死ねば分かるさ
ジャックリーンあまの
第1話 逆再生
百って漢字があるでしょ、後ろに〇〇って続いて一って漢字のあとに〇にしかずってあったら答えは決まってる。
だけど、あの世があるとか、死んだら無になるとか、前世とか、天国とか、百聞どころか千も万も存在する言い伝えを聞いた事があったけど、全部がはずれだった。
一見した私の体験を書き記してみようと思う。
生き返ったのかって?
今はある人を借りてつながっている。みんながそうしているように。
今の私を生き返ったというのが正しいのかどうかは分からないけど、私は一昨日確実に死んだ。
息を引き取る直前に人生が走馬灯になって見えるって科学か医学で証明されているでしょ。そもそも走馬灯って何よって話だけど、検索すれば出て来るから各自見て確認してみて。
その走馬灯に、生まれてからのあらすじが100倍速で再生されて、ああいい人生だった思って息を引き取る。韓国の芸能人が自殺した時に翔太が、そんで最後の瞬間にパーって幸せ物質が脳に広がって自然に笑顔になるらしいぜ。なんて言ってたからそんなイメージを持っていたけど全然違った。
どんな感じかって?
そうね、ラストはシャボン玉がフッと消えて大気と混じっちゃうみたいな、でもね、ずっと宿っていたモヤモヤがパッと晴れるんだよ。
私はその瞬間が突然おとずれたんだよ。
来年は受験かなんて考えながら自転車で家に帰る途中で左折するトレーラーに巻き込まれたんだからさ。
意識、あったよ。ひざって本当にお皿なんだって白い骨が見えたし、めくれたスカートを直そうとしたけど手首から先が無くなっていて焦ったし。
死んじゃうのかなとか、助けて欲しいとかは頭になかったね。
その代わり、ずっと謎だったママがいつも私を殴っていた理由がフッと解けたんだ。シャボン玉が消えるようにね。
私は、信号待ちしていた交差点で青になったから直進しようと自転車をこぎ出した時、左折するトレーラーに巻き込まれてしまった。血が流れ出る感覚や痛みを感じなかったのはそういう神経系の器官も潰れてしまっていたんだと思う。横向きになったままジワジワ広がるとにかくすごい量のどす黒い流れを見ていたんだよ。その先にサンダルの足だけ見えて、のぞき込んだ男と目が合って、それから何人かと目が合って、タイヤの黒い所にも目が映ったんだ。
そいつは小さくてふやけたカップ麺をフォークで食べようとしてこぼしてしまって、ビンタが飛んできて床に転がったんだ。だから私と目が合ったんだ。
右の目が切れて血が流れていた。その時轢かれてから初めての痛いって感覚が。
保育園に通っていた私だった。
きっとパパが帰って来ない日だ。パパが居る日はママがおいしい料理を作ってくれて私もビンタから免れた。
あの日、爪で傷つけられた右目は視力を失った。左折するトレーラーに気が付くのが遅かったから巻き込まれちゃったんだなってぼんやり思っていたら、同じタイヤに大人になった私が映った。
いや、違う、若い時のママだ。裸で何してるんだ。あっ。
寄り添う男はパパじゃなかった。
フッと謎が解けた。
本当のパパはこの人なんだって。それがママの暴力の答えだ。
その時目が覚めた。
そこはトレーラーの下じゃなかった。病院でも葬儀場でも、もちろん墓場でもない。
目覚めるという言い方は違うのかもしれない。そうね、生きていた頃の表現なら他人の夢に入り込んだって言い方が正解なのかもしれない。出来事を知っていた。
夢、いや、脳に引っ越したって言った方が正解かも。
知らない天井の部屋だった。目を擦った手に太い血管が浮いていた。
フラフラと移動して、鏡に写ったおじいさん。それが私。
翔太と違って世界遺産の壁みたいな顔だった。
75歳の実さんは女子中学生が交通事故に遭う嫌な夢を見て目が覚めた。
本人はそう思っていただろう。
私もパパが返って来ない日は玄関の冷たい床に寝かされて、野犬に追われたり、崖から落ちたり、嫌な夢で目が覚めた時が何度かある。あれって、こういうことか。
寝起きに何かを思いついたり、頭が冴えていたり逆に重かったりするのも、寝ている時にさっきまでどこかで生きていた人が脳をレンタルしているのが原因だったんだ。
薬を飲んでも治らないはずだ。
私は運がよくて人間の脳に住めたけど、戦争や災害のように多くが犠牲になった時は、鳥や魚に宿る場合もあるんだってさ。
私の主の実さんは昼でも食後でもバスに乗ってもすぐに寝る。だから私の時間は意外に何度も少し長くやってきた。
老人の脳は永年使用で劣化はしているけど記憶や知識は年齢分だけ蓄積されていた。起きている時に思い出せなかった事だって寝ている時は私がフル稼働させられる。
夢って奇想天外で空を自由に飛んだり深海を泳いだり不死身だったりするじゃない、
それが夢だって思っていたけど、億千万年単位で受け継がれている記憶が目覚めただけなんだよ。
全部が体験した事だったんだ。私たちは空を飛べた時もあるし、海でも暮らしていた。不死身なのは今の私が証明している。そういう意味では誰もが不死身だよね。身はないけどね。
私が驚いたのはそんな事じゃないの。
生きてる時って何も知らなかったんだなって、逆かな、何も知らないから生きていられたのかも。
あっ、まずい、実さんが起きそうだ。
そんなに肩をゆすらないでよ。ウトウトが気持ちいいんじゃない。
クリーニング屋のおばさんって本当におせっかい。
じゃあ続きはまた。
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