女』を守っているので所属には問題が無い。


「紅葉もカードの参加してよ! この面子だとサッカリンが強すぎるのよ」


「カードですね……ポーカーとババ抜きしか分かりませんがそれでいいなら……」


 そう言いつつもアバターの方が揺れたり歪んだりと不気味な動きをしている。


「こんにちはー! 皆のアイドル秋月あきづきが来たよ!」


 見た目だけは美少女、というかデザイナーにモデリングしてもらったらしいが、その甲斐もあり金髪と金色の目、大きなおっぱいが着物を着て動いている。注目を浴びることになれているのか秋月は平気でこのホームの外にでも出る。


「私は賭け事に弱いので遠慮しておきます」


「ノリが悪いなあ……」


 負けが込んでいるベロニカはカモの獲得に失敗し不機嫌になる。現在賭けているものが脳内に注入する幸福薬の引換券なので簡単には引き下がれないのだろう。人間の脳を薬で操作する、そんなタブーであったことさえすっかり忘れられた時代だ。


「秋月ちゃんはどう?」


 ベロニカがそれに突然反論をする。


「勘弁してよ……秋月ちゃんカード強いじゃない」


 秋月は覚めた目でギャンブラー達を見て冷酷に言う。


「私、ギャンブル好きじゃないから」


 けんもほろろにお断りされて、結局ベロニカは傷が広がる前にゲームを投げた。この仮想空間で結構なものが買えそうな金額を一位のロックに支払っていた。通貨はゲームへのログインボーナスで稼げるが、支払っている金額は一月分のログボになりそうな金額を負けていた。負けが込むほど無茶な金額をかける、その人間の見本のような動きをしているのがベロニカだった。


「秋月ちゃん、そんなゴミを見るような目で見ないでくれるかな?」


 ベロニカの不平に秋月は辛辣に答える。


「ギャンブルをするのは勝手だけど、引き際は覚えておきましょうね」


「秋月は厳しいなあ……もう少し甘やかしてよ」


「はいはい、よしよし……がんばれ……がんばれ」


 適当な励ましに納得したのかその日はそれで終了した。


 VR器機を取ってぶきはため息をつく。現実に戻ってきたからだ。皆美少女ではないのだろうと予想はしていても期待だけはしてしまうようだ。3Dモデルを結構な金額で勝った人もいることを考えると、彼ら彼女らのロールプレイは完璧だった。


 美少女がまったりする部屋、吹雪はブルースフィアに土地を買って本当によかったと考えている。そこに建物ができ、誰も傷つけない仲間が揃った。これほど素晴らしいことはないと考えている。

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