3.お母様への贈り物

 ――数十分後。


 アレクサンドラとメイドたちに手伝ってもらいドレスに着替えたエイヴリルはもう一度サロンを訪れた。そこでは、先ほどと変わらない様子でディランとローレンスが歓談している。


「エイヴリル様の着替えが終わりましてよ。いかがでしょうか」


 アレクサンドラがそう言いながらエイヴリルの手を取りサロンに引き入れてくれると、ディランが立ち上がった。


「これは……とてもきれいだ」

「お褒めにあずかり光栄でございます」


 ディランの前まで行くと、エイヴリルはドレスのスカート部分を持ち上げて軽く微笑んだ。すると、ディランの表情が緩むのがわかる。


「前のドレスよりもずっと似合っている」

「ありがとうございます。こんな……前よりもさらに贅沢できれいなドレス……本当にいいのでしょうか」

「当たり前だ。俺が見たかったんだからな」


(……! ディラン様はいつもこういうことを言ってくださいます)


 ディランが照れる様子もなくさらりと言うので、エイヴリルはうっかり赤くなってしまう。


 結婚式のやり直しとドレスの仕立て直しが決まってから、ディランはもう一度、前と同じように忙しい中何度も一緒にドレスサロンへ足を運んでくれた。細かい打ち合わせの末にできあがったのがこのドレスである。


 ちなみに、袖のレースはディランが、腰についているお花はアレクサンドラが、肌触りの良い生地はクリスとグレイスが、フリルのデザインはキーラが一緒に選んでくれた。


 ランチェスター公爵家に入ってからの友人たちの祝福も込められたこのドレスは、エイヴリルにとってただのウエディングドレスではない。大切なものだ。


(ディラン様がうれしそうな顔をしてくださると、私もうれしいです……!)


 エイヴリルとディランの様子を見ていたアレクサンドラが目を細めた。


「ふふっ。ディラン様が元気になるものをお持ちできてよかったですわ」

「ああ、感謝しよう、アレクサンドラ嬢」

「結婚式は少し先になるのかと思っていたのですが、これで問題なく行えますわね」


(実は、私もそう思っていました)


 領地入りしてからのディランが信じられないほど忙しいのと同様に、王都を離れている期間が長くなるとそれだけいろいろな執務が重なる。予定よりも滞在が延びたため、結婚式も延期になるのではと思っていたのだ。


 特にドレスの制作を依頼しているのが人気の工房とあって、ドレスが仕上がってから時間が経っては直しが難しくなる可能性も高かった。


(状況はあまり良くありませんが、少なくとも準備が間に合わないせいで結婚式が延期になるということはなくなりました)


 二度も結婚式が延期となると、ランチェスター公爵家の品位にも関わってくる。そうならないで済みそうなことにほっとしていると、ローレンスが口を開いた。


「王都での結婚式に前公爵とおまえの母親は列席しなかったな」

「……ああ、二人とも理由は違うが。前公爵は元々呼ぶ気はなかったし、そして母上は外へ出ること自体が難しい」

「侯爵家には招待状ぐらいは出したのか?」

「母上には……だが、俺が大人になったことすらわからないんだ。実家の人間が気遣って見せてすらいないかもしれない」


 ディランとローレンスの会話を聞きながら、エイヴリルはため息をつく。


(結婚式にはディラン様に関わりのある方皆様に列席していただけるとうれしいのですが……なかなかそうはいきませんね。やり直しの結婚式には、私の実家からも誰も呼びませんし)


 そして、はたと思いついた。


「そうですわ。ディラン様、もしよろしければ写真を送りませんか? ちょうどドレスもありますし、このマートルの街の写真館で結婚式っぽい写真を撮ってお母様にお送りするのです」

「それはいいかもしれないな。……大人になった俺のことはわからなくても、エイヴリルのことは覚えてくれるかもしれない。いつか紹介するときに役立つかもしれない」

「では早速写真館に予約をいれますね!」


(……ではありませんでした!)


 この部屋には本邸のメイドがいる。前公爵を欺かないといけないエイヴリルは自分で動くべきではないのだ。


 ということで、エイヴリルはさっき薄い布を引っ張りあった仲のメイドに向けてえらそうに声をかける。


「シエンナ。すぐに写真館に予約を入れなさい」

「へっ」


 突然名前を呼ばれたメイドは驚いているが、エイヴリルは気にしない。


「できる限り早い日程で予約をとってちょうだい。ですが公爵家だからと順番の割り込みはいけません。他のお客様と重なることを避けて貸し切る必要もないわ。ですが前後の時間帯を空けることになるでしょうから、写真館にはきちんとその分の支払いもなさい。最大限のわがままをいって予約を取るのです」


「はぁ。あの、それはわがままなのでしょうか……? それに、どうして私のお名前を?」

「あなたのことは、よく気がきく……ではなかった、お節介なメイドとして覚えていますわ」


 シエンナの名前は、ディランの書斎で名簿を見た時からずっと知っていた。ちなみに、ついさっき透け透けの薄い布を引っ張りあった相手としても覚えたところである。


「か、かしこまりました……?」


 いまいち腑に落ちていない、という微妙に変な顔をして出て行こうとしたシエンナが、思い出したようにすっかり話題から外れていた箱を手に取った。


「こちらについてもご指示をいただいても……? 類似したドレスと同じように布を切り取りお直しすればよろしいでしょうか」

「ああっ!?」


 棚上げにしたての問題を蒸し返されて、エイヴリルは青くなった。


(お直しはしてほしいです……ですが、恥ずかしいドレスではなくハンカチとかそういうものに)


 しかしそれをここでいうわけにはいかない。この薄い布はアレクサンドラも愛用しているらしいし、ワードローブのラインナップを思い出すと悪女なコリンナも間違いなく好きだ。


 せっかく完璧な悪女ムーブで閉めたはずだったのに、どうしてこうなるのか。詰めが甘い自分に反省していると、救世主が現れた。グレイスである。


「それは私がお預かりしておきます。然るべきときまで」

「えっ……ええ、そういうことなの。グレイス、どうかその然るときまでしっかり保管をお願いね」


 自分で繰り返したものの、然るべきときとは一体何なのだろうか。


 しかし、ディランが微妙な顔をし、ローレンスとアレクサンドラは楽しそうに笑っていて気まずさはあるが、なんとか切り抜けられた気はする。


 シエンナを見送ったエイヴリルはほっと安堵の息をついたのだった。

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