芳一が死んだ

ニュートランス

第1話

──敦賀町連続怪死事件。

 近頃、この町では不可解な殺人事件が多発している。

 死体には耳が取られており、あぐらをかいた状態で琵琶を持たされていた。

 今やこの町でこのことを知らない人は居ないであろう。全国放送でも取り上げられたくらいだ。

 しかし未だ犯人の足取りは掴めていない。それは町民に日々重圧を与えていた。

 そんな事件に関わることとなった発端は、一度目の事件が起きた一ヶ月後。この間に同じ事件は二回も起きており、これで三回目である。

 私は藤村肇の名前で町外れに探偵事務所を構える者で、猫の捜索から刑事事件の推理まで幅広く活躍してる。

 この町で唯一であった私の探偵事務所にこの事件の捜査依頼が来ないはずもなく、しかしこの規模の依頼は初めてであった。

 ある日の朝、私はスーツにインバネスコート羽織り鹿撃ち帽をかぶって警察の言っていた事件現場に向かう。

 現場にはもう沢山の関係者が集まっており、そこには警察の中ででも特に慕ってくれている小城正宗という名前の刑事も居た。

 私を見るや否や彼は近付き、流れるように今の状況を説明する。

 被害者は島村正吾 四五歳。職業は琵琶法師。昨夜午後三時頃、町の中心にある繁華街の路地裏から悲鳴が聞こえたと通報が入ったらしい。

 被害者が居た場所は丁度監視カメラが無く、しかし少し先のカメラは犯人らしき人が路地裏から去っていくのを捉えていた。

 しかし辺りもまだ薄暗く、黒く顔を覆っていた為犯人を割り出すのは難しいであろう。強いて言えば背が一般男性の身長より低かったことか。

 小城は事件当時の写真を私に見せるが、噂通りそれは見事に耳の無い琵琶をもった男であった。

 私はこの写真に似た有名な怪談を知っている。耳なし芳一、その写真は耳を取られた芳一そのものに見えた。

 私はその後写真を事務所に持ち帰り、事件の情報を整理する。ここからが私の仕事だ。

 事務所に帰ると今年2歳になる黒猫が私を出迎える。それに続いて後から若い男の声が一つ、私を「お帰りなさい」と出迎えた。

 私が「コーヒーを1つ」とお願いすると、男は気怠そうにポットに水を入れ電源を入れた。

 男の名前は綿壮雲。去年遥々中国から出稼ぎの為この町に移住してきたらしいが、仕事が見つからず途方に暮れていた彼を私が拾った。

 語呂が良いからあの有名な探偵小説に倣ってワトソンと呼んでいる。

 彼は日本語は流暢だが探偵の仕事に関してはからっきし役に立たない。だから今はこうやってお茶汲みなどの雑用を任せているのだ。

 最近まで真面目にこなしてくれていたのだが、ある日バトル系の少年漫画に出会ってから最近は仕事中もそればかりを読み漁っていた。

 今度注意しなければと思いつつ、彼に入れてもらったコーヒーを一口。私は事務所を彷徨いていた猫を持ち上げ膝の上に乗せた。

 私は同時に今回小城から手に入れた事件の資料を机に並べる。

 『過去から学び、今日の為に生き、未来に対して希望を持つ。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである』

 私の尊敬する学者アインシュタインはこう言った。

 つまりはこの事件においても過去の類似事件から犯人の行動を推理することが大切である。それに今回は完全に同一人物が行ったであろう事件が何件も出ているから、比べて共通点を出し、犯人の足取りを掴むことは容易いであろう。

 

