暗黒の羊 1 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
お久しぶりです
ファンタスティック小説家です
2024/4/5『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
書籍版の第二巻がいよいよ出ます!
つきまして本日よりちょこっと投稿します
ここからの内容は書籍『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』の校正前冒頭部分になっています 近いうちに2巻がでるためそのプロモーションというわけです
注意してほしい点として、書籍版はWEB版から加筆修正を重ねており、かつて投稿していた頃の物語の流れとはずいぶん変わっています
ですので、これから投稿する話は、WEB版『俺だけが魔法使い族の異世界』の続きとしてみると、おかしな部分も多いです
物語は『俺だけが魔法使い族の異世界1 御伽の英雄と囚われのエルフ』のラスト、アルウとアルバスが『英雄の器』として、ウィンダール騎士隊に連れられグランホーの終地を旅立ったあとからはじまります
以上の点を踏まえたうえで読んでいただければ幸いです
では、どうぞ、お楽しみください
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第一章 暗黒の羊
グランホーの終地を旅立ち、1カ月が経った。
いくつかの村と街を経由し、バスコに着実に近づいている……のだと思う。
緩やかな丘陵を越えたさきにその街は忽然と姿をあらわす。旅をする風たちは気の向くままにながれ、立ち並ぶ石造りの風車塔はくるくると羽をまわす。羊たちがそのしたを呑気に歩きまわり、赤茶けた屋根の建物たちが手前にみえる。
風のニンギルという街らしい。グランホーの終地より治安は良さそうにみえる。しかも規模はこの街のほうが大きい。陰の街のような危険な地区も、事前に話を聞く限りでは存在しない。
もっとも良いのは城壁が街のまわりに築かれていることだ。
それも1枚じゃない。2枚もある。一番外側の城壁に関してはまだ建設途中らしく、屈強な男たちが資材を運んでは、えいさほいさと労働に励んでいる。
風のニンギルには古い歴史があるのだろう。街の開発・発展にあわせて、その都度城壁が築きなおされる。城壁の枚数は信頼の証だ。長い間、この街が存続してきたという安心をくれる。
安全にこだわりすぎて悪いということはない。モンスターという危険な生物のいる世界だ。セキュリティにはこだわってもらわないと困る。
「アルバス、見て。あれ、風車っていうんだよ」
鮮やかな緑髪をした少女が、俺の手をひっぱり、背の高い建物を指差して喜んでいる。
こいつはエルフ族の娘だ。
名をアルウという。俺の奴隷であり、最大の資産でもある。
御覧の通り、我が資産アルウは、こうして教育に悪い街を出たことで、新しい景色や経験を積むことで、人として健やかに成長している。
いや、そうじゃない。言葉を間違えた。
勘違いしていたらいけないので、ここでひとつ訂正をしておこう。
俺はあの奴隷なぞ別に健やかに育たなくてもいいと思っている。このアルバス・アーキントンは恐ろしく冷徹なことで有名だ。血は凍え、人の心はなく、どこまでも 利己的な人間だ。
俺がこの奴隷エルフを宿に閉じ込めておかず、旅先で訪れた街で自由に行動させているのにはそれなりの理由があるのだ。
聡明な者は気づいているだろう。
そう、こやつの奴隷としての商品価値をあげるためである。様々な経験を積ませ、健やかに育てることで、人としての質があがる。知性、品性、教養が高まれば、必然、人身売買で売り払って換金するときの価格があがるというものなのだ。
だが、奴隷というのは愚かなものだ。勘違いして俺のことを優しい人間だと思いはじめてしまうこともままある。古い時代、権力者は恐怖で下民を支配したという。
恐怖は人間の根源的な首輪である。ゆえに俺はあの奴隷エルフが隙を見せれば、俺が主人で、やつが奴隷に過ぎないということを恐怖という手段をつかうことで刻み付けることにしている。
「アルバス、風車ってすごく高い。登るのこわい」
それ見たことか、恐怖の時間である。
風車塔はなかなかに背が高い建物だ。アルウが恐がるのも無理はない。
優しい人間ならそんな建物に無理やり彼女を登らせることはしないだろう。
だが、このアルバス・アーキントンは違う。
「アルウ、風車塔に登るぞ。これは決定事項だ。口答えは許さない」
「うぅ、恐くて足がすくむのに、無理やり連れていかれる。アルバスは残酷、人でなし‼」
アルウは言いながら俺の手を両手でぎゅっと握ってくる。焼きたてのパンみたいに温かい。
