地球留学

牛丼一筋46億年

地球留学

山田宗男は絶望していた。




散らかった七畳半で1人あぐらをかいて、カップラーメンが出来上がるのを待っていた。


山田は今年27歳になる。大学を出て、仕事を始めるもすぐにやめてしまった。


生来、飽き性と言うのもあったが、それ以上に安い賃金で長時間働き、日々壊れていく体と心が労働に耐えられなかったのである。




それから、簡単なバイトをし、嫌なことがあればすぐにやめるを繰り返していた。


無気力が彼の体を蝕んでいた。


仕事をしなくちゃ、でもいいや。


頑張らなくちゃ、でもいいや。


向上心もなく、ただ生きるだけの日々。


親とは疎遠だったし、恋人もいない。




誰にも愛されず、誰にも咎められず、誰のことも愛さない。自分に生きている意味はあるのだろうかと、ぼんやりと山田は考えていた。




その時、ピンポンと玄関チャイムが鳴った。


うーむ…と山田は唸った。


どうせ家賃の催促に大家が来たか、宗教か新聞の勧誘か、といったところだろう。


それなら出ても仕方がない。


なぜならば、山田の所持金はほとんど0、そんな男から大家も金は取れないし、勧誘も金がないところからは何も取れしない。


つまり、俺が出て行ったところで、誰も得をしないのである。




居留守を使おうと決め込み、あぐらをかいてカップラーメンを凝視していると、また玄関チャイムが鳴った。




なんだ!?一体。




またチャイムが鳴る。チャイムが鳴る。チャイムが鳴る。




流石に煩わしい。一体、なんなのだ。


頭に血が上ってきた。俺は静かに暮らしていたいだけなのに!?


山田は立ち上がるとどしどしとドアまで歩いて行き、勢いよくドアを開いた。




見ると、そこには全身銀色の服を頭からすっぽりと被った男がいた。


頭から二本の触覚が生えている。


「えー、山田さんのお宅でしょうか?」


男は冷静にそう告げた。


山田は呆気にとられていた、先ほどまでの迸る怒りが嘘のように覚めている。




「はい、わたしが山田ですが」


おずおずと山田が答える。




「あー、そうですか、実は私、宇宙から来たものでして…」


男が申し訳なさそうにそう言う。


山田は玄関で固まってしまった。








2人はちゃぶ台を挟んで向き合った。


宇宙人の席にはお茶が置かれており、時折宇宙人は美味そうにお茶を飲む。




「すいませんね、お茶までいただいて」


宇宙人は申し訳なさそうに笑った。


「いえいえ、ところで宇宙人がわたしになんのようですか?」


山田は手の込んだイタズラか何か、もしくは狂人の類か、と思いながら男を見ていた。


普通ならこんな怪しい男を家にあげないが、山田は違った。




怪しそうだな、ま、いっか。


取られる金もないし、殺されたところで、そもそも生きてるのか死んでるのか分からないような日々だ。


それよりも、この変人の話を聞くのが面白そうじゃないか。




そう思うと山田はウキウキしてきた。




「実はですね、宇宙では地球留学が大ブームなんです!!!ご存知ないでしょうが、地球は程よく自然と文明の調和が取れている!!!その様はあなたがた地球人風に言うと、レトロで奥ゆかしいのです。


