『小悪魔』(レーミゾフ)の場合

大統領が一人、執務室で仕事をしていた時のことだ。


執務室のドアが開き、

奇妙な男が入ってきた。


顔を上げた大統領、その男の風体を見てぎょっとした。

というのも・・・。


まずはその男の顔つきである。


とにかく、犬そのもの。


毛むくじゃらで、

痩せて筋ばり、

歯が大きく、牙のように

唇の外までせり出している。


手には皮の金冠をかぶせた杖を持ち、

黒い皮製の袋を肩から下げていた。


その皮製の袋からは、なにやら怪しげな白い粉が散っている。


大統領は、すぐに気づいた。

これは古いロシアの、「ゴ○ブリ(以下「G」と表記)退治屋」の恰好ではないか。


「ここにGはいるかね?」

退治屋は、それこそ犬の唸るような、

低い声で言った。

「G。不浄なろくでなしどもさ。

悪魔の種。罪に宿り、罪にみたされ、罪を生む、

不浄なろくでなしどもさ」


「おらん」

イラッとして大統領は応えた。

「ここをどこだと思っているのだね?

外国の来賓も来る場所だ。

Gなど湧かないように、ふだんから管理されておる」


「いやしかし、あんたの目の前にまず一匹いるじゃないか」

退治屋が指さす先を見ると・・・あれ?たしかに!


オオぶりのゴキブリが一匹、

かさかさと、大統領の机の上を這って行く。


「うびゃあ!」

さすがに大統領はびっくりして、椅子から飛び上がる。


すかさず、退治屋は駆けつけてきて、

白い粉をバアッとゴキブリにひっかけた。


「そんなバカな!この部屋にGがいるなどとは?

くそ・・・掃除屋どもは全員クビにして入れ替えてやる!」

大統領は顔を真っ赤にして、そうひとりごちた。


「掃除担当を入れ替えてもムダだと思うがね。

このGたちはただのGたちじゃないんでね」

退治屋が低い声で言う。


「なんだと?どういうことだ?」


「これは悪魔の種だと言ったろう。ただのGじゃないんだ。

あの方が・・・この部屋に現れる前兆さ」


「あの方・・・とは?」


G退治屋は低く笑った。

「わかっているくせに。あんたはあの方をよく知っているだろう?」


「え?いったいなんのことだか・・・」


「ほら、そこにも!」

G退治屋が、椅子から半立ちしている大統領の足元を指さす。


カサカサと、三匹ほどのGが、

大統領の足元から、三方向にむかって

散っていった。


悲鳴をあげてジャンプする大統領。

G退治屋がそこに駆けつけてきて、

三匹のGを追いかけ、白い粉を巻き散らす。


「なんでこんなにたくさんGがいるんだ?」

大統領の顔はどんどん青くなり、

すごすごと後ずさり、

執務室のいっぽうの壁にもたれかかろうとする。


「あ!そこは危ないぜ」

G退治屋のその声に、大統領が振り返ると、


どういうことだろう?

執務室のいっぽうの壁は、

Gが天井から床までびっしり張り付いており、

まるでうごめく黒い壁紙のようだった。


「うびゃあ!」

またしても大統領は悲鳴をあげ、

あわてて壁から離れる。

退治屋が駆けつけてきて、

壁一面に白い粉を巻き散らした。


「いったんどういうことだ!お・・・おかしいだろ?」


「この部屋にあの方が迫っているんだよ。

このGたちはあの方を迎えるために、

集まってきたんだ」


「だから、あの方とは、何のことだ?」


「わかるだろ?サタンと呼ばれている、あの方だよ」


「え?」

部屋の空気に混じってしまっている

白い粉の匂いにむせかえりそうになりながら、大統領は言う。

「どうして・・・そんなものがこの部屋に来るのかね?」


「あんたがどうやら好かれているから、だろうね」


「そんな?私が何をした?

ロシアの子持ちの母親に補助金を出して

出生率を回復させたのは、この私だぞ!」


「以前の功績だよね。最近のあんたは

あの方に気に入られる政策ばかりしているだろ?」


「いやいやいや!

私に『あの方』に会う資格なんかないはずだ」


「資格がないだと?」

いきなり、G退治屋は、懐から数珠のようなものを取り出し、

「あんたに、あの方に会う資格がないというのかね?

そんなことはないさ。試してみればすぐわかること。

よし、俺にまかせて、まあ、見ていなよ。

あの方をここに呼んでみるからな」


「いやいやいや!呼んじゃだめだろ?

はっ!お前さては悪魔崇拝者・・・」


大統領の声を無視して、

G退治屋は、大声で叫びだした。

「現われいでよ、サタン!現われいでよ!現われいでよ!現われいでよ!」


その時だった。


執務室のドアがゆっくりと開き、

何やら真っ黒い人影が、ゆっくりと入ってきた。


「・・・あれかね?」

その黒い影を見ながら、大統領は冷や汗を垂らす。


「・・・ああ。きっとあれだ」

G退治屋は頷く。


「しかし・・・あれは、人というよりは、

なんだか、モヤモヤした・・・何か細かいものが

集まった塊のように見えるが?」

大統領は震える声で言った。

「・・・まさか・・・!!」


その、人影・・・に見えたもの、

よく見るとGがたくさん積み重なって蠢いている、

大量のGの塊だったものは、


バラバラと床に崩れ、

無数のGが部屋の床いっぱいに広がった。


二人「うわーーー!!」

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