『スターリン・ジョーク』(無名の大衆たち)の場合

(※今回の【もしクレ】は珍しくクレ○リン以外の場所から始まります)


東京に在住しているロシア人家庭。


夫が、平井吉夫氏が冷戦下の東欧ソ連大衆がこっそり生み出した権力者批判のジョークを集めた『スターリンジョーク』という本を古本屋で見つけ、その話をしていた。


「驚イタネ。日本デハ、コンナ本ガ出テイタンダネ。スッカリすたーりん時代モ、過去ノ事ニナッタノダナ」


妻がウンウンと頷き、


「ソウネ。デモ、今、祖国ハ別ノ意味デ、ヒドイ事ニナッテイルワ。マッタク。アノ大統領ニハ、誰カ、オ目付役ガ必要ジャナイカシラ?」


それを寝室で聞いていた四歳の娘。窓の外、夜空のお星様に向かって、こうお祈りをした。


「お星様。お父さんとお母さんが、あんなに悲しそうにしています。どうか私の願いを聞いてください。お父さんとお母さんを心配させている、その『大統領』という人に、誰かもっと偉い人を『お目付役』につけてあげてください。お願いします」


そのとき、夜空で、星がひとつ、キランキランと、輝いた。


*****


クレ○リンの大統領執務室。


大統領が机に向かって気難しそうに仕事をしていると、


ガチャリとドアが開き、

ゆったりとした髭面の男が入ってきた。


彼「邪魔するよ。どうかね?

仕事のほうは順調かね?」


その声に顔を上げた大統領。

かつて第二次世界大戦前後のソ連を率いた、

まぎれもないあの男が、

目の前に立っているのを見て、

椅子から飛び上がって驚いた。


大統領「エエーーーーッ!

お、お前は!

い、いや、あなた様は!

なんてこった!

オーマイガッ・・・

ガッ、ガッ・・・

オーマイガガーリン!

ようこそ!同志スターリン!」


大統領は冷や汗びっしょりになりながら、

彼に椅子を勧めた。


大統領「さあ、そちらにおかけになってください!

仕事ですか?はい、順調です!順調ですとも!」


彼「それはよかった。

ふむ。カレンダーを見ると2022年とある。

どうやらタイムスリップでもしたのかな?」


大統領「なぜでしょうねー?

ハハハ!不思議ですね!

早く、お帰りいただけるように、

私も全力で、何があったか、

調査させますねー!」


彼「いや、それは及ばん。

せっかくきたのだ。

私がお前の仕事ぶりを

見てやることにしよう」


大統領「いや、見てもらうような

たいしたことは何も、、、ハハハ。

あ、そうだ!」

大統領は内線を取るとこう言った。

大統領「すまんが、急なお客さまだ。

最高級のキャビアを大至急用意してくれ」


彼「ん?今は戦争中だと聞いたが?

君は戦争中なのに、

キャビアなど贅沢品を仕入れているのかな?」


大統領「(もう一度内線を取って)

念のためだが、さっきの『キャビア』は、

ジャム入りの紅茶のことだからな?

ジャム入りの紅茶を早く、頼んだよ」

大統領は内線を切る。

大統領「いやあ、ややこしくてすいません。

今のロシア語では、紅茶のことを

スラングで『キャビア』と言うのですよ」


彼「ふむ。嘆かわしいロシア語の退廃だ」


大統領「まったくです!」


彼「私の言語学論文は読んだかな?

国民を統治するのは、

言語の引き締めが、何より大事だ」


大統領「読んでおります!

あなた様の論文は全部読んでおります!」


彼「けっこう。それで?戦争中ときいたが

どこと戦争をしているのかな?

そうそう、私の故郷、

グルジアはどうなっている?

無事に連邦内に従っておるかね?」


大統領「はい!無論です」


彼「(壁に貼ってある世界地図を見て)

うん?なんか、色分けされているような?

あと、『ジョージア』というは何かね?」


大統領「その地図は日本の

缶コーヒーの景品です!

ジョークの地図ですよ!

ジョークです!」


彼「君は戦争中に、

執務室にジョークの地図を貼って、

遊んでいるわけかね?」


大統領「あ、いえ!

そういうわけでは!」


彼は、やおら、大統領の内線受話器を

勝手に手に取ると、

彼「同志エジョフ君!

ちょっときてくれ!」

と言った。


まもなくドアが開き、

陰気そうな目つきの男が

入ってきた。


エジョフ「お呼びですか同志?」


大統領「ゲーッ!お前まで復活を!」


彼「おや?その顔を見ると、

もうエジョフ君のことは

知っているようだね?

ならばけっこう。

私に何か隠し事をしても、

このエジョフ君なら、

どんな相手でも、たちまち、

正直者に変えることができるんだ。

そのことを忘れてはいかんよ?」


大統領「はい!もちろんです!

そもそも私は、同志、

あなたに隠し事など致しません!」


彼「そうか、けっこう。

エジョフ君、そういうわけだ。

今は、この人は君の教育を受ける必要は

なさそうだ。急に呼んで悪かったね」


エジョフ「かしこまりました。

何かありましたら、いつでも、

お呼びつけくださいませ」


陰気な男はそう言って、

ゆっくりと執務室を出ていった。


彼「それにしても君、

さっきから顔色が悪いね。

どうした?」


大統領「はあ、ちょっと

トイレに行きたく、、、」


彼「なら、そう言いたまえよ。

行ってきなさい。

この部屋は私が電話番を

しておいてあげよう」


大統領「え?・・・

あ、ありがとうございます・・・

では一応・・・

これが、私の携帯番号です、

何かありましたら、こちらへ

転送を・・・」


彼「ふむ。わかった」


大統領「それでは、、、」


大統領は執務室を出て、

後ろ手でドアを閉じると、

ふうっとため息をついた。


「あーびっくりした!なぜあの人が?

しかもなんだか、オレの上司ヅラを

しているぞ?

これは大変なことになった、、、」


その時、大統領のポケットで、

携帯電話がなった。

執務室の内線番号からだった。


大統領「え?さっそく、なんだろう?」


大統領はできるだけ愛想よく電話に出る。


大統領「はい、私です!

どうかなされましたか?」


彼「きみ!この内線は壊れているようだ。

どこにも通じないよ?

どうなっているのかね?」


(え?何を言っているのだろう?

内線が壊れているなら、そもそも、

こうやってオレの携帯に電話をかけることも

できないはずじゃないか?

・・・ははあ。さてはオレの

忠誠心を試してるな?

ここは、話に乗っておかないとヤバい!)


そこでこう、返事をした。

大統領「申し訳ありません!

すぐに担当の者を読んで、

修理させますね!」


彼「・・・何を言っているんだね?

ナンセンスなことを言うんじゃない。

内線が壊れているなら、そもそも、

こうやって君の携帯に電話をかけることも

できないはずじゃないか?

君を試したんだよ。

どんな時でも、私に隠し事は

しないかどうかを、ね」


(ゲーッ!そっちかよ!)

大統領の額から、冷や汗が

ダラダラと滴り落ちる。


彼「やはり君、何か私に隠し事を

しているんじゃないかね?」


(終わった、オレ、、、)

大統領は目の前が真っ暗になるのを感じた。

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