冒険者”独りのミア“の冒険
新藤広釈
第1話 一人でゴブリン退治
馬車の轍のある道を進んでいく。
森に囲まれた、静かな村だった。
広い土地に小屋が並び、住民は老人ばかりのようだ。庭にある畑の手入れを手遊びのように行っていた。それでもまだいい方で、おおよそ空き家ばかりが目についた。
身を包む分厚い外套、背には身長ぐらいある大きなバックを背負っているが足取りはしっかりとしていた。通りがかりに村長の場所を聞き、そちらに向かって行った。
手すきの者たちは村長の村に集まってきた。よそ者に対し警戒心はあるのだが、彼らも好奇心はある。しばらくすると小屋から言い争いの声が聞こえてきた。村人たちは不安そうに顔を見合わせる。
扉が勢いよく開くと、肩を怒らせた少女が姿を見せた。
鉄の胸当てに籠手、丈夫そうなブーツ姿だ。幼く見えるが、おそらく20代前半ぐらいだろう。繊細な白い肌に、短く切り揃えられた金色の髪。茶色い瞳が集まった村人たちを見渡した。
「わたしは“組木屋”亭の冒険者ミアよ!」
村人たちは驚き騒めいた。彼らは冒険者を雇った。だが、1人で可愛らしい女の子がやってくるとは思ってはいなかった。
「先日、“組木屋”亭に依頼があったわ! だけど依頼者は受理される前にお金だけ置いて出て行ってしまったわ! 我々はまだ仕事を請け負っていない!!」
少女の怒気の含んだ言葉に集まった村人たちは騒然とし始める。
どういうことだ、誰が依頼に出たんじゃ? アーサーだ、村長が勝手に決めたんだ。またアーサーか! そういう呟きが広まっていく。
「だ、だがお嬢ちゃん、お金は受け取ったんだろ?」
不満げな老人が声をかける。
「受け取ったんじゃないわ、酒場に置いて行っただけよ」
「そんなバカな話があるか!」
「あるに決まってるでしょ!」
不満げな集まった者たちに、ぴしゃりと言い返した。
「わたしたち“組木屋”亭は比較的ちゃんとしてるから、ここまで足を運んであげたのよ! わたしたち以外の酒場なら金をとられてお終いだったわよ!」
「それは・・・」
強く出られ気圧(けお)されてしまう村人たち。その流れでミアは大きなカバンから布の袋を取り出すと、地面に投げ捨てた。
わずかな銅貨が零れ落ちる。
「更に言うなら、この程度のお金じゃ1人しか雇える金額じゃないわ!」
「そ、そんなバカな」
投げ捨てられた袋を拾い上げ、中を確認する。
「減っておる。わしらが集めた金が減っとる!」
アーサーが使い込んだのよ! わかっとる、そういう奴じゃ。だが村長の頼みで・・・昔は立派な奴で・・・友達だった・・・
先ほどと違い声が小さくなっていった。
「なんなのここの村長は! わざわざ足を運んで事情を説明したら、お金を受け取ったんだから問題を解決しろの一点張りよ!! ふざけてんの!?」
村人たちは小さく唸り、俯く事しかできなかった。
「確か、ゴブリン退治よね」
猟師らしき、動物の毛皮のシャツを着たガタイのいい50代ほどの男が前に出てきた。
「間違いない。数匹程度なら殺したことがある。だが、数が多かった」
「そう、なら村は全滅ね」
無慈悲な言葉に絶句してしまう。
猟師に視線が集まるが、猟師は渋い顔で頷いた。
「はぐれが数匹迷い込んだわけじゃない。はぐれは臆病で、すぐ逃げる。だが群れとして行動するゴブリンは危険だ。獣の群れと違い武器を持ち、人間のように襲ってくる」
「狡猾で残虐。動物なら弱い者を一人殺せば帰っていくし、山賊や盗賊は交渉の余地がある。だけど、ゴブリンが村を襲えば全滅するまで手を止めない」