風車のなかで機構をあやつり小麦を製粉しているばばあに許可をとって、上に登らせてもらった。小窓からの景色は悪くない。
「どうだ。アルウ。いい景色だと思……恐ろしくて震えるか?」
「震えがとまらない。ぷるぷる」
調教完了だ。
またひとつアルウに恐怖を刻み付けることに成功した。
「貴公、厄介事だ。我々の力が必要とされている。ひと仕事頼めるだろうか」
風車塔から降りると筋骨隆々の大男がしたで待っていた。
白を基調とした豪奢な金属鎧は常人なら重たくて動くこともかなわないだろうが、この大男が苦に感じているところは見たことがない。白神樹の描かれた厚手のマントを羽織り、腰には蒼い輝石がはめられている大剣を差している。黄金の髪に蒼い瞳、手入れを怠らないちょび髭は彼のこだわりか。なお左目には眼帯をしてる。どこかで怪我でもさせられたのだろうか。
この男はウィンダール。
王都バスコより、俺の資産であるアルウを盗みにきた騎士隊長殿だ。
紆余曲折を経て、アルウの願いを聞き入れるかたちで、彼の隊に同行することになった。
「こんなバカみたいな人数で旅をしているから金がかかるんだ。アホ面から斬り捨てて、そこらへんに埋めてやれば、旅する先々でこき使われて働くこともなくなるだろうさ」
ウィンダール率いる白神樹の騎士隊は1年を超える長い捜索をおこなっていた。
路銀が1年ももつはずもなく、彼らは旅先で補給しつつ、白神樹の騎士として労働をすることで路銀をまかなっていた。旅先ではもっぱらモンスター退治あたりを期待されるのだとか。
今回もそうしたこの街の人間が手を焼いているトラブルへの対応を拾ってきたのだろう。
「どうりで1年もかかるわけだ。非効率にすぎる」
「英雄の器の捜索は、公でなければならない。足取りが鈍くなろうとも、白神樹の騎士団が捜索をしているという情報が広まればよい。騎士に協力すればたいていは褒賞が得られると皆が期待する。だから、旅先での捜索がはかどるのだ。そして、白神樹の騎士は模範でなければならない。人助けを喜んでする良い騎士であると、遠征先で伝えひろめることも、我々に課せられた仕事なのだよ」
「騎士というのも大変だな。そんなしっかり働かなくてもいいんじゃないのか。白教ってのはもともと強行で傲慢なことが売りなんだろう」
ウィンダールのデカい身体の後方に控える騎士たちが「ぁ」と声をもらした。
「アルバス殿、私は貴公の言いぐさに目くじらを立てることはない。貴公のことも、この1か月ともに旅をしてきて、わかってきているつもりだ」
巨漢騎士は「だが」と、アクセントをおいて付け足す。
「白神樹を愚弄する発言はするべきではない。白神樹の祝福によって星巡りの地に生きるすべての生命と種族が繁栄を謳歌できているのは事実である」
「あんまりそうは感じないけどな」
「当たり前にあるものに人はありがたみを感じないものだ。星巡りの地は、今は安定しているといえる。この平和こそ白神樹の奇跡、そうは考えられないか」
「考えられないな。都合がよすぎる。奇跡って言葉でなんでも片付けやがって」
俺は訳あって白教とか白神樹とかにあんまり好意的な感情をもっていない。
「はぁ、まあよい。貴公に教えを説くのはとっくに諦めている。ただ忘れてはいけない。なんびとも白神樹のもたらした祝福とは無関係ではない。いまは口うるさくは言わないが、白神樹や白教を軽んじる発言は聖職者のまえで必ずトラブルを招くぞ」
この1か月たびたび受けている。白教の騎士によるありがたい説教だ。
「それで貴公、ついてきてくれるのだろう?」
ウィンダールが腕を組み待機しはじめたので、俺はため息をついて、アルウへ向き直った。
このアルバス・アーキントンは、前世で死ぬほど働いた分、楽をして生きることを第二の人生の命題としている。労働をすること、ましてや他者に強要されるのは、我が人生哲学に反するが……どうせ仕事をしないと先へは進めないのだろう。シルクがなければ旅も続けられない。
「アルウ、仕事にいってくる。騎士どもといっしょにお留守番をしているんだ」
「やだ。私もいきたい」
アルウは鼻を鳴らして意気込んだ。相棒の馬ミルクパンの積荷に差してある剣をひっこぬくと、俺のまえへ走って戻ってきて、鞘から刃を抜いてみせた。
「むん!」
白刃は太陽のひかりを受けてキラリと輝き……重みのままにアルウの身体をひっぱって、地面に切っ先を突き立てる。俺はつんのめるアルウを支えた。振りかぶるだけでこの始末だ。
「……」
「アルウ、いいな、お留守番だ」
「……わかった」
アルウは不服そうにつぶやき、剣を鞘に納めると、トボトボと戻っていった。
「ウィンダール、もうひとまわり小さい剣はないのか? あれはうちの子には大きすぎる」
