第29話 劣等生の快進撃②

 降魔は控え室にて先程の戦闘の振り返りをしていた。


(大体のことはうまくいった……。だが、予想以上にダメージが多い……それにもう少し受け流すことを増やしておけばよかった。ただこれで頑張れば第3回戦までは召喚魔術を使われない筈だ)


 きっとほとんどの人が先程の戦闘の結果をこう考えるだろう。


 ———あれはラッキーなだけ———と。


 それが降魔の狙いだった。

 降魔は学生にしては召喚魔術以外の殆どを高水準で使用できる。

 そしてそれは本気ではないとは言え、ファフニールを10分ほどなら止められることがわかった。

 とは言え学生にしては、と言うのがついてくる。

 相手が召喚魔術を使ってくると、勿論のことだが本気で召喚獣は攻撃してくるため、そうなった場合は対処をする降魔の体力の消耗が激しくなり過ぎるのだ。

 

(さて……どこまで皆んなが俺を舐めていてくれるかが鍵だな……)

 

 降魔は控え室のテレビで次に対戦しそうな相手の観察を始めた。





☆☆☆






 降魔が退場してからすぐ、双葉はVIPルームで荒れていた。


「何なのよアイツら! 皆んなして降魔を悪く言うなんて!」


 勿論降魔が貶されていたことについてだ。

 降魔自身はそこまで——と言うか全く気にしていないのだが、双葉はカンカンだった。


 そんな娘を見ていた小百合と総司はと言うと……


「降魔君のために怒る双葉ちゃん……健気で可愛いわぁ……。やっぱりあの2人にはくっ付いてもらわないとっ!」

「嘘だ……うちの子にもう恋人ができるだと……!? 絶対に阻止して……」

「そんなことしたら私が許しませんよ」

「……グスッ」


 そんな感じで阻止しようとした総司を突然無表情になった小百合に止められると言うことが起きていた。


「———……降魔」


 そんな2人を他所に、双葉はただひたすらに降魔を心配していた。





☆☆☆






「それでは第2回戦第4試合、前戦ではラッキー勝ちをした降魔選手の対戦相手の紹介だ!!」


 そう言って出てきたのは、降魔が1回戦目に戦った奴と全く体型の違う男が出てきた。

 身長は降魔程で、兎に角細い。

 触れれば折れてしまいそうなほど細く、病弱だと言われても信じてしまいそうなほどだ。

 しかしこの部門に出るからには強者なわけで……


「名は細川大志!! 彼は現在5年生であり、前大会の準々決勝進出者で、その細身からは考えられないほどの強力なパンチを繰り出して来るため、何人もの優勝候補が奴を前にして膝をついた学園での猛者の1人だああああ!!」


 彼は慣れたように観客に手を振っている。

 それには自分の力への絶対的な自信があり、余裕を持っていると言うことだ。


 普通の人間なら腹の立つ行動だが、降魔からすれば嬉しいことしかなかった。


(これはだいぶ楽な戦闘になりそうだぞ……。こんなに俺を舐めてくれているのなら幾らでもやりようはある……!)


 降魔は人知れずニヤリと笑う。

 

「第2回戦第4試合スタートおおお!!」


 その合図と同時に動き出したのは意外なことに降魔だった。

 

「《我が身を強化せよ―――》【身体強化】」


 降魔は先程よりも少し強い魔術を発動し、果敢に大志に接近していく。


「おっと降魔選手! 勝てない相手とわかりとち狂ったかああああ!? 対する大志選手は動きません!!」


 降魔は大志に向けて速度の乗ったパンチを繰り出す。

 あと少しで当たる……と言うところで遂に大志が魔術を発動した。


「《詠唱省略―――》【敏捷性強化】」

 

 そういった瞬間に大志がその場から一歩下がった。

 そのため降魔の拳は宙を切る。

 降魔は舌打ちをしながら同じく後ろに下がるが、そのときには既に目の前に大志がおり、


「―――遅いよ」

「――ッッ!?」


 降魔は避ける間もなく大志のパンチをくらい、先ほどの試合と同じように吹き飛んでいく。

 ただ今回は自らも後ろん飛んでいるため、ほとんどダメージを食らっていない。

 それに既に降魔は今の大志の弱点に気付いていた。 


(コイツは敏捷性を上げると他の能力を上げることは出来ない……。要は諸刃の剣だ。まぁもしかしたら他の能力を強化することもできるかもしれないが……)


 降魔はその後更に2発ほどその身に攻撃を受けて確信した。


 やはり速度の割には攻撃が軽い。

 既に3回ほど受けているにも関わらず、殆どダメージがない。

 これなら1回戦目の晴人の方がきつかった、と降魔は思った。


 それに降魔は徐々にその速度に慣れつつあった。

 先程までは後ろに飛ぶということしか出来ていなかったが、今では体を頑張って捻じれば掠るくらいにまで回避できるようになっている。


「クッ――どうして当たらなくなっていくんだよ……! チッ……それなら――《詠唱省略―――》【腕力強化】」


 そう言った大志の速度が突然急激に落ちた。

 そのため降魔は完全にタイミングを逃されるが、持ち前の格闘センスで即座に対応し、少し大袈裟に後ろへと避ける。


「フッ―――」

「なッ―――あれも避けるの!?」


 降魔の予想外の動きに驚愕する大志。

 そのためほんの少し攻撃の手が緩まった。


 ここで降魔はこの戦いの流れを変える一手を、誰にも聞こえないように発動させる。


「《我が身を二重に映せ―――》【幻影】」


 その魔術式はとても弱々しく光っており、距離の離れた大志には何の魔術式か分からない。

 そのため大志は降魔が身体強化魔術を再び使ったと勘違いしてしまった。


 ―――降魔が落ちこぼれだから、身体強化魔術・・・・・・以外は使えない・・・・・・・と思い込んでいるから。


 その御蔭で降魔の勝ちは決定した。


 降魔が今度は自ら大志に近づき、またしても顎にアッパーを放つ。

 しかしそれよりも早く、


「《詠唱省略―――》【敏捷性強化】!! これで終わりだ!!」


 大志が降魔に拳を振るった。

 2人の拳が交差する。

 結果は―――


「しょ、勝者―――八条降魔!!」


 降魔がアッパーを決めた状態で立っていた。

 そしてその足元には大志が気絶している。


「一体何が起きたのでしょうか……。突然大志選手が何もない所で拳を振るった・・・・・・・・・・・・と思ったら回避することなく降魔選手のアッパーが決まりました……。まるで大志選手にだけ何かが見えていた・・・・・・・・とでも言う風に……」


 観客も司会者もよくわからないと言った顔をしている。

 だが司会者の言っていることが的を射ていた。


 降魔が使った魔術は幻影魔術であり、その効果は双葉や降魔の対戦相手として使っていた実態型ではなく、相手に幻覚を見せると言った幻覚型で、難易度は実態型よりも低くて使いやすいのが特徴だ。

 その代わりに見破られやすいのがデメリットである。


 しかし相手は使わないと思いこんでいるため効果は抜群だ。

 降魔が大志に見せたのは、降魔の姿が二重に見えるというだけ。

 しかし近接戦闘ではバレなければ無双の力を誇る。


 大志には降魔の姿が目の前に見えていても実際には少し離れていたと言う、空間の把握違いで大志の空振りを引き起こしたというわけだ。

 降魔はうまく言ったことに内心嬉しく思いながら、困惑に静まり返っている第1練習場を後にし、再び控室へと戻って行った。



 ―――降魔の優勝まで後6戦―――

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