そんな地球に留学し、日々、学問に勤しむのが、今の宇宙のトレンドなわけです!!!」




「はぇえ…そうなんですか、じゃあ、地球には宇宙人がいっぱいいるんですね」






「その通り、問題はそこなのです!!!どのようにして地球で勉強するのか…その方法とは、地球人と入れ替わってもらうのです」




「入れ替わる?」




「はい、特殊な機械を用いることで特定の地球人と全く同じ姿になれるのです」




「なるほど、読めてきたぞ、つまりあなたは俺と入れ替わって地球留学したいわけだ」




「左様でございます!流石鋭い!!!」




「しかし、入れ替わってる間僕はどこにいればいいのだね?まさか部屋にずっといろって言うんじゃないだろうね?」




「ご安心下さい!!!入れ替わりの間中はですね、超リラックス空間にてお過ごしいただくことになっております」




「ほぉ、どんなところだい?」




山田がそう聞くと、宇宙人はその銀色の服から小さな黒い球体を取り出し、無造作に投げた。


すると、黒い球体はたちまち、ドアになり、ポツンとその部屋の真ん中に突っ立った。




「これが超リラックス空間への入り口でございます。試しに入ってみますか」




「うむ」




現代科学では説明のつかない球体の動きを見て宇宙人への疑いは消えていた。




山田がドアを開ける。


しかし、そこには部屋が覗くだけで、何もなかった。ただのドアだ。


「何もないじゃないか」


「騙されたと思ってくぐってみて下さい」


山田は恐る恐るドアをくぐった。


やはり何もなく、依然として汚い七畳半であった。




「ほら、何もない!」


「自分が欲しいものを強く願って下さい」


「うん?」


「騙されたと思って」


山田はしぶしぶ目を閉じて考えた。


欲しいものっていきなり言われてもなぁ、金?いや、もっと、あ、そうだ、今腹が減っている。ラーメンを食べるところだったんだ。こいつと話しているうちにすっかり伸びちゃってもう食べれないだろうな…


いや、忘れてた。


じゃあ、ラーメンでいいな。


うん、ラーメンが欲しい。




目を開けると目の前には湯気が立っているラーメンがあった。


出来立てのようだ。


山田は驚いて宇宙人を見た。




「この空間ではあなた様の欲するものは全て手に入ります」


宇宙人はうやうやしく答えた。






山田はまた目を閉じて考えた。


久しく女を抱いていない。


どうせなら美人で胸の大きな女を抱きたい。


女が欲しい。


目を開けるとそこには絶世の美女がいた。


彼女は山田ににっこりと微笑む。




「気に入ってくれましたでしょうか」


宇宙人が呟く。


「気に入った」


「ならば、早速留学準備に取りかかりたいのですが」


「ああ、すぐに留学準備に取り掛かろう」


2人は特殊な機械を用いて、全く瓜二つの姿になった。


それでは、と宇宙人は玄関まで行って部屋から出て行った。


部屋を出る際に、1ヶ月経ったらまたきますとだけ言い残して。




山田にとってそれは最高の1ヶ月だった。


なんでも手に入った。女、酒、食べ物。


それだけではなく、この力を用いれば、どこにでも行けることがわかった。


全てを手に入れたのだ。


比喩ではなく、この世界の全てを山田は手に入れた。


自分の妄想が全て丸々現実になる。


過去にも未来にも行ける、それだけではない、願えば異世界にも行ける。


マゼランの船で宇宙空間を旅しながらクレオパトラと一緒にロマネコンティを飲んだ。




全てが満たされていた。




ある日、山田が部屋で美女10人に囲まれていると、銀色の服の男が現れた。


おかしい、こんな男俺は望んでいないのに…


と訝しがったが、よく見れば、それはあの宇宙人だった。




「山田様、お久しぶりです。いやー地球留学、とっても楽しかったですよ〜…山田様にはご苦労をおかけしました」




「苦労だなんてとんでもない。感謝すべきなのはこっちの方だよ!!!こんな素晴らしい体験をさせてくれてありがとう」




「素晴らしい、しかし、ここはあなた様しかいらっしゃいませんよ?」




「美女に囲まれているじゃないか」




「はい、しかし、これは全てあなた様の妄想でございます」




「妄想だろうと、俺が現実と思えば現実だ」




「そうでございますか…痛く気に入ってもらえて良かったです。そろそろ出られますか?」




山田の表情が固まった。




「いやだ、出たくない!!!俺が出なければ何か不都合があるか?」




「いえ、私は別に困りませんが、実はこの空間、入って1ヶ月を過ぎると二度と現実世界には戻れなくなりますがそれでもよろしいのですか?」






「いい、俺にとって、ここが現実なのだ」




「…そうですか、そこまでおっしゃるのならば…本当にお世話になりました」




宇宙人はそういうと、山田の前から姿を消した。


山田はふうと息を吐き、また妄想にふけった。






山田の部屋で宇宙人が大きな機械をいじりながら話をしている。おそらくどこかと通信しているのだろう。




「はい、はい、上手くいってます。馬鹿な奴らですよ、現実よりも妄想の方がいいなんて、はい、ちゃーんと進んでますよ、地球侵略」

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