ヤクの取引

「あそこが、奴の家か……」

「はい、先輩。意外と質素なところみたいです」

 都内某所のアパートの一室を見つめる2つの影があった。

 1人は、先輩と呼ばれた無精ぶしょうひげの男。

 もう1人は、子供っぽさが残る少し背の低い青年だった。

 2人は、警察官として日々市民の平和を守っていた。

 最近は、特に事件もなく平和を享受きょうじゅできていたのだが、とある高齢の女性から相談があった。

 隣の家の住人が怪しい葉っぱを育てている、と。

 詳しく聞くと、女性が家のベランダに出ると、隣の部屋から「いいブツができた」と聞こえたそうだ。

 女性は、アパートに一人暮らし。隣の部屋の住人は、元極道らしい。

 もし話が本当なら、違法薬物を栽培して、売りさばいている可能性がある。

 そのため、事実確認を含め、張込みをすることにした。

「今のところ、奴に動きはありません」

「そうか。でも、相手は裏稼業で名をはせた男らしい。油断はしない方がいいだろう」

「ですね……。あっ、先輩! あれ!」

 慌てて、無精ひげの警察官が視線を向けると、ベランダに奴が出てきたところだった。

 そして、何やら葉っぱにじょうろで水を上げ、室内へと戻って行った。

「……確定かな」

「どうしますか? 早速乗り込みます?」

「いや、待て。動きがあった」

 一度、室内へと戻った奴が、誰かを連れてベランダへとやってきた。

 その人物は、金髪でサングラスをかけて、ジャラジャラとネックレスなどを大量に身に着けていた。

「売人……!」

「なるほどな、家に呼べば安全だと踏んだようだ。だが、甘い。乗り込むぞ!」

「はい、先輩!」

 警察官たちは、素早く容疑者の部屋へと走り出す。

 そして、インターホンを鳴らした。

「はい?」

「警察です。少しお話いいですか?」

「いいですけど……」

 奴は、戸惑っている様子だ。

 ――さぁ、その余裕はいつまで続くかな?

 警察官たちは、心の中で笑う。

「お兄さん、あんたがベランダで怪しい葉っぱを育てているって、通報がありましてね……」

「……? ええっと、ハーブのことですか?」

「そうそう、そのハーブが……、ってハーブ?」

「はい、見ますか」

 恐る恐るベランダにおもむく警察官たち。

「これが、カモミール。こっちがバジル。で、こっちが――」

 本当にハーブだった。

 得意げにハーブを自慢する奴の話を聞きながら、警察官たちは思った。

 ――女子力たか……。

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