VRMMOの裏側で働く社員とは管理し管理される者だ

白雲八鈴

『ヤマダ』の日常

 フルダイブ形式のオンラインゲーム。VRMMORPGが人気を博して早40年。その裏側では思いもよらぬ日常が進んでいた。


 フルダイブ形式のオンラインゲーム。その本体の形式は今や多種多様な種類が存在していた。家庭で簡単にできるゴーグルから脳の電気信号を操作してゲーム内に実際にいる感覚を味わえるもの、専用の施設で大型装置の中に入って長時間楽しめるものなど、多様性が出てきのだ。


 さて、俺はそのVRMMORPGを楽しむための大型施設の社員になって6年が過ぎた。中堅社員と言っていいだろう。社員といっても、ゲームを楽しむ為にこの施設を利用しているお客様が使用しているカプセルが問題なく稼働しているかどうか確認しているだけだ。


 なぜ、その様な施設が必要となったのか。それはもちろん人間というものは、睡眠、食事、排泄というものが必要不可欠な生き物だからだ。だから、家庭用の接続機では2時間ごとに強制的にログアウトさせられてしまうのだ。ゲームをしながら失禁だなんて恥ずかしすぎるだろ?


 だが、大型施設のカプセルに入るとその様なことを気にせずにゲームに没頭できるのだ。ゲーム専用の水着のようなモノを着なければならないが、排泄用の管と栄養点滴の管が装着可能なもののため、お客様が望むだけ、24時間365日ゲームを楽しめる仕様だ。

 この施設ができた事により、ゲーム内で生活をする人々が爆発的に増えた。それはそうだろう。現実よりもゲームで生活する方が断然ましというものだ。


 空はうす汚い雲に覆われ、最低限の生活の保証はされているものの、労働階級というものは奴隷のように働かされ、一部の上級階級だけが、甘い蜜をすすれるようなこの世界はなんて····いや、このようなことを口にしようものなら俺は····


 まぁ、あれだ。ゲームの世界の方が断然いいという話だ。



 この施設で働くまではそう思っていた。



「ヤマダ。今日は28910番だ」


「わかりました」


 今からの予定を直属の上司から呼び出され指示を受け、了承する。

 ヤマダというのは俺の呼び名だ。というか、仮の名だ。この施設に働くときに、IDではなく号が振られ『ヤマダ』という号が俺を示す呼び名となった。


 俺は、先程上司から言われた28910というカプセルに急いで行く。そこには3人の同僚が既にいる状態だった。


「お!ヤマダ。来たか」

「28910番は今日で366日目だ」

「28910番はマルチでいくそうだ」


 マルチか。今日の午前中はこの作業にかかりきりになりそうだ。


 この施設は24時間365日フル稼働を謳い文句にしている。そう、365日。お客様が自らログアウトせずに365日を超えると強制的に退去させられる。これは使用契約書に書かれているので、違法ではない。


「停止をするぞ」


 同僚の一人がカプセルの外側につけられている接続コードを持って言う。その接続コードを勢いよく引っこぬいた。すると、今までしていた機械音が『シュゥゥゥ』という音を出しながら止まっていく。


 緊急停止だ。


 カプセル自身に電源ボタンをつければいい話なのだが、一度興味を持った案内中のお客様が、他のお客様が使用中のカプセルの電源ボタンを押してしまうという事件が起きてしまったために、コードのみカプセルに接続する仕様になったらしい。

 そして、脳に干渉しながら緊急停止をしたとなると使用しているお客様がどういう状況におちいるかといえば


 【ログアウト】ができない。


 という状況になる。精神と肉体の分離だ。使用者は何もわからずにゲームの世界に居続け、ある時にふと気がつくのだ『ログアウトができない』と。


「臓器はご予約どおりにY様に提供することになる」


 同僚の一人が空中に浮遊している半透明のパネルを見ながら、今回の仕事の内容のチェックをしてる。マルチ対応ということなので、内蔵、皮膚など利用できるものは上級階級の方々に使用されるのだ。