壮絶な内容に、村人たちは息をのむ。
「領主に兵を出してもらえないのかしら」
「無理じゃ。もう断られておる。冒険者か自警団で対応しろと・・・この村には年寄りばかりで、自警団もない。わ、わしらはどうすれば」
震える声を上げる村人に、ミアは鷹揚に頷いた。
「方法は二つ。一つは、この村を捨てる事」
集まった者たちは不安そうにどよめきだす。
「し、しかし、わしらにはここを離れると行く場所は」
「そんなもの、わたしが知った事じゃないわ」
ミアは村人たちを見渡し、皮肉な笑みを浮かべる。
「さぁ、村長のようにわたしに出て行けと言ってちょうだい。憲兵か冒険者ギルドに被害を訴えてやる、覚悟しろってね」
ミアにとって、それが一番楽でいい。
依頼を受けたからここに来たわけじゃない。“組木屋”亭から「仕事受けてませんよぉ、気を付けてくださいねぇ」と伝えて欲しい、それが依頼内容だ。ミアの仕事はもう本当に終わりだ。
「ゴブリンに殺される冒険者は少なくない。臆病で貧弱と侮って滅びた村もね。その一つになるだけのこと。わたしとしては、あの村長がムカつくから滅んでくれれば笑える、いい酒の肴だわ」
「そんなっ! わしらに、死ねと?」
「そうよ?」
村人たちは絶句した。
丸々と太った40代ぐらいの女性が腕組みしながら睨みつける。
「あと一つは?」
「おすすめしないわよ?」
「いいからっ」
しぶしぶミアは声を出す。
「その一人分の金で、わたしを雇う。わたしが指揮をして、あなたたちが戦う」
村人たちは改め動揺する。
この態度に怒ることはできない。自分の孫娘のような女に村の命運を託さねばならぬとなれば、動揺するなという方が酷だ。
「この村には年寄りしかおりません」
「そこに立派な体躯の女性がいるじゃない」
睨みつけてきた太った女性に目を向ける。
「私は、女よ」
「わたしだって女よ? 老人も、子供も、女も、村総出でゴブリン退治をすんのよ」
臆病者は震えだし、元気のいいお爺ちゃんは目を輝かし始めた。
「し、しかし、我々は戦いの訓練は受けておりません」
「半数は死ぬでしょうね」
「そ、そんな・・・」
「殺し合いよ、なにが起きるかわからないわ」
どうすればいいか決めかねている村人たちだが、太った女性はお金の入っていた袋を奪うと、こちらに差し出してきた。
「改めて雇わせて頂戴。お金はこれでいいのかしら?」
ミアはため息をつく。
「ええ、いいわ。ちょっと待って」
大きなバックから、2枚の板を取り出した。それを、彼女に渡す。
「組み合わせて」
言われるがままに組み合わせると、つなぎ目に細い穴ができる。
「二枚の板が、今は一枚の板。この板と同じように、良い願いでありますように」
ミアは首に下げていた板をつなぎ目に差し入れると、魔法のようにくっついた。
「はい、終わり。“組木屋”のミア、正式に雇われました。その板が仕事を請け負ったという証拠になるわ。持っていて」
ミアは恥ずかしそうに説明するが、村人たちは嬉しそうに板を受け取った。
宿などないので、空き家に案内された。
「代金はいくらぐらい?」
「いえいえ、お金なんて必要ありませんよ」
「規則で決まっているの。悪いんだけどまた人を集めて」
村人がまた集まったところで、あの大きなバックからどんどん荷物を出し始めた。
「この家でしばらく寝泊まりさせてもらうことになったわ。何かあったら夜中でもすぐ来てください。それと、この村で泊る代金を支払うわ。みんなで確認して頂戴」
