第32話 召喚魔術VS劣等生③

 1度身体強化を解除した降魔は、地面に膝をついて弱っていそうな者を演じながら、相手の視界を頭で隠し、懐から紙とペンを取り出した。

 そして降魔は物凄い速さでとある魔術式を紙に描いていく。

 その姿は見る人が見れば美しいと思わされるほどだが、明彦には突然何かをし出した頭のおかしい者としか映らなかった。

 一瞬追撃しようと思ったが、先程余裕を持って倒せそうだったので、降魔になら何をされようが負けないと考えてあえて傍観する。

 どうせ召喚魔術が使えないからと。

 例えそれが自身の敗北を招く行為だとしても。


 僅か2、30秒程で描き終えた降魔は、即座にその魔術式にマナを注いで発動させる。


「《我が身に速度を―――》【敏捷性強化】」

「何!? お前、魔術式を描いていたのか!?」


 降魔は自身が欠点だらけと評した魔術を使いだした。

 側から見れば頭がおかしいと思われるだろう。

 そりゃそうだ、何せよりにもよって使ったことのない魔術をこんなピンチに使おうとするのはただのバカだからだ。


 しかしそんなこと知らない明彦は、どんなふうに変わったのか分からないため、動くことができない。


 降魔はその時間を使い、確実に勝ちをもぎ取りにいく。

 降魔にとってこの欠点だらけな魔術は、自分のためにあるのではないかと思われるほど相性が良かった。

 それは、圧倒的な格闘センスと、この魔術の欠点を補う方法がマナ100%の降魔にしか出来ないことだったからだ。


「《詠唱省略———》【身体強化】」


 降魔は自身に身体強化を重ねがけ・・・・した。

 1つしか使用できないとされていた魔術の上から。


 これに1番驚いたのは、この魔術を降魔に使って負けた壮馬だった。

 観客席の一角で壮馬は驚愕に目を見開き、その後乾いた笑みを浮かべていた。

 

「はは……まさかたった1度の戦いで習得されるとは……それも俺には絶対に出来ない欠点を補うことまで……」


 壮馬は降魔のこれを見た瞬間に勝ちがどちらかはっきりわかったため、これ以上見ても意味はないとばかりに席を立って観客席から離れた。

 その背には哀愁が漂っていたと言う……。



 そんなことなど知りもしない降魔は、自身の体に物凄い負荷が掛かっており、この後どうなるのかを自覚しながらも動いた。

 一瞬で明彦の背後に回った降魔はその背に蹴りを放ち、その後にシャドウ・ウルフの背後に移動して同じく蹴り飛ばす。

 その速度は壮馬が子供に見えるような速度で、明彦は兎も角、シャドウ・ウルフでさえも攻撃されるまで降魔がどこにいるが気づかなかった。


 2人は意味もわからないままに攻撃を喰らって吹っ飛ばされる。

 そんな明彦とシャドウ・ウルフを降魔は軋む体に鞭を打って追いかけた。


 そう、明彦達の弱点はどちらも対応できる速度に限りがあると言うことだ。

 まぁこれは1人の時でも言えるのだが、相手が2人の時はお互いがお互いの足を引っ張ってしまう。

 現に明彦が降魔に蹴りを入れるも、降魔が高速で動いて回避するため、後ろにいたシャドウ・ウルフに当たってしまった。

 

 そこからはもはや試合とは呼べないほどの戦いだった。

 降魔が移動した瞬間には明彦が体をくの字に曲げて吹き飛び、シャドウ・ウルフは陰になろうにもそれよりも早く攻撃をされるため何も出来ずにボコボコにされている。

 更にシャドウ・ウルフが前足を振り下ろすと降魔が突如消えて前にいた明彦に当たる。


「ぐっ……!? まただ……また味方の攻撃が当たった……」

「グルルル……」

 

 明彦とシャドウ・ウルフはお互いに疲弊しており、降魔はそんな1人と1体の前に悠然と立っている。

 しかし実際は降魔にそこまでの余裕はなかった。

 常に相手の意識を刈り取れる力で攻撃しているが、どんどんと時間が経つにつれて力が落ちていく。

 それは毎秒毎秒と言ってもいいくらいに。


 降魔は静止した状態から明彦の正面に突如現れ、顔面に拳を振り抜く。

 明彦は降魔の拳をモロにくらい吹っ飛んでいった。

 しかし降魔が振り抜いた瞬間に後ろからシャドウ・ウルフが降魔の肩を食いちぎらんと噛みついてくるので、降魔は加速した蹴りを後ろに繰り出す。

 しかし降魔の速度が落ちてきたせいで、シャドウ・ウルフの幻影化が間に合い、物理攻撃が無効化された。


「チッ……いい加減に消えろッッ!!」


 降魔は主に相手を牽制するために使われる【音魔術】で幻影となったシャドウ・ウルフを影ごと吹き飛ばす。

 例えダメージを与えられなくともとうざけることは可能なのだ。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


 降魔の息は既に過呼吸気味まで切れており、もはや全身に酸素が回っておらず、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

 しかし降魔には分かっていた。


(あと少しでシャドウ・ウルフは消える……! あと少しなんだ……)


 降魔の言う通り、シャドウ・ウルフは既にこの世で形を維持することが難しくなっていた。

 輪郭も朧げになっており、ほとんどずっと影のように揺らいでいる。


 降魔はシャドウ・ウルフから標的を変え、明彦に狙いを定める。


「そろそろくたばりやがれ……クソ野郎がッッ!!」

「お前に言われたくない……! 散々俺をいじめやがってよく言うぜ……。まぁこれでお前は敗退だ。さよなら———負け犬」


 降魔はそういうと、明彦の背後に周り、その首に手を回す。

 そして雁字搦めにして即座に相手の意識を落とした。


 すると当然明彦が発動させていた魔術は解除され、シャドウ・ウルフも消滅する。

 そして降魔は仕事をしていない司会者を睨みつけた。


 司会者はその目にブルっと体を震わせるとマイクを口に近づけて叫ぶ。


「勝者———— 八条降魔ああああああ!!」

「キャアアアアアア!! ナイスよ降魔ああああ!!」


 その瞬間に何処からか見知った叫ぶ声が聞こえ、降魔がそちらを向くと物凄い興奮している双葉がいた。

 降魔はその姿にフッと笑みを浮かべる。


 そこで降魔の意識は暗転した。

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