「頭部は『アマタ』行きだ」

「アマタ?最近何かとそっちに送っていないか?」

「初期ロットが駄目になってきているらしい」 


 『アマタ数多』それは過去の時代にスーパーコンピュータと言われたものの後を引き継いだ演算機器だ。いくら電子機器を使用しようが、所詮人の脳には勝てなかったということだ。人の脳を繋げ演算させる。それが結局のところ一番ヒトにとっては理想的だったようだ。

 しかし、人の脳も年月が経つごとに劣化していく、だから定期的に交換が必要となってくるのだ。


「さて、仕事を始めるぞ」


 同僚の掛け声と共に、各自パネルを見ながら作業をしていくのだった。






 数時間後。


「後は自分がやっておく」


 俺は後始末をかって出た。後始末といっても、カプセルの中を清掃して、接続コードを差すだけの作業だ。別にこの作業が好きなわけではない。ただ、この後に入った仕事が嫌だっただけだ。


 黙々とカプセルの中を拭き上げていく。


「あらあら、それぐらい作業ロボに任せればいいじゃない?」


 別の同僚が見回りに来たようだ。確かに作業ロボの方が効率がいいだろう。そんなことを言えば、俺たちの仕事も人工知能を持ったロボットがやれる仕事だ。


「確かに俺より綺麗にしてくれるだろうな」


「そういうことじゃないのだけど。ただでさえ汚れ仕事なのにと思っただけよ」


 俺たちがやっている事は所詮人殺しだ。利用者の契約書には事細かに書いてあり、契約書通り俺たちが動いていたとしても、人の命を奪っていることに間違いはないのだから。


「俺も若い頃はウキウキして、この施設を利用したから」


「ふふふ。この裏側を知らないからこそ、この施設を使えるものね。知ってしまえば、この棺桶のカプセルには足を入れたくはないわ」


 棺桶。正にこのカプセルは棺桶だろう。ただし一年間ログアウトせずに利用した者はと条件は付くが。


「そう言えば、上の待合室にD様が来ていらしていたのだけど、今日はどうされたのかしら?ヤマダさんはご存知?」


「今日はお子様のお誕生の日だから、いらしたのでしょう」


 同僚の女性は表情を一瞬曇らせたが、直ぐに元の表情に戻った。


「それは、喜ばしいことですわね。何番たったかしら?」


「24832番」


「この区画じゃない?ヤマダさんは行かなくていいのかしら?」


「だから、自分は後始末をしているんだ」


「ああ、そうね。もう少し丁寧に磨いた方がいいわ。私も仕事に戻らないとね」


 同僚の女性はそう言って、この場を立ち去っていった。俺は言われたとおり、カプセルを丁寧に磨いておく。


 この後に入った仕事に立ち会わないように。


 この施設には老若男女の様々な年齢のお客様が利用している。中には若い女性のお客様もいるのだ。今の時代、上級階級の方々は自分たちの子供を体外受精で、かつ代理母出産制度を用いている。


 その母体とは、この施設の利用者だ。これも使用契約書に書かれているが、小さな字で事細かに書かれた契約書を全部読む人はどれぐらいいることだろうか。


 この2つ先のカプセルも体外受精された利用者がいる。彼女たちはきっとリアルがどの様になっているか気にもしないで、ゲームの世界を楽しんでいることだろう。


 少し、その利用者の状態を確認しておこうか。別に俺なんかが確認せずとも、ここのシステムが管理しているので必要なんてないのだが。


 カプセルを次の利用者が使用できるように接続プラグを差しておく。ここも直ぐに埋まってしまうことだろう。


 掃除道具は運搬用のロボに任せておけば、自動で収納場所まで行き、洗浄して収納してくれる。

 俺は運搬用ロボとは逆の方向に足進め、2つ先のカプセルまで行く。

 青味がかった透明なカプセルの中には、痩せ細り腹が異様に膨れた女性の姿があった。痩せることはしかたがない。動きもせずに眠っている状態なら、筋肉が衰え腕と足は骨と皮だけになるだろう。栄養も生きるのに必要な栄養しか与えられていないのだから、脂肪も付くことはない。


