ビー玉
綴ブチ斜劇
いつもの公園
「りょうすけって、絶対なっちゃんのこと好きだよね?」
「は? 別に好きじゃねーから」
りょうすけの手に持ったラムネ瓶の中で、ビー玉がカランと鳴る。私とおそろいで買ったラムネだ。
中学最後の夏休み、近所の神社であった縁日の帰りに、私たちはいつもの公園に寄り道をしていた。いつもみたいに、りょうすけは二つ並んだ鉄棒の高い方に腰掛ける。私は低い方により掛かる。昼間は火傷しそうなほど熱くなる鉄棒も、夜になってすっかり冷え、肌に心地いい。
「へえ? なっちゃんはりょうすけのこと好きかも、って言ってたけどね」
「え? うそ? まじで? いつ?」
「……ふはっ、わかりやすっ」
「あ? ……おまっ、ふざけんな! カマかけやがったな?」
「いや? ほんとだよ」
「ほんとかあ? うそだったら?」
「うそだったら、わたしの好きな人教えたげる」
「言ったな?」
りょうすけは、ラムネ瓶を持ったまま、器用に後ろに一回転して鉄棒を降りる。それから、私を指差して言う。
「じゃあ、お前の好きな人教えろ」
「だからほんとだってえ! それよりー、なっちゃんのことー、好きってことでいいんだよね?」
「さあな」
「ちゃんと言わないと教えてあげないよー? りょうすけのどこが好きとかー、いつから好きになったかーとか」
「お前ほんといい性格してるよな」
「でしょ? どうしてこんな性格いいんだろ。ちなみに、白状すれば、手伝ってあげないこともないよ?」
「な……」
何か言いかけて口をつぐんだりょうすけは、顎に手を当ててしばらく考えこむ。そのまま私に背を向けて砂場の方へ歩き出すと、そのさらさらとした砂にラムネ瓶を投げ込んだ。
「……しっ」
りょうすけは、脇に落ちていたこぶし大の石を手に取ると、大きく振り上げ、ラムネ瓶に打ちつける。
「おれは、なつみが、好きだ」
三回目で、パキッと乾いた音がした。瓶が割れたんだ。
りょうすけの「好きだ」という言葉が耳に残る。私の手に持っているラムネ瓶の中で、ビー玉がカランと鳴った。
「とれた」
りょうすけは私の方に近づいて来て、満面の笑みで右手を突き出した。その指には、月明かりにちらちらと照らされるビー玉があった。
「……やっと、白状したか」
「してやったぜ。文句ねえよな?」
「いや、なんでびん割ったのよ」
「んーなんとなく。それで、手伝ってくれんだよな? 言ったから」
りょうすけはまっすぐに私の目を見て言う。
「いいよ。何してほしい? それとなーくなっちゃんに––––」
「どうやって告ろう」
「え?」
「どうやって告白したらいいと思う?」
「……急だね」
りょうすけは頭をかきながら、ぐるぐるとその場をまわり始める。
「だって、早くしないともう受験だろ? ほとんど遊べないし……もし……もし、このままずるずるいったら高校別々で会えないかもしれんし」
「……そうだね」
「そうだ! 花火大会! 花火大会とかどうよ?」
「花火……」
花火か。隣町の花火大会。毎年、夏休みの終盤にある大きな祭りだ。小学校までは、りょうすけと家族同士で毎年一緒に行ってたっけ。花火の色やかたちよりも、屋台通りを鼻を利かせて並び歩いた記憶の方が、鮮明に思い出せる。
「いいね、花火」
「だろ? そこしかねえよなあ……でもどう告れば……どうすりゃいいと思う?」
「聞いてあげようか? なっちゃんに。『どうやって告白されたいですか』って」
「やめろバカ! ネタバレ禁止! ……そうだなー、お前だったらどう?」
「わたし?」
「うん、どうやって告られたい?」
そうやって見つめないでほしい。
わたしだったら、か。目を閉じてその時を思い浮かべる。そうだね、わたしだったら––––
「わたしだったら、一番おっきな花火があがった時、花火に負けないくらいおっきな声で『好きです!』って叫んでほしい」
「うわなにそれ恥っず」
「あんたが聞いたんでしょ?」
「普通さ、花火の音に隠れてこっそり言うのがロマン––––」
「大勝負くらい、シャキッと決めてこんかい!」
わたしは、りょうすけの背中をコツンとラムネ瓶ではたく。
「いてっ……まあ、そうだな! それくらいビシッと決めてやんぜ!」
りょうすけは両手の拳をつき合わせて、気合を入れた。
「じゃあさ、なつみのこと誘ってくれん?」
「え? わたしが?」
「だってお前仲良いでしょ?」
「なんでふたりのデートをわたしが誘わなくちゃいかんのよ!」
「え? お前来ないの?」
「はあ? 行くわけないでしょ! バカ?」
勘弁してよ。どうせ二人して照れて、私とばっか喋るに決まってる。そんな幸せな照れ笑い、見てられない。
「めっちゃ怒るじゃん」
「怒ってない」
「いやだって、急にふたりで花火行こうとか……もう告白してるようなもんだろ!」
「上等でしょ?」
「むりむりむり! 頼む! なんとか!」
「はあ? もう、なさけないんだから」
手を合わせるりょうすけは、とてもビシッと決めてやると言った人間には見えない。
……でも、こうやってお願いされるのも、これが最後なのかも。
「……じゃあ、わたしと弟とりょうすけで花火大会行くってことにして、なっちゃんも誘う。それで当日、わたしが風邪ひいたって嘘ついて、りょうすけとなっちゃんのふたりきりに持ち込む。これでいい? わたしはぜったい行かないからね?」
「まあ、それなら……弟? りんたろう? なんで?」
「だって……わたしとりょうすけだけで、その、花火大会行く約束って変でしょ?」
「そうか?」
「……あっそ」
このバカと仲良くするのも、これで最後。
〈づづく〉
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