布と屑鉄を差し出した。
大きな街だとゴミのようなものでも人里外れた集落のような場所だと入手困難になるものだ。彼らは喜んでそれらを受け取っていく。
「宿代、それに食事もお願い。それとゴブリンが持っているだろう金目のものはすべてわたしが回収したい。それでいいかしら?」
「ああ、それでいい」
老猟師のデイモは頷いた。ゴブリンが持っている物など、穴の開いた鍋やよくて人を襲い奪ったナイフ程度。そのことを知っているのだろう。
最後に瓶で入っている高級な酒を取り出し、みんなに振舞った。
「みんな聞いて、冒険者ギルドからの注意よ。最近年老いた冒険者が仕事をするフリをして村に居つこうとする奴が増えているわ。冒険者ギルドは無料で食事や家を提供すると言われても金銭を支払うようにと言われているの。もし次に冒険者を雇う事があったらそのことを覚えておいて。冒険者が寝泊まりする場所や食事などを要求してきたらすぐに依頼した酒場に言いに行って」
「言いに行けば何とかしてくれるのかい?」
太った女性、アーレが疑わし気に聞いてきた。
「ええ、必ず対処するわ。冒険者は根無し草、だからこそルールを破る奴は許さない」
帝都にある冒険者ギルド本部。その下部組織に“冒険者酒場”が存在する。国とギルドは歩調を合わせており、ギルドの方針に逆らえば普通に帝国に捕まるのだ。
ちなみに“組木屋”亭は、都を作るために集められた大工が仕事を無くし始めた冒険者業から始まっている。数ある冒険者酒場には盗賊などと繋がりがある危険な場所もあるが、“組木屋”亭は一般的な冒険者が集まる酒場になっている。
ミアはカバンにつるされていた小さなリュートを取り出し、軽くかわいい音を鳴らしながら可愛らしく歌う。
村人たちは突然の行動に驚くも、孫娘を見るかのように歌声に耳を傾けた。
次の日、村人たちは穴を掘っていた。
村の外れにある利用していない土地、そこを男女関係なく手を動かしていた。
「はぁ、はぁ、なんで穴なんか掘ってるんだ?」
スコップを手に、汗と泥にまみれた男が声を出す。
「ゴブリンの死骸は、焼いて埋めなきゃいけないんだ」
黙々と穴を掘る老猟師は声を上げる。
「ゴブリンの死骸は呪われている。ゴブリンの死骸を食べた動物は、みんな病気で死ぬ。その動物を食べると、人間も死ぬ。だから焼き、深く埋めなければいけない」
「完全に灰になるまで焼けばいいのだけど、そう簡単じゃないでしょ? 焼け残って血が土地に染み出せば毒の土に変わるわ。だからできるだけ深く掘っているの。埋めた土に草や木が生えれば安全よ」
ミアは穴に飛び込みその老猟師デイモに話しかけた。
「ゴブリンの数を把握したい。案内人が必要よ」
「なら俺が」
「よろしく。あと、もっと広く、もっと深くよ。ゴブリンは毒で死ぬことがないの。だから何でも食べる。毒草も、腐った肉もね。歩く毒の塊、毒を食べさせたゴブリンを敵国に離して国を滅ぼすって戦略があるぐらいよ」
村人たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
「死体の数が多くて穴を掘りなおしている間に雨が降れば、毒の水が村に流れ込む。理由もわからない病が流行ったとしたら、ゴブリンの死体が原因よ。深くしすぎて困る事なんてないから広く、深くね」
「任せて頂戴! さぁみんなどんどん掘るわよ!」
アーレが景気良く声を上げ、村人たちは老体に鞭打ち穴を掘っていった。
