終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~

第1話 果てなき絶望

 朝日が射し込む窓際に、怠そうな表情で座っている青年はその顔を上げ、広く澄み渡っている空を眺める。空高く飛ぶ鳥に対し羨望の視線を向け、空を掴むようにして右手を伸ばす。


「もう、どれだけの月日が過ぎたか・・・・・・」


 苦笑しながら、そんな事を一人ごちり、ふと視線を空からずらす。


 青年の住まう、否、閉じ込められている都市の中央へと。


「いつ見ても綺麗だな」


 視線の先にいるのは、一匹の龍だ。

 漆黒の鱗に覆われた龍。翡翠に輝く瞳はまるで宝石で、その全長は雲にすら届くほど、顔を見上げなければ全体を見る事すら敵わない。


 そんな龍が、人が生活しているはずの都市の中央に居座っている事を咎める者は、疑問に思う者は、この都市には誰一人として存在しない。それも当然だろう。


――なにせ、青年以外の人間は皆、既に死んでいるのだから。


 大厄災。

 そう呼ばれる、およそ二十年前の魔物による大侵攻でこの都市は、その尽くを蹂躙された。


 当時六歳であった一人の少年を除いて。


 その当時を思い出して、青年は少し笑みを零す。


「まさかここまで生き残れるとは・・・・・・まあ、明日も生きている保証はないが」


 少し感傷に浸っていた心を閉じ込め、表情を引き締めると、癖になっている音の出ない歩法で部屋を出る。

 そして全てを終わらせるために、武器の元へと移動する。


 最後の戦い。それが己の死か、はたまた龍の死で幕を落とすのか。


 結末は何者にも分からない。









 その日は、いつも通りの、少年にとっては嫌になる程の晴天であった。


 とは言え、少年の住まう裏路地にはそれ程光が入ってくるわけではない。しかし、自分の住んでいる場所が少しでも照らされているという事実が、少年の気を滅入らせていた。


 ふと、裏路地から見える大通りに顔を移せば、大道芸の役者がボールを投げている姿が見える。周囲には大勢の観客が喝采を上げ、自分と同じぐらいの歳の子供達は、屋台で買ったであろう食べ物を食べて笑みを浮かべていた。


 少年もゴミ場から拾った林檎の芯を口に咥え、飢えを少しでも満たそうと試みるが、既に果肉の部分は皆無な為、少しも空腹が満たされることはない。


「ぁ・・・・・・」


 溜息を吐こうとするも、必要以上に体力を使いたくないと口を閉じ、壁にもたれ掛かり腰を下ろす。


(・・・・・・屋台から何か盗もうか。いや、前回は見つかって半殺しにされたから、警戒されてもう盗めないか)


 感情の乏しい表情で空を見上げ、さてどうしたものかと考える。


 少年がスラムで生まれ、既に六年が経過している。

 毎日がギリギリの生活を強いられ、腹が満たされたことはない。


 まだ幼い頃、いや、今も六歳であり庇護下にいるべき歳ではあるが、まだ少年が言葉を発する事もままならない歳までは両親が少年を守ってきた。ただ、およそ二年前に両親はこの世から去り、それ以降は少年がたった一人で生きてきた。


 ゴミを漁り、命懸けで食料を盗む毎日。


 手に職があれば食い扶持が見つかるかもしれないが、知識もなく、栄養が回らずに気力もない少年は、そろそろ限界を感じ始めていた。


 ただ、そんな少年にも自分だけの何かは存在した。

 目を瞑り、意識を深く沈める。

 すると、暗い意識の中に不思議な文字が浮かび上がる。


名前:――  Lv:26

種族:人間

年齢:6歳

体力:D

魔力:E

筋力:C

敏捷:B

耐久:C

スキル:【生道世界】、【進化】

称号:なし


 ステータス、その人物の持つスキルやレベルを示したものだ。これを見るだけで、己の技術を活かせる場所を大方予測できるうえ、通常は偽造する術がない為、個人の証明として利用されたりもする。


 今脳裏に見えているこれが、少年のステータスだ。

 名前欄が空欄であるのは、彼の両親が名を付けなかった為だ。


 そもそも、少年が生まれたのは両親にとっては計算外である。


 ただただ生きる事を諦め、別の事でストレスを発散して、偶然に出来た、出来てしまったのが少年である。彼等が数年間面倒を見たのは、少しの罪悪感からの行動であり、少年に対して愛があった訳でもない。


 故に、名は必要なく。まるで人形のように接してきたのだ。


 とは言え、少年は別に気にしたりはしなかった。

 最初はなにかしらの感情はあったかもしれない。しかし、この場所の過酷さを経験するごとに、生き残る事だけが少年の心に根深く染みついた。


(このステータスだけじゃ、生きていくことは出来ないよな・・・)