──まず、この事件が最初に起こったのは今日からおよそ一ヶ月前。この町にある神社で住職をしている國安一 六七歳が境内にて意識を失っているのが発見された。

 この神社は海に面していて、大きな赤い鳥居は訪れた人々をまるで異世界にいるような気分にさせる。

 鳥居の赤と海の青、草木の緑は非常に良いコントラストを織り成しており、私も初めてきた時は一瞬にして心奪われた。

 この神社は身寄りのない子供を保護する活動もしており、それは褒められた人間であったにも関わらず、彼はこの事件で最初の被害者となってしまった。

 次に被害者となったのはこの町に偶然立ち寄った島村修 三八歳。今回起きた島村正吾さんの弟に当たる人だ。

 島村兄弟は琵琶法師の仕事をしており、この町には今週行われるイベントに出演する為に来ていた。

 まさか兄弟一緒に殺害されるとは。同一の事件はこの町のみの為、最初は無関係な人が事件に巻き込まれたと思っていた。

 しかしどうやら全くの無関係という訳でもないらしい。

 この兄弟、実は國安の神社で育った、所謂孤児というものであった。

 それも國安が身寄りのない子供を引き取るようになったきっかけらしく、兄弟が今琵琶法師をしているのも國安が趣味としてやっていた琵琶の扱い方を教えたことから始まる。

 ともかくだ。偶然かと思われた一連の事件は特定の人物を殺害する計画的犯行だという可能性が出てきた。

 犯人があの神社に何らかの恨みを持っており、この事件があの神社に関する人々を殺すた為なのであれば次のターゲットも間違いなくそれに関係する人物であろう。

 私はそう推理して直ぐあの神社で育った孤児について調べ始めた。

 神社のことをよく知っているであろう住職に確かめるのが一番手っ取り早いであろうが、当の住職はもうこの世にいない。

 私は私自身の方法でたった一つの謎に辿り着くのが好きな為警察に協力は頼みたくなかったが今回は仕方がない。

 私は気の抜けたビールのようになりながら小城の元に電話を掛ける。

 「もしもし私だ」

 そう言うと彼は電話越しでも分かる程に不貞腐れた表情であった。

「俺だじゃわかりませんよ藤村さん。しかし貴方から電話を掛けてくるとは珍しいですね」

 私は一刻も早く情報が欲しいにも関わらずこのまま話が長くなりそう感じた私は用件だけを述べ強引に通話を切った。

 流石に全て探すには時間が掛かるだろうと明日まで待つことにし、今日の夜ご飯を作っている最中、事務所に置いてあるファックスが不意に起動し始めた。

 意外にも素早い仕事に少しだけ関心を覚える。

 そこには今まで神社で育った十人の名前が書かれており、その後の就職先までもが書かれていた。

 大体の人は普通の学校へ通い、そしてこの町以外の場所で普通の会社に就職。琵琶法師になったのはその兄弟ともう一人、“芳一”と言う名前の男が昨年琵琶法師として名を挙げたばかりであったのだ。それも活動拠点は兄弟と違いこの町らしい。

 私はここで大まかな仮説を立てる。

 今回起きた一連の事件はこの町のみで起こっている。そして今の所殺されているのは琵琶法師とそれに関する人だけ。

 これがただ神社に関わった全ての人がターゲットなのだとしたらこの十人の身元を発見するにはかなりの時間を要することになる為全てを庇うことはできない。

 しかし今の犯人の行動パターン的にターゲットはあの神社に関わった琵琶法師のみ。

 すると犯人がこれら一連の事件の関連性を強める為、被害者に行なっていたあの奇行、被害者の死体で怪談である耳なし芳一を連想させたのも琵琶法師に関係があると筋が通るのだ。余程琵琶法師に強い憎しみを持っていたのだろう。

 とにかく、今私がすべきことは次のターゲットとして一番可能性が高い芳一と言う人物を犯人から守ること。

 私は直ぐ小城に電話を掛ける。

「今度はどうしたんですか?」

 私は掛けて直ぐ、今回の事件に関する推理を事細かに話した。

 彼はさっき自分が調べさせられたデータについて漸く理解できたのか暫く感嘆の声を上げていた。取り敢えず知り合いの警察官二人を芳一の護衛に向かわせるとのこと。

 これで待っていれば犯人は彼方の方から向かってくるであろう。そう流れるようにソファーへ座ろうとした瞬間、私は妙な胸騒ぎを覚えた。

 何かを見過ごしている。それもとっても大切な何かだ。こんな簡単に事件が解決するはずないのだ。

 私はそう思うと居ても立っても居られなくなり気が付けば事務所を飛び出していた。

 事務所から数十分歩いた先、私は神社近くの住宅街に来ていた。

 まずはもっと深く知ることから。そう思い私は近所を一軒一軒回る。

 するとある熟年夫婦の家から事件を覆す程の有力な情報をえられた。

 有力な情報は二つ。一つは國安住職についての話で、彼は褒められた人間だと思っていたが実はそうでもないらしい。

 孤児を引き取っていたのも引き取ると月々貰える給付金目当てであり、決して慈善家とかではないという。

 神社にいた孤児は皆小中高と出ていたが、それも全て給付金からではなく子供達がコンビニなどのバイトで手に入れたお金で賄っていた。それも世間に怪しい目で見られない為に学校には行かせたかったのであろう。