斥候の結果、いい話と悪い話があった。
悪い話からすると、ゴブリンの数が想像以上に多かった。どうせ10匹ぐらいなんじゃないの? なんて思っていたのだが、見回りをしている数からして・・・30匹はいる。これだけの数を指揮できるのは、大柄なゴブリンのホブゴブリンか、魔術を使えるゴブリンマジシャンがいる可能性がある。最悪人食い鬼のオーガ、山生まれのエルフのヤルエルフなどがいたら最悪だ。半数死ぬと盛った話を舌が、下手をすると全滅する可能性すらある。
更に、武器がない。竹があれば先を尖らせ槍になるのだが、木の枝など農具にすらならない。せめてこん棒になりそうなものはないかと探したが、忌々しいほど森はよく手入れされていてそんなものはなかった。
次にいい話だ。猟師のデイモは森の手入れをかかさないらしく、周囲の地形を完璧に理解していた。そして、ゴブリンの隠れ穴を見つけることができた。どうやら熊の寝床を利用し広げた穴のようで、空気穴の場所まで発見できた。これなら、有名なあの戦法が使える。
あと、ゴブリンの武器だ。棍棒や素手が多かった。これなら村人たちでも十分対応できるはずだ。
村に帰ると深く掘られた穴が出迎えた。老人や女性が掘ったとは思えないほどで、道具の使い方や連携がそうさせているようだ。これなら十分だ。
ミアは村の中を調査することにした。
昔は貴族が使う馬の調教を行っていたそうで、その貴族が没落したらしく現在のような集落になってしまったらしい。
放牧場だったらしい広間は草に覆われ、少しだけ畑が見えた。綺麗な水が流れる川があり、川魚が見えた。
「綺麗な水だろ! ここに村を作ることになった理由なんだよ! 年寄りばかりだからねぇ、小さな畑とここから取れる魚だけで十分やっていけるんだよ!」
アーレは畑から出てきて簡単に説明してくれた。
この村の中では比較的若い、30代か40代ほどの女性だ。旦那は街に出稼ぎに行っており、普段はこうして畑の世話をしているそうだ。比較的アーレとは仲良くしていた。この村の女性代表のような立ち位置で、代表にこそなれないが発言力は一番あるだろう。
畑の作物は街に売りに行くほどの広さではなく、村人たちだけで消費しているそうだ。アーレに畑について話を聞いていると、思わず足を止めてしまう。
「ああ、ミアちゃんこの野菜を知ってるかい?」
「や、野菜ですか?」
紫色のキャベツに似た植物トリロン。大きな葉に包まれた木で、中央にある実を守っている。その葉は、猛毒だ。よく見ると、畑には他にも毒草らしきものが見えた。
ミアはサッと青ざめる。
毒草を育てる村、禄でもない事を知ってしまった。これは・・・確実に口封じされる。気づかれぬようにナイフを掴み、身構える。
その横を、アーレが通り抜ける。
「あっ、ちょ」
トリロンを採取すると、水辺に持って行きサッと洗うとその葉を黙って口にした。もっしゃもっしゃと食べながら笑みを浮かべる。
「えっと・・・」
「トリロンっていうキャベツよ」
いや、キャベツでは・・・
「外では毒キャベツなんて言われてるけどねぇ、綺麗な水で育てると薬になるだよ! 爺さんばっかりでしょ? 数年前に死んじゃった錬金術師の爺さんがいたんだけどねぇ、薬になるから育てなさいって教わったんだよ! トリロンは滋養強壮だったかしらねぇ」
安堵の汗がぶわっと流れる。
「本当に?」
「あははは! 昨日の夕食で食べたでしょ!」
え? わたし毒キャベツ食べちゃったの?
