第23話

 教室を出た降魔は、急いで第1練習場に向かう。

 あまり待たせると更に怒られる気がするからだ。

 

 降魔がバスを利用して第1練習場に着いたのは、教室を出てから15分後だった。

 降魔はバスを降りて双葉を探す。

 するとほんの数秒で見つけた。


 周りとは同じ制服を着ているはずなのに明らかにオーラが違う。

 ストレートの綺麗な黒髪は、太陽に照らされてキラキラと光を反射している。

 そして特徴的な赤い瞳は、怒りで爛々と輝いており、降魔はそれだけで近寄る気力が失せた。


(それにアイツめちゃくちゃ容姿がいいから近づいたら注目浴びるし……。違う所で会おうって言おうかな……)


 降魔はそう思い双葉に連絡しようとするが……


「あっ、降魔! もうっ、遅いわよ!」


 先に双葉が降魔に気付いてしまった。

 降魔は諦めて双葉に近寄る。


「いやこれでも結構早く来たんだけどな……」

「あと5分は早く来なさいよ」

「…………次は頑張ってみる」


 そんな無茶な……と思ったが降魔は口には出さない。

 ここで何を言っても怒られることが目に見えているからだ。


「ならよし。特別に昨日のことも許してあげるわ」

「ありがとうございます、双葉さん」


 降魔がそう言うと、双葉はキョロキョロと周りを見渡し降魔の腕を引っ張って第1練習場の入り口に向かいだした。

 降魔は突然腕を引かれたことに首を傾げている。


「どうしたんだ急に」

「……いえ、何でもないの。ただちょっとね……」


 双葉は降魔の質問に曖昧に返したため、余計に首を傾げる降魔だったが、双葉はそれどころではなかった。


(周りの……特に女の目線が危ないわ……早くここから離れないと……)


 降魔は自覚していないが、とても整った顔立ちをしており落ちこぼれと蔑まれる前は女子に人気だった。

 今も裏では結構人気ではあるが、それは降魔も双葉も知らない。


 兎に角双葉は自分の始めての友達である降魔が取られることを危険視している。

 勿論降魔は双葉の行動の意味を理解していないし、双葉はなぜそんなに危機感を抱いているのか分かっていない。

 どうやら双葉が自分の気持ちに気付くのはまだ先のようだ。


 2人は足早に第1練習場に入る。

 中にある観客席は既に殆ど埋まっており、2人で座れるところはなさそうだ。


「双葉、俺はどこか適当な所に座って応援しているからな」


 降魔がそう言うと、『双葉は何を言っているの?』とでも言う風に首を傾げる。

 

「降魔の席はもう既に用意してあるわよ?」

「―――……え?」


 降魔は素っ頓狂な声を上げる。

 そして恐る恐ると言った感じで聞く。


「ち、因みにそれは何処なんだ……?」


 降魔は久しぶりに嫌な予感がしていた。

 そして又もやその予感は的中する。


「パパとママと同じVIPルームよ?」

「………………あっ……」

「あそこは食べ物も飲み物も頼めば持ってきてくれるし、空調も完璧だから良いのよね―――ってどうしたの!?」


 双葉はVIPルームの利点を言っていたが、降魔に目を向けると口から魂が抜けていた。


「―――はっ!? ……ごめん双葉、確認していいか?」

「う、うん、別にいいけど大丈夫なの?」

「ああ、もう大丈夫だ。―――それで確認だが、俺は既に席が用意されている」

「うん」

「で、それはVIPルームの双葉の両親と同じ部屋」

「うん」

「了解、完全に理解した」


(俺はいきなり双葉の両親と会わないといけないのか。更に同じ部屋で何十分も。……帰りたいが……)

 

 降魔は帰りたいと言う衝動に駆られるが、


「どうしたの……? 私、降魔に喜んでほしくてやってみたけど……だめだった……? ごめんね、私友達なんて初めてだからよく分からないの……」


 双葉が泣きそうになりながら不安がっている姿を見て、その衝動は一気に追い出され、自然と言葉を発していた。


「いや、めちゃくちゃ嬉しい。特に頼めば食べ物と飲み物を持ってきてくれるのとか」

「ほんとっ!? よ、よかったぁ……頑張ってパパとママにおねだりして……」


(あんな顔されたら断れるわけないじゃないか……。年下ながら恐ろしい子だな……)


 降魔はめちゃくちゃ喜んでいる双葉を見ながらそう思った。





~~~~~





「…………」

「…………」

「まぁ、双葉ちゃん! このケーキ食べなさいっ! 美味しいわよっ!」

「ママ! 私に押し付けないでっていつも言ってるでしょ! どうせ自分の好きな味じゃなかったんでしょ!」


 降魔と双葉の父は無言。

 そして双葉とその母はキャイキャイはしゃいでいる。

 

 こんな事になったのは、遡ること20分前のことだ。



 降魔は双葉に連れられて遂にVIPルームの自分たちの部屋の前まで来た。

 

(双葉の悲しそうな顔に負けて遂にここまで来てしまった……。この扉の向こうには双葉の親御さんが……なんて挨拶すれば良いのだろうか……)


 双葉は未だウキウキと顔を綻ばせて可憐な笑みを浮かべているが、降魔はガチガチに緊張している。


「それじゃあ開けるけど大丈夫?」

「あ、ああ、だ、大丈夫だ……」


 双葉は珍しく緊張している降魔にそう尋ねる。

 降魔は何度か深呼吸をした後覚悟を決めた。


「じゃあ開けるわね。———パパ、ママ! 私の初めてのお友達連れてきたよ! さっ、降魔は早く入って」

「お、おう」


 降魔は双葉に背中を押され中に入る。

 するとそこには、双葉を大人にしたようなめちゃくちゃ美人な女性と、双葉と同じ赤い眼をしたイケオジがいた。

 この2人が双葉の両親なんだろうと思い、降魔は挨拶をする。


「初めまして、私は双葉さんの2歳年上の八条降魔といいます。双葉さんとは仲良くさせてもらっています。……一応同級生です」


 降魔がそう言うが、どちらも何も発しない。

 これには降魔も双葉も首を傾げるが、先に話し出したのは双葉の母親だった。


「——キャー! 双葉が男を連れてきたわ! しかもめちゃくちゃイケメンよー!」


 物凄い声量に思わず降魔は耳を塞ぎそうになるが、失礼かもと思い我慢する。

 双葉は五月蝿そうに顔を歪めながら耳を塞いでいたが。


 しかしそれよりも大きな声を出す人がいた。


「俺の愛娘、双葉に男だとおおおおおおッッ!!」


 双葉の父親である。

 

(ああ……双葉は伝えてなかったんだな……。これはやばい予感がするな……)


 降魔は胃が痛くなるのを感じながら双葉を見ていた。

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