男子高校生に惚れられたんだが、私32歳ですよ?

雪月ゆき

第1話「32歳、そろそろ結婚したい。」

ブイーンと掃除機をかける。これが私の仕事。所謂主婦と言えばいいのだろうか。彼氏がいるのだが束縛が激しく、ロクな仕事にありつけていない。

ロクな仕事につこうとすれば、彼は怒るし、暴力を振るってくる。

思い出せば彼が笑っているところを見たことがない。昨日殴られた傷が、痛む。

ズキズキと痛む頬を低体温の手で押さえながら、掃除機を続行する。

これが終われば、料理して、洗濯して、窓の雑巾がけして……。


「はぁ……。息が詰まる……。」


私だってたまには外で息抜きがしたい。でもそれは彼が許してくれないのだ。

毎日軟禁状態で外出と言えば、買い物位で。友人と呼べる数少ない人たちにも会えない始末だ。

そんなことを考えながら掃除機を終えると、次はキッチンに立つ。

今日の晩御飯の下準備だ。今日はオムライスにしようと、作り置きしても問題ないものから手を付ける。

オムライス、サラダ、コーンスープ、チキンナゲット。これが今日のメニューだ。

今日は食べてもらえるかな。いつも食事はひっくり返されておじゃんになっちゃうし、たまには食べてほしい。なんて淡い期待を持ちながらキッチンで料理を始める。

リーフレタスをちぎり、トマトをくし切りにする。ツナとコーンの缶を開け、盛り付けたリーフレタスとトマトの上から乗せる。最後に、クルトンを乗せて、シーザーサラダの完成!

次はコーンスープを作ろう! と、意気込んでいたら急に電話が鳴る。

慌てて手を洗うと通話が切れた。そして再度鳴った。

手を急いで拭き、電話に出ると開口一番聞こえたのは怒声だった。


「おい! 俺の電話にはワンコール以内に出ろって言ってあるよな? お前暇なんだからよ。ふざけるなよ。」


「ご、ごめんなさい。次からは出るようにするから……。」


「この前もそういってたよなぁ?」


びくりと身体が震える。怖い。怖い。だけど取り繕わなきゃ。震える声を絞り出し、言の葉を紡ぐ。


「あはは……。ごめんなさい。気を付けるね。」


「わかりゃあいいんだよ。あ、んでよ、今日俺飯要らねぇから。」


「え? また急だね……?」


「合コンだから。」


「ご、合コン!? 私がいるのに……?」


沈黙が流れる。次の瞬間一際大きな声が響いた。


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ! 俺がどこ行こうが勝手だろうが! お前に決めれる権利あるのかよ。お前は黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ。女のくせに反抗すんなよ。ふざけてるとマジでぶちのめすからな。お前を捨てたって俺は困りやしないんだ。女なんて死ぬほど沸いてくるからな。今すぐお前を捨てて乗り換えたって俺は構いやしないんだぜ。職歴もないお前にロクに働いたり生活する余裕が有るとでも思ってんのか? 夢見すぎ。お前は家事して俺を満たして満足させてそれが仕事だろ。ほ・う・し。わかる? 奉仕。それがお前の仕事なの。わかったら文句言うな。」


「わ、わかったよ……。行ってらっしゃい……。」


「分かればいいんだ。じゃあな。」


プツッ、ツーツーと音を立てて電話は切れた。へなへなと私はその場に座り込む。

私の父親もあんな人だった。だからこそ、今の私と言うのは大きな音や怒鳴り声とか、暴力が怖くて。でも言い出せなくて。言い出しても何も変わらないであろうことはわかっていて。


「はぁ……。どうしたらいいんだろ……。結婚、したいのにな……。修二じゃ無理だよね……。やっていける気しないし、大事にされないもん。」


ごろりと寝転がる。わかってる。別れた方がいいって。でも身体は言うことを聞いてくれない。反抗すれば怖いことが待っているというだけで私の身体は震えるのだ。

未だ震えの止まらない身体を軽く抱きしめながら、目を瞑る。

暫くこうしてよう……。もうすぐすればよくなる。


あれから30分が立った。無事に落ち着いた私はキッチンに戻り晩御飯の支度を再開する。

1人分だし、チンするだけでいいかと思い、すべて作り終えてしまう。

次は洗濯かぁ。少し伸びをして、洗面所に向かう。ドラム型洗濯機から洗濯物を取り出し、一つ一つ丁寧に畳んでいく。

……。修二の服、香水が凄い匂い発してる。女の子に飽きないなぁ。

少しもやもやとしながらも洗濯物をたたんでいく。畳んだ服はすぐ箪笥に仕舞い、次は窓拭き。

冷たい水に手を浸し、雑巾を絞る。固く絞った雑巾を窓に貼り付け丁寧に拭き上げていく。

きゅっきゅという子気味のいい音が響く。ピカピカに磨き上げれば、満足感に満たされる。其のまま空拭きに移る。

丁寧に磨き上げられた窓を見つめながら、自分の姿を映す。


「ひどい顔……。腫れてるし、クマはひどいし。」


はぁ、と溜息をつく。こんなところ見せてられないな、なんて思いながらカーテンを閉める。

また私、痩せたな。ストレスだよな。早く見切り付けていい人見つけて結婚したいな、もう32だし……。

メイクでもして食材の買い出しにでも行きますか。軽くお昼ご飯食べてから。

冷凍庫から炒飯を取り出しチンする。軽く食事を終え、メイクを済ませる。

そのまま私は家を出てスーパーへと向かった。

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