ミアの動揺を気にせず笑いながら「今日も毒草炒めを用意しておくよ!」と言って来た。
そして夕方、本当にトリロンスープ、毒草炒めが出てきた。苦みが強くて香辛料が少なくてもパンチ力がある。
次の日錬金術師の遺産を調べさせてもらった。貴族の薬師代わりの錬金術師として仕えていたが、没落と共にこの村に暮らし始める。それからはお金をかけず研究できることはないかと調べた結果、村の周りにある毒物の研究を始めた。毒は薬にもなり、難しい調合も不要だろうと思っての行動のようだ。綺麗な水、清潔な環境で育てると毒素が抜ける植物を発見するに至った。ちゃんとした錬金術師だったらしく論文も残っていて、予想だがこの村の特産品にするつもりだったようだ。
数年前に死んだ錬金術師のために意思を引き継ぎ、論文を帝都の魔術師ギルドに持って行くことにした。小銭も手に入るだろうしね。
それから3日間、いろいろあった。
夜騒がしいと起きてみると、村長と息子のアーサー、その取り巻きが松明片手に小屋の前に立っていたのだ。
「金を使い込み、あたかもアーサーを犯罪者かのように仕立て上げるなど言語道断! 貴様を拘束して衛兵に突き出してやる!!」
暗闇の中火を突き付けられながら、ミアは欠伸交じりだ。
どうして衛兵が自分たちの味方だと思っているのか、まずそれが分からない。こっちは帝国の中枢にある冒険者ギルドがバックにある。更に清廉潔白な“組木屋”亭、その中でも信頼されている冒険者が、ミアなのだ。
対するは限界集落、ゴブリンに皆殺しにされても笑い話で済む程度の村長。
隔離された小さな村は、冒険者よりも多く問題を起こす。こんな話がある。冒険者が仕事へ行って帰ってこなかった。調査した結果、恐るべき真実が明るみになった。冒険者たちは雨ごいの生贄にされたらしいのだ。そのつもりで、冒険者に依頼したと。
中心部から離れた場所では、古い習慣が残っている場合が多い。禁止された薬物の栽培、人減らしの殺人、錬金術師や魔術師の差別。そうした問題と向き合う冒険者に対し、国は同情的だ。
この村がどれほど金を溜め込んでいるのかは知らないが、よほど有力な貴族か王族にかなりに賄賂を贈らなければミアを無実の罪で裁くことはできない。
「捕まえろ!」
ミアは剣を抜く。
捕まえようとしたが間違って殺しました、なんてことはよくある話だ。彼らを皆殺しにしてこの村から逃亡することにしたのだが・・・
「ユーサ、アーサー。そこまでじゃ」
こちらに剣を向けてくると思っていた取り巻きは、村長とその息子を取り押さえた。そして周囲から村人たちが次々と姿を見せた。
「どういうことだ!? 何をする!」
「何かしでかすんじゃないかと思っておったよ。お前さんの父親は立派な人じゃった、ユーサ。できるだけお前さんに任せようと思っておったんじゃが、今は非常時じゃ」
村長の取り巻き達がすでに見放しており、何かあったら拘束、村長の交代が決まっていたのだ。
ミアは息をついて剣を収めた。
逃げることに失敗したミアは、真面目に訓練をすることとした。
網に薪をくくりつけ、薪の鎧を作らせていた。
「こんなもので本当に大丈夫なのか?」
「槍とか鉄の武器だと何の役にも立たないわ」
チョッキのように着こむ薪の鎧は、当然形がバラバラで大きな隙間が空いている。製作の手伝いをしていたミアが笑う。
「棍棒や素手、噛みつきから心なし身を守る鎧よ。何もしないよりマシでしょって鎧だから、過信しないようにね」
「そりゃせんよ、これじゃ」
鎧というより、ただ薪を多く運ぶ人という姿。村人たちは苦笑する。
重装備は勇気を与えてくれる。戦場で一番大切なものだ。正直それ以上に期待はしたら駄目だ。
問題なのは武器だ。あったのは、農具ばかりだった。
ミアは首を振り、すべて役に立たないと切り捨てた。
「何とかなりそうなものじゃがなぁ」
鍬や鎌など、当然丈夫に作られている。十分戦えそうに思えた。
「獣を追い払うなら、それぐらいでも大丈夫。人間相手でも痛めつけるぐらいならそれでもいい。だけど、わたしたちは相手を殺しに行くの」
草を切る鎌の刃に触れる。