 私は近所で聞き込み調査を行った後、神社で育った者達に電話を掛けることにした。

 そこでも新しい事実は溢れるように出てくる。

 神社で育った子供がほぼ全てこの街の外で就職しているのは住職が怖かったから、離れたかったという意見が大半を占めていた。

 その中でも島村兄弟は國安住職の趣味であった琵琶の上達が素晴らしく、気に入った國安は島村兄弟の学費は全て自費で賄っていたことからその気に入られぶりは本当であろう。

 そんな中上手くできない子供もいる訳で。國安は琵琶の上手さで子供へ優劣をつけていたらしく、その中でも特に才能のなかったものはこき使われ雑用ばかりをさせられていた。

 その人物こそ、この町で今唯一の琵琶法師“芳一”であったのだ。

 神社で育った人曰く一番才能のなかった彼は兄弟から、住職からも壮絶ないじめを受けていたそうな。

 彼はそれでも優しく、花と蝶が好きで、誰よりも命を大事にする子供であった。しかし日に日にその笑顔は消えていく。

 そして彼の1番の難点。それが生まれつき耳を持って生まれなかったのだ。

 耳の聞こえないことを利用して悪口を叩いたり、芳一という名前も住職が面白がってつけたらしい。

 芳一は成人して神社を出られるようになるまでの時間、彼はずっと耐えてきたのだ。

 恨まれても仕方がない。私がそう真の事実に辿り着いた頃、持っているスマホから一通の連絡が来た。

 どうやら自宅に芳一の姿がないらしい。

 芳一を目撃した人によると芳一は家にあったのであろう小刀を片手に彼が育った神社の方面に向かっていったという。

 私はその言葉を聞いて直ぐに電話を切った。焦りながら急いで車を走らせる。

 もし彼がこの事件の犯人だとしたら、普段誰よりも命を大切にしていたという彼は罪の重さから自殺を図ることが容易に想定できた。

 彼のした罪は重いが、逆に言えば周りにそれだけ追い詰められていたということ。

 このまま死ねば彼は一生この世界を呪うこととなるだろう。それではあまりにも報われない。

 私は間に合うよう祈りながら芳一が向かったという神社へ向かった。

 神社についた私は境内の階段を駆け上がる。するとそこには白装束で座禅を組み、目の前には白鞘の小刀が置かれていた。

 私は直ぐに割って入って声を掛けた。彼は一瞬此方を向くが、耳が聞こえない彼に私の声は届かない。

 誰が見ても探偵だと分かる風貌をしていた私は警戒され、彼は近付こうとする私を小刀を突き出してこれ以上近付かれないよう線引きをした。

 私は無理に刺激して自殺を早めてしまってはいけないと、ある程度距離を取り持っていたメモ帳で筆談を試みる。

『何をしているのか』

 と聞くと彼は私のメモ帳に『度重なる罪に対しけじめをつける為』と凡そ予想通りの答えが返ってくる。彼は間違いなくこの場で自殺する気だ。

 どうしたら自殺を止めてくれるのか。そう考えた結果彼の生い立ちを聞いてあげれば少しでも和らぐのではないかと思った。

『何故自殺を?』と今まで何があったかを話すように促す。すると芳一は再び私のメモ帳を受け取り筆談を始めた。

『かつて僕身には母親がいました。それも三歳までの記憶、記憶が曖昧でありますが、居たのは確かです』

 余白が無くなったメモは剥がしてまた新しく書き連ねる。

『ですが母親は病弱で、三歳の頃母は亡くなり親しい親戚も居なかった為僕はこの神社に引き渡されました。母はとても優しい人でした。そして誰よりも命を大切にする人でした。まだ僕が生まれる前に父を交通事故で亡くしているからです。それは僕にも受け継がれました』

 枚数の少ないメモ帳はもう少しで無くなりそうだ。それでも彼は書き続ける。今までの愚痴を全て吐き出すように。話は文字数が増えるほど熱が増していた。

『僕はこの神社で、所謂いじめというものを受けていました。この神社ではどれだけ住職の機嫌を取れるかで扱いが変わります。そして住職が好きな琵琶の才能で大体の待遇が決まっていました。僕はその才能がなかった。住職には毎日雑用を押し付けられ、その神社で一番琵琶の才能があった兄弟からは馬鹿にされ、いじめを受けました。それでも僕は耐えた。ははに誇れる人間になれるよう、神社を出れる成人の十八歳まで何としても我慢して見せようと』

 遂にメモ帳の紙は無くなった為、彼は背表紙の厚紙にも書き始めた。

『僕に関する事は何でも耐えられた。どんな雑用も耐えられた。でも彼奴らは母親のことを“子供一人すらまともに育てられない駄目な親だ”と馬鹿にした。それがどうしても許せなかった。その憎しみを忘れないまま、僕は成人になり琵琶法師となった。彼奴らにやられてきた仕打ちを忘れない為に』

 遂に書く場所が無くなった彼は、私に詰め寄り慣れないながらも必死に口で喋り始めた。

『タんていサン、デスよね。フウぼうで、わかりまス。僕はタエマシた。しかしタえきれなカった。だからワタシはわたしのイのちをもってツグナイまス。ありがとう、ハナシをきいてクれて』

 そう言って芳一は素早く小刀を腹部に突き立て、慌てて止めようとする私を振り切り勢いよく刺した。

 倒れる芳一、広がるワイン色の絵の具は床を一瞬にして染め上げていく。

 芳一は怪物からは逃れることができたが、罪の意識からは逃げられなかったのである。

 芳一は死んだ。探偵の目の前で。





 







 

 


 

 


 

 


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