モブな俺が気になっている女の子を助けようと足掻いたら、殺し屋なヤンデレ彼女ができました。~おまけに、世界を裏で牛耳る秘密組織が執拗に絡んできて~

ZONO

第1話 『無敵の人』

 正直に言うと、自分みたいな凡人にこんなにかわいくて健気で、おまけにカッコ強すぎる彼女ができるなんて思いもしなかった。


 これは――のちに俺、織史透真おりふみとうまが友人に照れながら語って聞かせ、ガチで殴られた惚気話である。


 ***


 朝、イヤなことが一つ。


「朝ご飯……」

「――あるわけないでしょ……」


 妹の不機嫌極まりない声と同時に、


『京都市中京区にて繁華街で、無差別殺人が――。犯人は四十二歳、無職で無敵の人――』

 

 薄い壁の向こうから大音量でテレビのニュースが流れてくる。

 自然、朝食がない理由も知れるというもの。 

  

「あー、家賃か」

「その言葉、二度と言わないでよね。柚乃ゆの、お隣さんにカチコミたくなっちゃう」


 皺一つないアイロンがけされたセーラー服姿で、小さな手鏡を一生懸命覗き込みながらスカーフを整えつつ、ヤクザチックな発言をする妹に、兄は寒気を覚える。

 冬だからかな……。

 

「やめてね。この前柚乃ちゃんが前歯折ったせいで、一万跳ね上がったんだからね」

「そんなこと言ってお兄ちゃんも頭突きして――」

「いってきまーす。バイト増やしたんで遅くなりまーす」

「あ、ちょっと!?」


 だって、一発も二発も変わんないかなと思っちゃったんだもん……。

 これが俺と妹、柚乃の二人きり貧乏生活。


「さむ――っ」

 

 上着はおろか、手袋もマフラーもなしにブレザーの制服姿で歩くには寒すぎる冬の朝を、俺は小走りにやり過ごした。

 

 ***


「――いっつも朝早く来ちゃって、キモいんだけど?」

「ほんとそれ、真面目かっての」

舞音まのんが話しかけてんだから、なんか言えって」


 偏差値五十程度の特出するようなことは何もない、市立文両ぶんりょう高校。各学年三クラスずつに別れており、俺はそのうちの1年2組に、自分の所属するクラスの教室に入って――また、イヤなことが一つ。


「うーわ……お前、爪ちっさすぎだろ」

「髪も黒とかウケる、ダサすぎ」

「舞音待って、コイツもしかして……すっぴんじゃん?」


 低脳で下劣な笑い声を上げて、クラス内にて世紀末っぷりのすさみ方を披露しているのはクソギャル三人衆。

 中でも、ご自慢の長い爪をごってごてに彩った縦巻きクソドリル女、七城舞音ななしろまのんの声は、カースト的に見ても一番デカい。

 お陰で入学から今までクラスメイト全員傍観である。もはや見慣れてしまったと言っても過言ではない。

 そして入学してから12月まで毎日、彼女たちの仕打ちを受けてものともしない御仁が、


「…………」


 ――朝香瑠衣あさかるいさん。


 椅子に座って手は膝の上に、背もたれも使わず直角に姿勢を維持し、視線は黒板から動かさず瞬きすらいつしているのか分からないほどで、表情筋はピクリとも微動だにしない。お声すら1度たりとも聞いたことがない。

 今日も今日とて、石像もかくやの不動っぷりとスルースキルを発揮している。

 艶のある肩まで伸びた黒髪に、手足は長く、制服越しでも分かるスタイルの良さ。痩せているばかりが取り柄の女子高生らしさとはどこか違う、引き締まった身体。

 あの美貌目当てにいじめから庇う男が跡を絶たなかったものだが、本人は終始、通年あの調子である。

 今となっては、彼女に寄り付こうとする男などただの一人もいなかった。


「いい加減にしろって!」

「――っ!?」


 金色の巻きグソヘアーがトレードマークの七城が怒声を上げ、朝香さんの髪を引っ張り上げた。

 無理やり顔をつき合わせるようにして引っ張られた髪は千切れんばかり――ああ、イヤなことが一つ。


「スリーカウントか……」


 回数に意味なんてなかった。

 ただ無性に腹が立っていた。


 ――無敵の人。


 思い起こされるのはアナウンサーの声。

 たしかペン入れにカッターナイフが入っていたはず――頭に凶器が、そしてその先が浮かぶ。

 ……できるはずがない。

 それをして、柚乃はどうなる。

 身寄りのなくなった超絶かわいい妹が、あの大家の食い物にされるのだけは御免だ。


「……これならセーフか?」


 目線を『これ』に向ける。

 誰も傷つかない。

 インパクトは十二分。

 いじめの対象が俺にシフトするかもしれない。

 後ろ指も、嘲笑も、蔑みも――あわれみも。

 全部慣れている、問題ない。

 妹がいるなんてマブダチにしか言っていない、柚乃に被害はない。

 小学生来のマブダチにアイコンタクトを送った。

 ヤツはサムズアップしている。

 何をやらかすか知るはずもないのに、自信満々な親指だ。


「やり残したことはないな……」


 意を決し、俺は立ち上がった。

 半年以上続いた狂気に、騒動の元凶に近寄る。


「あ? なに?」

「キモいんだけど」

「来んなや、モブが」


 話したことはもちろんこんなに近づいたこともない。

 迫力がヤバい。ガンの飛ばし方が女じゃない。化粧品やらのいろんな香りが混ざりあって匂いもヤバい。

 こんな環境で朝香さんは半年以上も……常人なら登校拒否必至だろう。

 しかし、彼女が普通かそうでないかはこの際関係ない。

 今、手を出すと、ここで差し伸べると決めたのだから。

 その手を払われても、お節介でも、知ったこっちゃない。


「無敵の人……」


 朝聞いた単語を反芻し、自分に言い聞かせ、腹をくくって。

 あらかじめ緩めていたベルトを勢いよく抜き去り、ズボンを下げ、一歩前へ。


「「「――は?」」」


 前進と同時に、下げきったズボンから足を抜く。

 

「お前ら……」


 五枚三百円の履き潰した白ブリーフ、その伸び切ったゴムに手をかけ、


「――処女だよな?」


 ぼろん。


 俺は最後の一枚を、最期の尊厳を捨て去った。

 お披露目する前に、右手によって磨き抜かれた愛刀はこの恐怖に、この蛮勇に萎れることなく、雄々しく屹立し、三人の眼前に姿を現した。


 静寂は一瞬。

 それは思考の完結する間。

 下半身丸出しの男の存在を、周囲が認知するまでの刹那。


 そのあとは――、


 ――阿鼻叫喚が教室内を埋め尽くした。


「……そんな逃げなくてもよくない? ――ってなんだよ……そのかわいい表情」


 全然、石像なんかじゃないじゃん。


 いつもは切れ長の目を、まんまるに見開いた朝香さんの驚いた表情を――。


 この騒動の中で――俺だけが知っている。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 序盤数話ほどシリアス展開ですが、『ヤンデレ』タイトルも『あまあま』タグもきっちり回収します!

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