「生き物は意外に硬いの。生きた猪や鹿と戦うって考えて見て。肉を解体するのだって難しいでしょ? 相手は手足の付いた生き物で、一匹も逃さず殺さなければいけないのよ」
訓練を受けていれば武器になりえるが、ここに居るのは老人や子供、女性の農民ばかり。彼らが命を奪う道具としては、とても勧められない。
「ロープ、これはすごいね。こんなに丈夫なロープ初めて見たわ」
「もともとこの村は馬牧場で生計を立ててましたんで」
「うん、これは十分武器になる」
ミアは安堵して頷いた。
アーレは意外に重い薪の鎧を身に着け、頭に布を巻き鉄の鍋をかぶって紐で頭に固定していた。先を尖らせた杭を無数につけたドアを盾にして、一匹のゴブリンと対峙していた。
左右には爺さんが2人、1対3。すべて訓練通りだというのに・・・アーレは戦いが怖くて仕方がなかった。
先手必勝、ミアは敵が攻めてくるまで待つつもりはなかった。相手の準備が整い襲われるよりは、こちらから攻め入った方がいいという提案に乗り森にいるゴブリンを同時に退治することとなった。そうなればミアは一人しかいないので、村人が前に出て戦う必要があった。
アーレは女の子が頑張ってんのに戦いに消極的な爺さんたちの尻を蹴飛ばすためにも積極的に参加したのだが・・・激しく後悔していた。
ゴブリンは聞いたこともない言葉を喚き散らし、棍棒を振り回している。
背の高い男なら腰ほど、背の低いアーレは腹辺りまでの身長。汚れた薄暗い緑の肌に、大きな頭。その顔が醜悪で、手足は細く腹は出ており尿と汗などが混じったようなひどい匂いを撒き散らしていた。
アーレを中心に、左右に爺さんが2人ロープの端と端を持って構えた。
爺さんたちがゴブリンに向かって走ると、小さな体にロープを巻き付けた。相手も馬鹿じゃない、絡まる前に抜け出すが、その一瞬足を止めてもらうだけで十分だ。
「うわああああ!!」
アーレは出したこともないような声を上げながら、突撃する。
手には無数に杭が出た木のドアを盾のように構えて、そのままゴブリンに倒れ込む!
「ぎぃやっ」
耳に、生き物が死ぬ声が届く。
小さな頃から家畜を何度も殺してきた。今更生き物を殺すことに関してなんとも思わない。そう思っていたのだが、串刺しになりながらも生きようと藻掻く感覚に震えが止まらない。
「ひっ」
信じられない力でドアを押し返されアーレは倒れる。
「ギィ・・・ギィィィ」
頭、クビ、体には2つの穴が開いてどす黒い血が流れている。細い手足は今にも引きちぎれそうになりながら、ゴブリンは口を開き飛びかかってきた!
大きく口を開き、腕の薪にかぶりつきそれを噛み砕いた。
「アーレ! 大丈夫か!」
腰を抜かしながら後ろに這いずる。ゴブリンは、仰向けのまま倒れ動かない。赤さより黒さが目立つ血が地面に水たまり動かなくなった。
薪は太くてかたい。もし腕なら、太いアーレの腕だろうと噛み砕かれていた。そのことに再びアーレは震えた。
相手を殺したことよりも、殺されるかもしれないという恐怖に震えていた。
別の戦況もいいようだ。同じように杭の付いたドアに潰されているゴブリンや、ロープに絡まった場合は木に吊るされ先を尖らせた木の棒で突き刺し殺していた。村人たちの悲鳴は聞こえてこない。
後方から荷車がやってきて厚着をして肌を出さない者たちが手早く死体を回収する。アーレ達は言われた通り身に着けた薪の鎧も脱いで荷車に入れていく。これでひとまず仕事は終わりだ。
「みんな、お疲れ。次に移行するわ」
ミアは剣の血を払いながら、すでに先を見ていた。
これだけ騒ぎはしたが、素早く行動したおかげで警戒はされていないようだ。出入り口には2匹しか警護していなかった。
土の斜面に小さめの穴が開いており、木で生意気にも補強している。元は熊などの穴を利用して大きくしたのだろう。動物の頭蓋に骨を吊るした紐が掛けられゴブリンマジシャンの支配下の群れだと想像できる。ホブゴブリンなら武器や生き物の死骸を立て掛けているはずだ。
「ヤルエルフが隠れ家にしている可能性はあるけど、オーガやジャイアントではない。オークなら建物を作っているはず」
