短い物語たち

きと

イマジナリーフレンド

 出会いと別れの春。

 そんな季節の中で、ある別れに向けて準備を進める少年がいた。

「これで服は終わりっと」

 少年は、大学生になる。それにともない、実家を離れて一人暮らしをすることになった。

 先週、新しい部屋も決まり、荷物をまとめ始めたのが昨日のこと。荷造にづくりはまだまだこれからだ。

 荷造りって面倒なんだな、と思っていると部屋のドアがノックされた。

 返事をすると、一人の女性が入ってくる。

「姉ちゃん」

「どう? 進んでる?」

「少しはね」

 ふーん、と言ってベッドに腰ける姉。どうやら手伝いに来たわけではないらしい。

「しかし、あんたが一人暮らしか。もう新しい漫画とか読めなくなるなー」

「自分で買えよ……」

「分かってるって。……家から離れるのさびしい?」

「そりぁ多少はね」

 そう言って、少年は部屋を見渡す。

 勉強机にスクールバック。思い出のある物ばかりだ。

 少年が物思いにふけっていると、「あ、思い出した!」と、姉が大きな声を出す。

「……なんだよ?」

「あんた、憶えてる? 奈落ならくって子のこと」

「奈落?」

 少年は、記憶をめぐらせる。

「あ、あれか? 幼稚園くらいの話か?」

「そうそう! 部屋で一人なのに友達と遊んでるとか言ってたよねー」

 少年が5歳くらいの時の話だ。少年には見えるのに他の誰も見えない、奈落という友達がいた。今考えれば、イマジナリーフレンドというやつだろう。

「で、それがどうしたんだ?」

「なんとなく思い出しただけ。せっかくだし、その子ともお別れしたら?」

「……からかうなら出て行けよ。これでも忙しいんだよ」

「いいじゃん。もう毎日顔合わせることもないんだから、少しくらい思い出話しましょうよ」

 結局、少年は姉の思い出話に付き合いながら荷造りを進めることになった。


「……ふう」

 すっかり物が少なくなった自分の部屋を見て、少年は一息ついた。

 ついに引っ越す日が来た。

 先日は多少寂しいと姉に言ったが、当日になるとかなり寂しかった。

 そして、思い出すのは、先日の姉との会話。

「なぁ、奈落。俺にはもう見えなくなったけど、いるんだよな? 俺以外の人間の誰にも見えなかったけど、いるんだよな?」

 誰もいない部屋で、少年は呟く。

 姉が言ったように、少年以外には見えなかった友達。

 でも少年の思い出の中には、奈落は確かに“いた”。

 もう見えないけど、確かに“いた”のだ。

「俺、もう行くんだけどさ。戻ってきたら、その時は、さ。まぁ、頼むよ」

 しどろもどろだったけど、きっと伝わったはずだ。

 少年はうなずくと、必要最低限のものだけ詰めたカバンを持って、部屋を出ていった。


「さーて、我が弟の残していった漫画は何が……って、ん? 机の上に……紙? ……『いいぜ』って書いてあるけど、何これ?」

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