 だから、頭と腹の大きさが目立つ人がカプセルの中に入っている。彼女もほぼ一年ゲームの世界に入り浸っているのだ。


 ん?大きなお腹が波打つようにうねっている。


「『アイオーン』28913番の様子がおかしいどうなっている」


 『アイオーン』は管理システムの名だ。システムの管理状況を俺は確認する。28913番はF様のお子様だったはずだ。


【母体の興奮状態に影響を受けているようです。直ぐに鎮静化します】


 女性の声が脳内に響く。

 時々だがシステムはこういうバグを出す。システムに人間らしさを求めた結果らしいが、内心俺はここに働く社員を試しているようにしか感じない。今回も俺が指摘しなければ恐らくそのまま放置され、大切なお子様の命が失われる結果になっていただろう。

 そして、この近くで作業していた俺に責が問われるのだ。


 『こんなに近くにいて気が付かなかったのか』と。恐ろしい話だ。


 きっと仕事をしているようで、仕事をサボっていたことがシステムにはバレていたのだろう。

 相変わらずシステムの目は厳しい。大人しく次の業務先である24832番のカプセルまで移動する。


 移動は反重力場を利用した円盤状の乗り物に乗って番号を半透明のモニターに入力すれば、目的のカプセルまで移動できるのだ。こんな馬鹿広い施設を歩いてなんて移動出来ない。細かい確認作業以外は歩いてなんて移動しない。そして、俺は400層ほど下に降りて行く。



 うーん?近づくほど騒がし声が聞こえてきた。やはり、問題になっていたか。


「だから、精神防御をしておけといっただろ!」

「こいつ、もう駄目だぞ」

「ああ、確か立ち会い初めてだって言ってなかったか?」


 上から様子を見るに、5人の社員が一つのカプセルを囲っているが、その内の一人が頭部を破裂させて倒れている。だから、お子様の誕生に立ち会うのは嫌なのだ。


 社員が集まっているところより少し離れたところに降り立って、近寄って行く。


「ヤマダ。終わったのか。遅かったな」


「ああ、28913番に異常が見られたから対処をしていた」


「お、それは良かった。あそこも後数日でお誕生予定だからな」


 俺のサボりがシステムにバレて引き起こされた異常だったが、皆の説明にはこれでいい。


「今はどの程度だ?」


 作業状況を確認してみる。すると、他の4人が一斉に横に首を振った。カプセルの中を見て、眉をひそめる。


「ヤマダ。頼むよ」


 俺はカプセルの中に向かって手をかざす。ゆるりと穏やかな空気が辺りを満たす。その直ぐ後に4人が手順に沿って、お子様を母体から取り出していった。




「ヤマダ。助かったよ。今回のお子様はお元気なようで、俺たちも困っていたんだ」


 そう言って、一人が御包みに包んだお子様を俺に渡してくる。嫌だが、とても嫌だが。これも仕事だ。お子様を受け取る。


 ギョロリとした目が俺を捉える。俺はその目に手をかざし、目を閉じさせ眠りに誘う。大したことではないが、俺がここに就職できた理由はコレだ。


 いつの頃からか人は、新人類というモノに進化したという。何があったかは歴史では語られていない。突如として人は進化をしたらしい。それからというもの、異能が使える人が現れだした。

 今までの人という生き物は脳の一部しか使用できなかったらしい。今では人の脳の殆どの領域を使えるのだ。だから、人の精神や肉体に干渉できる異能を持ち合わせ、その能力を使いこなす者たちが存在している。

 俺も人に睡眠を干渉できるという異能があるおかげで、ここで働けるわけだ。


 そして、俺がお子様の誕生に立ち会う事が嫌だというのは、この異能の所為だ。特に上級階級の方々の遺伝子を持つお子様は異能力が強い傾向にある。

 しかし、お子様は力の制御というものができない。だから、異能の直撃を受ければ俺の足元で頭が吹き飛んでいるヤツのようになってしまうのだ。


 そうならないために、俺たちは皆白い仮面をつけている。それが俺たちの精神を脳を守る役目があるのだが、作業中は邪魔になってしまうので、新人は外しがちなのだ。こいつもこれぐらいは良いだろうと、精神防御の仮面をずらしていたのだろう。だから、足元に転がっている奴は頭を破裂させられたのだ。


 だが、精神防御をつけていたからと言って、何も不調がないわけじゃない。現に彼らは作業の手を止めて、手が出せないほどだったのだ。今回は頭がねじ切れる程の痛みがあった。前回は笑いが止まらなくなった。あれは本当に困った。