まず間違いなくゴブリンマジシャン。そう結論付け、ミアは走った。素早くゴブリンを殺し、死骸を蹴飛ばし後方を振り返り頷いた。
奥から荷車を押した村人たちが走ってきて、荷車を起こして穴を塞いだ。
ミアは素早く空気穴に草を詰め込んで火をつけ、蓋をした。
その間に老猟師デイモが中心となって野営の準備をし始める。木を組み大きな焚火を作ると、周囲に篝火の準備を済ませた。その間に次々と村人たちが集まってきて、彼らに出す食事の準備をしていると、やっと洞窟内からゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。
立て掛けた荷車を叩く音が聞こえてくるが、男たちがそれを押さえて出さないようにする。
洞窟で生活するゴブリンを窒息死させる、よく行われる戦法だ。
巨大な洞窟や鍾乳洞となると役に立たないが、30匹程度の自作洞窟なら十分燻せるはずだ。
「こ、こりゃむごいな」
押さえている老人の顔は青い。
穴を塞ぐために、そして押さえつけるために改造された荷車を背にしながら村人は呟いた。背中から苦しみもがき救いを求める感覚が伝わるのだろう。相手がゴブリンであっても、それが自分を殺そうとしている相手であっても、抵抗があるのだろう。
「ゴブリンは侮れないわ。自らを弱者だと知っている。不利だとすぐに逃げ出し、チャンスがあれば徹底的に殲滅する。だからゴブリンに滅ぼされた村が沢山あるの。いい、ゴブリンは見つければ一匹も逃したら駄目。胸を痛める必要はないわ。油断したら駄目よ」
「はぁ、そういうもんかい」
ただの村人に対して難しい内容かもしれない。だからこそ騎士がいて、冒険者が必要なのだから。
ミアはのんびり腰掛けて剣の手入れをしていた。
もともと洞窟住のゴブリンだ、多少呼吸ができない程度平気だ。煙で燻され命を落とすには時間がかかる。最悪数日間はこのまま蓋になっている荷車を押さえつけ続けなければいけない。だから野営の準備、交代要員も準備万端だ。
気を張っていても疲れるだけだ。村人たちもゴブリンの悲鳴を聞き続けていたら気も滅入るだろうとリュートを取り出した時だった。
「うわぁ!!」
荷車が激しく砕け、中から真っ黒な姿になったゴブリンが流れ出てきた。その中に、長いローブを着たゴブリンの姿があった。
ゴブリンマジシャンだ。
押さえつけていた村人は予定通りすぐさま逃げ出した。
そしてすぐに、取り囲んでいた村人たちが矢だ石だ薪だと投げつけ始める。咳き込み倒れるゴブリンたちは蹲ることしかできない。
しかしゴブリンマジシャンは、自分を中心に風の球体を生み出して石を払いのける。
『やめろっ!! 戦いの意志はないっ!』
ゴブリンマジシャンは叫んだ。
『人間の村を襲う意志はない! 攻撃を止めろっ!!』
『駄目だ』
ミアは、彼らの言葉で返した。
『動物を食い、木を倒し、病を撒き散らす。お前らは存在そのものが悪だ。共存はない。死ね。人間のためにお前らは死ぬんだ』
『きっ、貴様っ!!』
ゴブリンマジシャンは杖を向ける。
魔力の衝撃がミアを襲う。精神力で跳ねのけることができるのだが、威力が想像よりも強く貫かれてしまう。
「クソっ、1人だとキツイかも」
すぐさまゴブリンマジシャンに突き進み剣を振り下ろすが、なんと杖で受け止めて見せた。
『炎よっ!』
「くっ」
ミアは全身が火だるまになる。
焼かれながらも、ミアは落ち着いて呼吸をする。魔法の炎だ、普通に呼吸ができるしゆっくり蒸されるだけだ。混乱さえしなければダメージは抑えられる。
焼かれながら剣を振るうが、敵も落ち着いて身を守る。こちらが焼け死ぬまでのんびり待つ構えのようだ。
すとんっ。
ゴブリンマジシャンの肩に、矢が刺さった。
デイモの矢が次々とゴブリンマジシャンに突き刺さっていく。石や矢を払うはずの風のシールドを貫き、老猟師の弓はゴブリンマジシャンに矢を届けていた。
『人間っがっ!!』
ミアの剣が胸に突き刺さった。
集中が乱れたゴブリンマジシャンの隙をつき、剣は深く突き刺さっていく。
『冒険者のミアよ。恨むならわたしにしておきなさい』
『冒険者のっミア!!!』
ふんぐっ!
