灰色の紫陽花
鈴音
ep1 夢と現実
艶のある黒い服、白い花、涙する親戚たち。
部屋の真ん中に置かれた白い木材でできた箱のなかには、昨日まで私の頭を撫でてくれたおばあちゃん。
「きれいねぇ」
泣きはらして鼻の詰まった声で母が呟く。
そのとおりだった。
遺体というのはもっと青白く、怖いものだと思っていた。
だが今、目の前に横たわるおばあちゃんの遺体は、頬は淡いピンク色で、今にも目を覚ますんじゃないかと思わせるほど生き生きとしていた。
だからなのかもしれない。
私はその日、”さようなら”は言わなかった。
いや、言えなかった。
”制服は脱いだらすぐハンガーに掛けるのよ”
帰宅した私は、いつものおばあちゃんの言葉を思い出した。
いつもなら”後でするってば”そう言い放ち、ソファの上に脱ぎ捨てていた。
気が付いたらおばあちゃんが掛けていてくれるとわかっていたからだ。
なんだか申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
いつもいつも自分の事ばかりで、おばあちゃんの事を気に掛けたことがあっただろうか?
私は、おばあちゃんにとっていい孫だった?
涙で脱いだ制服が滲んでいく。
制服からは、かすかにおばあちゃんの温かい匂いがした。
その匂いが消えてなくなる前に、制服を抱きしめて眠りについた。
「もんちゃん、もんちゃん」
おばあちゃんは私のことをそう呼んでいた。
物心ついた頃から、おばあちゃんだけは私の事を、”もみじ”ではなく”もんちゃん”と呼んだ。
「もんちゃん、起きて」
ほら、こんなふうに。
優しい声で、なんだか甘えたくなるような。
「もんちゃん、」
ふと、その声が夢なのか現実なのか、わからなくなった。
涙で腫れぼったい目をゆっくりと開ける。
眠りにつく前まで夕日で赤く染まっていた私の部屋は、真っ暗な闇に覆われ、窓からは月と外の建物からの光だけが差し込んでいた。
時間の経過を視覚的に感じた私は、むくり、と起き上がる。
お風呂に入らなきゃ、明日も学校だし。
ゆっくりと足を床に下ろす。
「え?」
私の下ろした足のその先に、もうひとつの裸足の足が見えた。
全身を寒気が襲い、体が硬直する。
その足は月夜に照らされて白くなった私の足よりも白く、少しだけ透けていた。
透けた足の向こうには、いつかおばあちゃんと選んだお気に入りのカーペットの黄色い花柄模様が見えた。
私の体が”恐怖”その言葉に支配された。
どれくらい時が経っただろう。
動けなくなってから、あることに気付くまで永遠に感じた。
その透けた足の爪には、見覚えのある水玉模様が施してあった。
そう、入院する前のおばあちゃんの足に私が塗ったものだ。
「もんちゃん、制服は脱いだらちゃんと掛けないと」
どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。
見覚えのある足、声。
顔をあげた私には、さっきまでの”恐怖”はもう消えていた。
「おばあちゃん、、」
その言葉に、大好きな人が笑う。
おばあちゃんはお気に入りの紫陽花のワンピースを着ていた。
いつもは紺色のそのワンピースは、窓から差し込む月夜に照らされて、灰色に見えた。
夢だと、思っていた。
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