第51話 結婚式の準備をはじめます①

 ということで、程なくして結婚式の準備が始まった。


「ディラン様。招待客のリストの確認をお願いできますか。招待状の手配は済ませておりますから、あとはディラン様の署名をここにいただくだけです。その後の晩餐会のメニューはランチェスター公爵家の伝統に合わせています。それから讃美歌はブランドナー侯爵家が、乾杯の前にはローレンス殿下がお祝いの言葉を、」


「……あまりにも手際が良すぎないか?」


 しまった。ディランの驚いた表情を見て自分がやりすぎたことに気がついたエイヴリルは目を泳がせる。


 アリンガム伯爵家では、お茶会や夕食会の手配をするのは伯爵夫人である継母ではなくエイヴリルだった。そのせいでこういったことの手配はお手のものなのだが、一般的な悪女のイメージとしては方向性を修正しておく必要がある。


「け、結婚式を挙げるのは初めてですが、お遊びの主催には慣れていますから」

「エイヴリルが想像する仮面舞踏会とは、随分と格式高いものだったようだな」

「え?」

「いや何でもない」


 ディランは楽しそうに目を細めているし、背後ではクリスが吹き出す気配がした。今日はちょっと理由がわかったが、気に留めるわけにはいかない。勢いで乗り切るしかなかった。


 気を取り直して、エイヴリルは招待客のリストに視線を落とす。


「招待客ですが、アリンガム伯爵家からは私の両親を。支度金のお話をしてくるかと思いますが、“エイヴリルに直接渡してある”とお伝えくださいませ」

「そのことだが。本来、君の両親を招待しないわけには行かないが、今回はリストから外してもと思っている」


「あら、どうしてでしょうか」

「いつも言っているだろう。君の実家の罪はあらゆる意味で重いと」

「まぁ」


 予想外の返答に、エイヴリルは目を瞬いた。


(ディラン様は本当にお優しい方ですね。私のために私よりも怒ってくださる方の存在は……とてもありがたく幸せなものです)


 そこにダイニングの扉が開いて、メイドのグレイスが顔を覗かせる。


「旦那様、エイヴリル様。馬車の準備ができました」

「ああ、すぐに行く」


 ディランにエスコートされて、エイヴリルは馬車に乗り込む。


 今日は、結婚式のためのドレスを作りに行く日だった。




 王都で一番のドレスショップ。接客用の華やかな個室に案内されたエイヴリルは周囲をキョロキョロと見回していた。


(すごいわ、高級そうな生地がたくさん……! けれど、ドレス代は支度金からですよね……ランチェスター公爵家の品位を落とすわけにはいきませんが、無理のない範囲で少しでも節約したいところです)


 こっそり決意したところに、隣からディランの声が降ってくる。


「余計な心配をしていそうだから先に伝えておくが、ドレス代の心配はしなくていい」

「まぁ。ですが、ドレスは花嫁側が準備するのがこの国の文化ですわ」


「ではこうしよう。もしエイヴリルが今の暮らしを幸せだと思ってくれているなら、結婚式用のドレスは好きに作ってくれ。私はそれをプレゼントする」

「プ、プレゼント、でしょうか」

「ああ。君がそのドレスを着ているのを見るのが楽しみだ」


(プレゼント……プレゼント……それは、贈り物……)


 ディランの言葉を反芻し、やっと意味を理解したエイヴリルは頬を赤らめる。


 ランチェスター公爵家に嫁いでからというもの、エイヴリルはディランからたくさんの贈り物をもらった。


 そのほとんどは、使用人が選んだドレスやジュエリーなどの身の回りの品だ。ちなみに、嫁いできて早々にエイヴリルが意図せず強請ってしまった王都で一番高級なジュエリーも含まれている。


 何も持たずに嫁いできたエイヴリルを公爵家の婚約者らしく見せてくれるためのものだと理解していたが、今回ばかりは違う。何といっても、本来はエイヴリルが自分で準備するのが当然の結婚式のためのドレスだ。


 アリンガム伯爵家にいた頃は、誕生日やお祝いの時に贈り物を山のように貰えるのはコリンナだけ。子どもの頃は悲しいと思ったこともあったが、いつの間にか気にならなくなった。だからこそ、無縁だと思っていた『贈り物』に驚いてしまう。


(本当に特別な贈り物という感じがして、うれしいです……!)


 そう思うといてもたってもいられない。ここが外だということも忘れて、隣に座っているディランに向け声を弾ませる。


「ディラン様は、私にどんなドレスが似合うとお思いでしょうか!」


 エイヴリルの問いかけに、ディランは少々面食らった様子だった。


「……プレゼントだとは言ったが、私の意見は気にしなくていい。エイヴリルが好きなものを選べ」

「ですが、私はディラン様の好みを聞きたいのです」

「……私の?」

「はい!」


 元気いっぱいに答えると、ディランが美しい顔に困惑を滲ませる。ただ、困っているというよりはどこか照れているようにも見えた。するとすかさず背後からクリスの声がする。


「よかったですね頑張ってください」

「クリスは黙っていろ」


 ディランはクリスを遠ざけようとしたものの、エイヴリルは浮かれていた。


「クリスさんもご相談にのってくださいますか」

「ええ、私でよろしければ」

「お前はだめだ下がっていろ」

「ということですので。二人でごゆっくり」


 クリスは胡散臭い笑顔を浮かべて遠ざかっていく。それを剣呑な視線で見送ってから、ディランは遠慮がちに告げてくる。


「エイヴリルには……繊細な刺繍のドレスが似合うんじゃないか。派手に飾るよりは、伝統的で上品なデザインのものが」

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