ミアは剣を抜き、素早くゴブリンマジシャンの首を刎ねた。
歓声が上がり、ゴブリン退治は終了した。
ゴブリンの死骸は穴に入れられ、薪の鎧と共に燃やされ始めた。
死骸は40体。体が小さいとはいえ、深く掘った穴が死骸でいっぱいになった。さすがにこれほどの死体を焼くには手順があり、それを説明する必要があった。
それを終えると、ミアは早々と村を出ることにした。
「もっとゆっくりしていけばよろしいのに」
代表して話しかけたのは新しい村長だ。村人たちも歓迎だと頷いている。
「よそ者は素早く立ち去るに限りますよ」
惜しまれている内に立ち去るに限る。軽くなったバックを下すと、村長は言われた通り受けた時に差し出した一枚の板を持ってきた。
「無事、仕事を終えました」
板を差し出し、ミアは間に挟まっていた板を抜くと二枚に戻った。
「その板は割れることなく再び二枚に。よい縁に神に感謝を。えっと、終わりです」
こっぱずかしいが、こういう口上はちゃんとしないといけない。とはいえこっぱずかしい。
「下の板は持っててください。信頼の証のようなもので、それがあれば“組木屋”亭では割引されます。また何かありましたら冒険者酒場へ。その時は“組木屋”亭をご贔屓に」
「はい、わかりました」
上部の板をバックに入れ、背負いなおしてフードをかぶる。寄合馬車が出ている町まで徒歩での移動だ。ミアは頭を下げて村から出て行った。
誰もいない道を歩きながら、やっと気の抜けたため息をついた。
キツイ仕事だった。
あのゴブリンマジシャンはかなりの強敵だった。デイモが凄腕でゴブリンマジシャンの魔力を上回ってくれたおかげでたいした怪我もなく倒す事ができた。負けはしないと思っていたが、かなりの怪我は覚悟しなければいけなかっただろう。
色々な幸運が重ならなければ、相当被害も出たはずだ。ゴブリンが人間の武器を持っていたなら、こちらが悠長に準備をしている間に襲われたら、ゴブリンが生息していた洞窟が深く煙が充満できなければ、村人たちが協力的でなければ、一つボタンを掛け違えば命を落としていたかもしれない。
だがやり遂げたのだ。
村人たちは勇敢で、賢く、機転の利く人たちだったからこそ被害が出ず最良の結果になったのだ。
おかげで、ミアの懐も潤った。
“組木屋”亭から仕事を請け負っていないと勧告に行く。
村からゴブリン退治。
ミアからすれば2重取りのようなものだ。
追加報酬として毒草に対しての論文。面白い論文だ、それなりにお金になるだろう。
丈夫なロープもいい。さすがは元貴族御用達の村、細々したところでちゃんとしている。冒険者はロープが必需品、質のいいロープの情報は有難い。冒険者仲間に情報として酒の肴として重宝されるはずだ。
危険に見合う報酬はしっかりと得ることができた。また評価が上がる事だろう!
「・・・」
がっくりと肩を落とした。
「どうすりゃいいの」
別に好き好んで一人で行動しているわけじゃない。
若い娘が一人で冒険者だなんて、襲ってくれって言ってるようなもんだ。それでなくても冒険者は危険な職業だ。
ミアだって仲間が欲しい。それなのに、増えるのは一人での仕事ばかりだ。ああ、そりゃこれだけ結果を出していれば“おひとり様専用冒険者”がすっかり板につてしまった。
青い空を眺め、諦めてため息をつく。
「まっ、仕事終わったんだ。帰ったらしばらくゆっくりしよ」
思いっきり伸びをして今は解放感に身を委ねた。
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