「あれはリドルの剣だ。彼女は騎士隊でもっとも体のちいさい騎士であるな」
デカい身体の背後、芋くさい少女がポニーテールを揺らしてぺこりと頭をさげてくる。騎士リドル。ウィンダール隊で唯一の女騎士。気弱で、雑用係をよくこなしている。皆に好かれているようだ。見た目通りのお人好し。ドジ。ヘラヘラしてる。前世の俺を見ているようで腹が立つ。
「あはは、ど、どうも……」
「なにを見ているんだ。俺の顔が面白いのか?」
「い、いや、まさかそんなことは……‼」
「決めた、お前は挽肉にしてまき散らす」
キリッと睨みつけてやると芋女は恐怖に染まり、顔から血の気がひいた。
「ひええ……っ、気に障ったのなら申し訳あっ、ありっ、ありませ、ど、どどど、どうかご慈悲を、アーキントン様……‼」
「貴公、無闇に騎士を怖がらせるのはやめてくれ」
「……ふん。んで、このクソちびアホ面の剣ですらデカいならどうすればいい」
「あれ以上ちいさいとなると短剣しかなくなる」
つまり、アルウが振れる剣はない、というわけだ。
肩をすくめるウィンダール。俺は口をへの字に曲げる。
アルウを見やる。ほっそりとしている。華奢だ。儚い。
あの子が剣を握り、ふりまわし、戦っている姿を想像してみよう。
剣をぶつけあわせた瞬間、衝撃に耐えられず武器を弾き飛ばされ、手が痺れて涙目になっている間にずしゃりと無慈悲に斬り捨てられる────あぁダメだ、まったく良い未来が見えない。
「なあウィンダール、アルウは英雄の器じゃなかったのか。あれでは戦いで活躍するなんてとても無理だろう。すぐ死にそうだ。俺も経験豊富ってわけじゃないが、それくらいはわかる」
アルウはちいさい。背は低いし、厚さもないし、身体はすごく軽い。
出会ったときに比べれば、そりゃあ健康状態はよくなった。すっかりよくなったさ。
健康状態がよくなって、肉付きがよくなって、血色がよくなって、それでアレなのだ。
だからこそわかる。彼女の華奢さは元々そういうものなのだと。
人間の体格なんてそれぞれだ。人体は遺伝子に刻まれた設計にそって形成されていくと聞いたことがある。成長に大事なのはこの遺伝子の設計図だ。背が高くなる、背が低くなる、太りやすい、痩せやすい、そうした要因は生まれた時点で決まっている。
後天的な要因は環境だ。成長期にたくさん寝たら背が伸びるとか、牛乳飲んだら背が伸びるとか、俺が子供の頃はよく言われていた。そこに科学的な根拠があったのかはさておき。
アルウは、見たところ彼女は十代前半くらいの見た目をしている。成長期の真っ只中だ。そんな時期に奴隷として劣悪な環境にいた。
栄養学だとか、生物学だとか、そんなことに明るくない俺でも、アルウがおかれていた環境が、彼女の成長に悪影響を及ぼしたであろうことは想像に難くない。
「アルウは戦えない。俺にはそう思える。あの子を戦わせるのは危険だ」
ウィンダールは顎をしごき、アルウを見つめ、目を細める。
「……。英雄の器であることは間違いないさ、貴公。世の中には光に目覚めるという現象がある。光に目覚めたものは、ほっそりした体格でも驚くほどの怪力をだすものだ」
蒼い瞳がこちらを見てくる。
「貴公や『桜ト血の騎士隊』は、まさしく光に目覚めた熟達の戦士といえるだろう」
「魔力に目覚めるだろ。なんだよ光に目覚めるって」
「そういう言い方もあるという話だ。とにかくこの光の目覚めは、熟練の戦士が戦いと鍛錬のなかで身に着けるものだが……時に先天的に祝福をあたえられているやつがいる。白神樹の騎士団にはけっこういるし、白教の学院では、光を操れることで厄介者になってしまった子供たちを保護していたりもする。英雄や天才はこういう特殊なところから生まれてくるものだ」
先天的な才能か。アルウにそれがあるとは思えないが。
「もし体格に見合わない怪力を使いこなせるなら、華奢に見えても山のようにおおきな巨漢を投げ飛ばすこともできるかもしれないな」
「そうだろう。だから、きっとアルウ殿はそのタイプなのだろう」
「だが、先天性なら現時点で剣を振りまわしてもらわないと困る。よってその説はすでに打ち砕かれる。もっとまともな可能性を示唆してくれよ、脳みそまで筋肉なのか」
ウィンダールは口をへの字に曲げた。ちょび髭もしなびている気がする。
「遺憾ながら貴公の言う通りだ。はぁ、困りものだな」
「それで片付けてもらっちゃ困るんだ。あんたがアルウに希望を持たせた。アルウに背負わせて、アルウをひっぱりだしたんだ。……クソ、これどうするんだよ」
俺とウィンダールはともに押し黙ってしまった。
うちの子は英雄の器だというが……今のところは、あんまり向いてないと言わざるを得ない。
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