第177話 もしも記憶が戻ったら
セシルは私と話をしたことで、大分落ち着きを取り戻していた。
「悪かったな、エルザ。……俺の話に付き合って貰って」
「いいのよ。だって私達は…」
子供の頃から良く知る幼馴染なのだから……。
そう言おうとしたが、セシルの口から出た言葉は違った。
「そうだよな?俺たちは夫婦なんだからな」
そしてセシルは笑みを浮かべた。
「!」
思わず顔がこわばりそうになる。
「エルザ?どうした?」
不思議そうな顔で私を見つめるセシル。
「い、いえ。何でも無いわ。そうよね…私達は……夫婦だから……」
嘘をついていることと、フィリップへの罪悪感でチクリと胸を痛めながらも私は頷いた。
あんなに不安そうにしているセシルを前に……否定することなど私には出来なかったのだ。
「それじゃ…俺は部屋に戻るよ。本当はこの部屋で一緒に寝たいけど…ルークの世話でエルザは大変だろうからな」
一緒に…寝る?!
その言葉にドキリとしたけれども、セシルは私の心の動揺など知ることも無く笑顔を私に向けている。
「え、ええ…そうね。今も夜中にお腹をすかせて泣いてぐずることがあるから」
「大変だよな。子育てって。俺も怪我が完治したらルークの世話をするからさ」
「ありがとう、セシル……」
セシルの骨折が治るには後数ヶ月かかる。
それまでには記憶が戻ればいいのに……。
「それじゃ、俺はもう行くよ。おやすみ、エルザ」
「ええ、おやすみなさい」
「……」
するとセシルは何か物言いたげに私を見ている。
「何?セシル?」
「いや、お休みのキスはしないのか?」
「え?!」
「何をそんなに驚くんだ?」
不思議そうな顔をするセシル。
そうだった。
セシルは私のことを妻だと思っているのだから…お休みのキスは当然なのだろう。
そこで私は身をかがめると、セシルの頬にキスをした。
「おやすみなさい」
「ああ」
すると次の瞬間、セシルは私の腕を掴むと自分の方に引き寄せてきた。
え?
そして、気づけばセシルの唇が重ねられていた。
「!」
また…私はセシルに唇にキスされてしまった。
思わず身体が硬直仕掛けた時、セシルは私の身体を離し…フッと笑った。
「おやすみ、エルザ」
「え、ええ。おやすみなさい」
激しく動揺しながらも何とか私は返事をした。
「それじゃまた明日な」
セシルは器用に車椅子の向きを変えると、車椅子を漕ぎ始めた。
「セシル、部屋まで送りましょうか?」
「いや、大丈夫だ。夜分にすまなかったな」
それだけ言い残すと、今度こそセシルは部屋から去っていった。
「ふぅ……」
セシルが去っていき…ため息をつくと、自分の唇にそっと触れた。
もし、記憶が戻った時…セシルは私にしたことを記憶しているのだろうか?
覚えていたとすれば…その時、セシルはどんな反応をするのだろうか――と。
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