4.いまさらでしょうか

 翌日。エイヴリルは張り切って母屋の廊下を歩いていた。


(今日は午後から写真館に行く予定があります。ディラン様のお仕事をお手伝いして、早く執務を終わらせてしまいましょう……!)


 シエンナにお願いした写真館の予約は、あっさりととれた。王都でも写真館の数は少なくなかなか予約が取れない。それなのに、さらに数が少ない公爵領ではこんなにスムーズにとれるとは。


(ランチェスター公爵家の名前を出したにしても、ちょっと早すぎます。きっと、シエンナさんは普段から街の方々から信頼を得ているということなのかもしれませんね)


 ちょっと無理めな頼み事でも便宜を図ってくれる相手というものは、こちらを評価してくれていることが多い。


(ディラン様の書斎で拝見したシエンナさんの経歴書には、このお屋敷で十五年以上働いていると記されていました。ご実家はマートルの街にある小さな商家で、三番めのお嬢様だったシエンナさんは初等教育を終えるとすぐにランチェスター公爵家で働くようになったと。長くこのお屋敷を支えてこられた、この家になくてはならない方です)


 そんなことを考えながら階段を降り、ディランの執務室兼書斎まで後少しというところまできたところで、誰かの厳しく叱責するような声が聞こえてきた。


「〜〜〜〜〜! 〜〜〜!」


(この声は……前公爵様でしょうか)


 廊下の曲がり角からこっそり覗いてみると、ディランの父であるブランドン・ランチェスターがメイドのシエンナとエイヴリル付きのメイド・グレイスに怒鳴り散らしているのが見えた。


 前公爵は顔を真っ赤にして怒り、対照的にシエンナとグレイスは真っ青だ。


(一体どうしたのでしょうか!?)


「お前たちは本当に使えないな! クビだ! さっさとこの家を出ていくがいい」

「申し訳ございません、大旦那様! どうかお許しを」

「これ以上その顔を見せるんじゃない。早く立ち去れ!」

「お許しくださいませ……!」


 頭を下げる二人に、前公爵は怒りが収まらないままその場を立ち去ろうとする。そこへ、エイヴリルは声をかけた。


「まあ。そんなに怒ってどうなさったのでしょうか」

「エイヴリル様……実は、その」


 グレイスが目配せをしてきたところに、前公爵は無遠慮に割り込んだ。そうして、居丈高に告げてくる。


「ちょうどいい。あの若造にも言おうと思っていたんだ。お前たちはこの家を我が物顔で歩くんじゃない。誰の許しを得ているんだ?」

「……つまりそれは代替わりを否定なさるということでしょうか? 王太子ローレンス殿下から直々にお達しがあって代替わりに繋がったと伺っておりますが」


 前公爵の手には書類の束が握られていて、床にも数枚の紙が落ちているのが見える。


 それは前日にエイヴリルがディランの書斎で処理をしたものだった。シエンナが青くなって震えているところをみると、きっと前公爵はシエンナにディランの書斎から何か書類を持ってくるように頼んだのだろう。


(おそらく、前公爵様は何かきっかけがあって再度公爵であり領主の地位に戻りたくなったのでしょうか。それでシエンナさんにこのほかにも書類を持ち出すように頼んだけれど、シエンナさんはそれを拒否し、ディラン様を通すように促したのでしょう。いちメイドが大事な書類に触ることなんてあり得ませんから。でも前公爵様はそこで逆上した、と)


 それにしても、つい最近まで遊んでばかりだった前公爵の振る舞いにしては突然すぎではないだろうか。けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。


 すぐに事態を把握したエイヴリルが厳しい視線で返すと、前公爵は一瞬だけ怯んだように見えた。しかしそれはわずかなもので、またすぐに偉そうな表情に戻る。


「フン。あの王太子も曲者だな。あいつの味方ばかりしやがって……とにかく、そこのメイド二人はクビだ。主人に楯突く人間はこの家にいらない」

「お待ちください。シエンナ・ニールも、グレイス・フィッシャーも、どちらも我がランチェスター公爵家の大切な一員です。加えて、人事権は現公爵であるディラン様にありますわ」

「……なに?」


 ひどく不機嫌そうに怒りを湛えた顔で睨まれたが、エイヴリルは特に動じない。


 それどころか、けっこう怒っていた。

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