第8話

            八

 外はすっかり暗くなっていた。陽子さんは俺と萌奈美さんに手を借りて、玄関まで戻ってきた。陽子さんは暗いところが苦手だから、仕方がない。萌奈美さんは俺たちを玄関の中に入れると、もう一度深く頭を下げてから、帰っていった。

 その後、夕飯を食べて、美歩ちゃんと一緒にお風呂に入った。風呂に入りながら、俺は考えた。どうやら第一容疑者の、あの金のネックレスの男も放火事件とは関係ないらしい。そうなると、今のところ考えられる容疑者は全員が白か……。ん、待てよ。もう一人いるなあ。――だが、その捜査は難を極めるだろう。たぶん、命懸けだ。それに、例の鑑識のお兄さんから、もう少し情報を得る必要もある。そうなるとやっぱり……。どちらにせよ、命懸けか。仕方ない。腹をくくろう。陽子さんと美歩ちゃんのためだ。

 風呂から上がった俺は、牛乳を飲みに行った。居間では、陽子さんが電話していた。何やら深刻な顔だ。

「――そうですか。どうしても間に合いませんか。――余っている容器だけでも、何とか回してもらえないでしょうか。――そうですか。分かりました。夜分にすみませんでした。失礼します」

 電話を切った陽子さんは、深く溜め息を吐いた。そして、小さく漏らす。

「仕方ないわねえ。暫らくの間、休業ね」

 そうか。お弁当の容器が全部燃えちまったんだよな。容器が納入されるのは月に一度だし、それも、先週に納入されたばかりだもんなあ。どこも無駄な製造を抑えて、発注された数だけをギリギリに作っているから、余っている容器も無いだろうし、急に言われても、ウチの分だけ作ってくれる所は無いのかあ。こっちの事情で、ラップに包んだおにぎりだけって訳にもいかないし、競争相手の同業者が容器を回してくれる訳ないしなあ。ああ、せめて俺の稼ぎがしっかりしていれば、陽子さんにこんな心配をさせなくて済むのだが、くそお、俺には金が無いぜ。

 俺は下を向いて、トボトボと一階の玄関へと向かった。美歩ちゃんとも、もう少し遊んでやりたかったし、宿題も見てやりたかったが、今夜は少し忙しい。賊が入ってこないか、ここで番をしながら、捜査プランも練らなければならないからだ。まあ、とにかく、誰かが「ホッカリ弁当」の業務妨害を企てているのだとしたら、また何かしてくるかもしれん。警戒は必要だ。美歩ちゃんは子供だから仕方ないが、陽子さんも今日はいろいろとあって疲れただろう。今日はもう寝てくれ。俺がこうして、寝ずの番をしているから、心配はいらない。俺に出来ることは、このくらいのことしか無いからな。さあ、賊ども、忍び込めるものなら、忍び込んでみろ。この桃太郎様が相手だ!

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