 毎回、俺たちは何に試されているのかと思ってしまう。だから、嫌なのだ。


「ヤマダ。そのままお子様を上にお連れしてくれ」


「俺が?」


「目を覚まされると、俺達じゃちょっときついからな」


 毎回俺が連れて行っているような気がする。ため息を吐き、先程乗ってきた円盤に乗って最上階まで急いで上っていく。


 毎回、この役目を押し付けられるのはきっと俺が眠りの異能が使えるからだろう。本当に大したことのない力なのにだ。

 だが、俺がここに就職でき、『ヤマダ』という号を与えられたのは、この異能があってこそだ。ここで頑張りが認められれば、名も与えられると聞くが、そんなモノがあたえられるのは、本当にほんの一握りの者達だけだというのは理解している。


「お連れしました」


 最上階の入り口の扉の前で円盤を降りて、声を上げる。その声に反応してシステムが扉を開けた。その先には白い仮面をつけ、スーツを着た男が立っている。


「館長。お連れしました」


 ここの施設の責任者の館長だ。館長は『オオカド サトル』と号と名を与えられた凄い人だ。いや、人として認められたヒトだ。誰からとは俺の口からは言えないが。


「そのまま、お連れしろ」


 え゛?またか。俺、お偉いさんすっごく苦手なんだが·····。

 館長。俺に嫌なこと押し付けていないですかね。と喉元まで言葉が出たが、なんとか飲み込んだ。


 御包みの包まれ、すやすやと寝ているお子様を抱えたまま進んでいき、一つ扉を開けた先にある、強化ガラスに仕切られた広い部屋に入って行く。

 そのガラスの奥には若い二人の男女がソファに寄り添って座っている。そして、俺には到底買うことも適わない高級なスーツに身を包んだ男性が立ち上がった。


「こちらに顔を見せろ」


 冷たい視線を俺に向けながらそう言われたので、眠っているお子様の顔を見せる。すると、一瞬視線を向けただけで、直ぐに興味をなくしたように、館長の方に声をかける。


「施設に回せ」


 それだけ言って、依頼者であったD様は奥方様と共に控室から出ていった。

 本当にあの俺をモノの様に見る目は何度見られても慣れるものではないな。しかし、D様はまだいい。酷いときは罵声や暴力を振るわれることもあったぐらいだ。


 施設送りか。どうやら彼らはお子様を気に入らなかったらしい。

 D様が言っていた施設という所は、俺のような者には関係がないので、詳しくは知らない。

 響きからはあまりよくない気がするが、好奇心は持つことはない。知ろうとすれば俺のようなものは消されて終わりだ。好奇心は身を亡ぼす。あのD様夫妻の年齢が見た目とは違うとか、内蔵や皮膚などを入れ替えたり、クローンの体に精神を入れ換えたりしているだなんて、口が裂けても言えないことだ。


「ヤマダさん。いつも通りでお願いします」


 館長に言われ、眠っているお子様を揺り籠にいれ、部屋に備えつけられている円盤に乗せる。このあとのことは俺には関わりはない。俺の仕事はここまでだ。




 さて、一息がつけそうなので、俺は遅めの昼食でも食べようか。口からモノを食べることができる幸せを噛みしめながら。


 俺は昼食を取るために円盤に乗って下に降りていく。

 できれば、地下の魚の養殖場の餌にならないように、このまま働いて生きたいものだ。


 いや、きっと何も知らずにVRMMORPGの世界で生きている方が幸せなのかもしれないなぁ。



 さて、現実の一年はゲーム世界ではどれぐらいなのだろうか。1年だろうか。それとも時間加速を使って2年だろうか。


 いや、契約書には1年と書かれている。

 真実はゲームの世界では時間遅延され、1ヶ月だったりするのだ。


 ゲームの裏側というものは実に恐ろしい。



 これが、俺の日常というものだ。




__________________


数多くの作品の中からこの小説を見つけてくださりありがとうございます。

そして、読んでいただきましてありがとうございます。


Science Fictionは初めて書いてみたのですが、いかがだったでしょうか?ドキドキ


いつもファンタジー路線なもので…。


本当に読んでいただきましてありがとうございました。



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