 己のステータスを見ながら、生き残る道を模索する。


 六歳という年齢に対してレベルは相当高い。

 これは、少年が今まで生きてきた中で既に死に直結するような死闘を行ってきた結果である。


 ただ、レベルが高いとは言っても、それは六歳だからと言うだけで、上には上が存在する。

 ならば、生きていくには何が必要となるか。


 それは個人の保有するスキルだ。


 スキルの能力次第では、如何に出身が下賤だと言われる身の者であろうとも、いきなり国の騎士になる事さえ可能である。


 ただし・・・・・・確率で言うならば、1パーセントにも満たない割合だ。

 有用なスキルというのはそれ程までに稀有であり、取得する殆どのスキルがその他大勢も所有している為、半端なものでは必要とされないのだ。


 そして少年は、1パーセントに入りながらも、99パーセントの生き方を強いられる稀有な存在だった。


 少年の持つスキル【生道世界】は、他者と自身を強制的に別世界へと誘うスキルだ。

保護という点においては優秀なスキルなのかもしれないが、少年がまず初めに思いついたのは暗殺が容易だという点だった。


 そして、そのような危険なスキルを保持していると知られれば、逆に危険人物として殺される恐れがあるスキルだと恐れた。似たようなスキルを持ったスラムの住人が、憲兵に連れていかれる姿を見て以来、少年はこのスキルを絶対にバレないように隠し続けている。


 そしてもう一つのスキル、【進化】は、あらゆる環境に自身を適応させるスキルだ。

 適応に時間はかかる、しかし、少年がここまで生きてこられたのはスキルの恩恵が大きい為、このスキルだけは少年にとっての誇りでもあった。


 ただ、【進化】というスキルを持っていようとも仕事に活かせるかと言われれば、誰もが首を捻るだろう。なにせ、適応の時間というのがかなり長い。確実に成長はするが、人によっては数か月、数年とかかってしまう。


 大器晩成のスキルを取るより、既に仕事に特化したスキルを持つ者が他にいるのだから、わざわざ少年を選ぶ必要性がないのだ。


(このまま目を瞑れば・・・・・・すべてが終わるだろうか)


 もう流石に、足掻き続ける気力も失われようとしていた。

 決して死にたいわけではない。


 しかし、この状況を変えるには、天変地異でも起こらなければ少年には不可能であると思えた。


 僅かに顔を上げる。

 目を瞑りたくなる程に光り輝く太陽を見上げ、


――突如、太陽を遮るが如く現れたそれに目を見開く。


(何だ、あれは・・・・・・)


 雲よりも高い位置にいるというのに、はっきりと分かるシルエット。二枚の巨大な羽を広げ、空を自由に飛び回るその姿は、まさに龍そのものであった。


 少年は吟遊詩人が歌っていた内容を思い出し、目に映る存在が龍であると気付く。

 しかし、聞いていた内容と実物を比較して、内容の誤差に眉間に皺を寄せる。


(翼が広い・・・・・・この距離であれだけはっきり見えているのなら、一体どれだけの大きさを持ってるんだ・・・・・・)


 少年が気付いてから数秒遅れて一般市民も気付き始めてのか、大通りから喧噪が聞こえて来る。そして、都市周囲を囲む城壁の上から、魔物の襲撃を知らせる警鐘が鳴り響きだした。


「おいッ! あれはなんだ!」

「わ、分かんねえよ! 騎士団が動き始めるはずだ。それまで俺達は何処かに隠れていれば――」

「なあ、あれ・・・・・・こっちに落ちて来てねえか」


 男が震える指で空を指す。

 釣られるように周囲の人間が空を見上げると、確かに巨大なシルエットが徐々にこの都市に迫ってきているのが分かる。落ちてきているというよりかは、狙いを定めて滑空しているようだった。都市に迫る龍の形がはっきりと浮かび上がると、人々は震えだし、一目散に逃げだす。


「逃げろぉおお!! 神龍アルドだァあああ!!」


 それは、この世界で最も恐れられる厄災の一つ。


 曰く、その巨体は山をも越える。

 曰く、その体には一切の攻撃が通じぬ。

 曰く、神を単体で屠り、喰らう者。


 曰く、厄災の中でも――最凶。


 災害の化身が都市の中央に降り立つ。

 たったそれだけの動作。しかし、矮小なる者達にとっては天変地異に他ならない。


 生じた爆風が周囲一帯の民家を吹き飛ばし、今まさに攻撃を仕掛けんと勇敢に踏み出した騎士を嘲笑うように消し飛ばした。


 都市の中央から数キロは離れているはずの少年にも爆風がぶつかり、地面の上を何度も転がる。


「がはっ!」


 肺から空気が吐き出され、体をいたる場所にぶつけ、ようやく停止すると、痛む体をなんとか動かして立ち上がる。そして視界に映る光景に、


 自分は死んで、地獄に落ちたのだと思った。


 眼前の光景は地獄と言って間違いはなかった。

 まともに形を残している建物など一つもない。

 生じた衝撃だけで、都市の機能は壊滅した。子供たちの喜色の声が、悲鳴に塗り替わっていた。


 しかし、これは地獄の序章に過ぎない。

 爆音が響き、都市を囲っていた城壁の一部が崩壊する。

 少年は腕を抑えながら音のする方へと顔を向ける。


「・・・・・・は?」


 咄嗟に口から洩れた困惑の声、ただただ目に映るその光景を信じる事が出来なかった。

 これは悪夢に違いないと震える体を無視して思い込もうとする。だってそうだろう、既に限界だというのに、これほどまでの絶望が必要あるだろうか。



 ――視界の先、城壁が破壊され、雪崩のように都市へとなだれ込む魔物の軍勢を目にした。

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