12.大都会

デカい荷物を持って電車を乗り継ぎ、俺たちは名古屋へと向かった。


今回のツアーは名古屋でライブした翌日大阪、その2日後に東京でツアーのラストを飾る段取りになっていた。


数時間電車に揺られていると天を突くほどの大きな建造物の群れが見えてきた。


「でけぇ…」とテツがぼんやりと言うと、俺たちは「バカ、田舎者みてえだろ!」と言ったが、そもそもみたいじゃなく、俺たちはまごう事ない田舎者なのだ。


その建造物の群れはまるで1つの生命体のように見えた。その大きな生き物の中に電車は入っていく。






電車を降りると俺たちは面食らった。


こんなに大勢の人間がまるで大きな波のように蠢いているのをみたのは初めてだったからだ。その波もまた1つの生き物のように見えた。


こんなとこでは生きていけんな…と俺は思った。


「おい、何ぼーっとしてんだよ」


とヨシの声が聞こえる。見ると3人は既に改札へと進んでいた。俺たちは波に乗り切れず、担いだ楽器をガンガンと人に当てながらなんとか前に進んだ。




地下鉄を乗り継ぎ、なんとかライブハウスの最寄駅に着き、地上に出た時、思わずため息が出た。何もかもがデカかったからだ。


しかし、俺たちはのんびりとあたりを見渡す余裕はなかった。


というのも、ライブは夜からなのだが、リハーサル自体は昼過ぎから始まることが多く、もう俺たちのリハーサルの時間が迫っていたからだ。


普通、リハーサルは出演順とは逆の順に行う。俺たちの出番は1番最後だったので、その分リハーサルの時間は早いのだ。




「腹減った」


とテツが言った。


「昼はリハ終わってからだな」とリョウ


「エビフリャー食べに行こうぜ」とヨシが目をキラキラしながら言う。


そんな3人を尻目に俺は拳を固く握りしめた。


ここからだ。このツアーから俺たちの戦いが始まる。俺は絶対にこのライブを成功させる。






ライブハウスは裏通りの汚い雑居ビルの6階にあった。


スタッフに挨拶を済ませると早速リハにうつった。


それぞれの音出しが終わり、次はモニターの調整だ。


「じゃあ、曲で合わせる?」


とPA卓からスタッフが声をかけてきた。


はい、お願いします。とリョウが答える。


「それじゃ、1曲目のサビまでやります」


曲が始まる。練習通りだ。かなりタイトに仕上がっている。アンプのお陰か、心なしかいつもよりも音がよく聞こえる。


ボーカルのピッチは一瞬たりとも狂いなく、完璧と言ってもよかった。しかし、その声は魂が抜けてしまったように無機質な響きがあった。違うだろ、それじゃ、そんなんじゃねえだろ…と俺は歯を食いしばった。




「…おい、グッチー」


リョウに呼ばれていることに気がつかなかった。


「なんだ?」


「モニターはどうよ?合わせときたい曲ある?」


「いや、大丈夫だ」嘘だ。


全く大丈夫じゃない、俺の中で不安の種が発芽して、心に根を張り出していた。






ライブは結果から言うと大成功だった。


雑誌の影響もあっただろう、フロアは満員で俺たちの演奏はこれまでにないほど完璧だった。しかし、何かが欠けていた。


言葉にできないイライラが俺の中でどんどん大きくなっていくのがわかる。




ライブ後、テツが、今日は俺たち4人だけで打ち上げをしようと言った。


それに皆賛成した。テツも何かを感じ取っているのだろう。


近くのファミレスに俺たち4人は雪崩れ込んだ。




「なぁ、なんか、俺らちょっと最近おかしないか?」


テツが席に着くなりそう言った。


「今日の演奏もなんやあれ、俺たちは演奏会しにきたんちゃう、ライブしにきたんやろ?今日のどこに魂があった?」


いつも穏やかなテツがここまで声を荒げるのは珍しかった。


皆黙った。皆同じことを考えていたからだ。しかし、そうなった理由はわかり切っている。


「リョウ、お前、不満あるなら言えよ、正直、最近のお前見てると腹立つんだよ」


俺は押さえきれなかった。なんだよ、お前、どうしたんだよ?


リョウはふっとため息をついた。


「お前らさ、この先どうなりたい?」


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