第42話 迎えの時

 私は2日間を家でゆったりとした時を過ごした。


 ここは私を不安にさせる要素が何もない場所、心が穏やかに過ごせる憩いの場…。

母と2人でお茶を飲みながら会話をしていると、アンバー家での生活がまるで嘘のように感じる。

あの生活は現実では無かったのではないだろうかと…。


 けれど、その反面思い出されるのはフィリップの事だった。

フィリップがあれ程冷たい、私を突き放すような態度を取るのは本当は何か深い理由があるのではないだろうか?

そうでなければわざわざ私の為にラベンダー柄の家具を特注するはずはないだろう…と―。




そして…フィリップと約束した迎えの時間がやってきた―。   



****


 午後2時―


リビングルームでソファに座り、母と向かい合わせにお茶を飲んでいると、家政婦のハンナさんが部屋にやってきた。


「エルザ様、アンバー家からお迎えの馬車が到着いたしました」


「時間どおりね」


母がティーカップを置くと私を見た。


「ええ、そうね。それじゃ…私行くわ」


手荷物は殆ど何も無かった。私は傍らに置いたショルダーバッグを肩に掛けると、席をたった。


「玄関まで見送るわ」


母も立ち上がった。


「ハンナさん、お元気でね」


私はハンナさんに声を掛けた。


「はい、エルザ様もお元気で」


「ええ」


そして私は母と一緒に玄関へ向かった―。



****


正面玄関を開けるとアンバー家の迎えの馬車が停まっており、側にはジェイコブさんが立っていた。


「迎えに来てくれてありがとう。ジェイコブさん」


「いえ…当然のことですから…それで、エルザ様。本日…アンバー家に戻られますか?」


ジェイコブさんは言いにくそうな様子で私を見た。


「え…?」


私は一瞬何を言われているか理解できなかった。


「ジェイコブさん…?それってどういう意味?」


隣に立つ母の顔にも戸惑いが浮かんでいる。


「いえ、フィリップ様からの御伝言なのですが…もし、まだ実家に滞在されたいのであれば、戻られるのはいつでも構わないと申し使って来たのです」


「!」


母の顔に驚きの表情が浮かぶ。…それは当然だろう。結婚してまだ1週間なのに、実家に帰ってきた挙げ句、夫から戻ってくるのはいつでも構わないと言われているのだから。


「エ、エルザ…?」


一体どういう事なの?


母の目は私にそう、訴えていた。だから私はジェイコブさんに言った。


「いいえ、元々予定では2日間の予定だったし、それに早くフィリップに会いたいから」


母を心配させたくない為に、私は気丈に振る舞った。…本当は私はフィリップから愛すことも、愛されることも拒絶されているのに、どうしても母には知られたくは無かったからだ。


「そうね、きっとフィリップ様が待ってらっしゃるわね?きっとエルザに気を使ってその様にフィリップ様はおっしゃったのね」


母が安堵のため息を付いて私を見た。


「ええ、そうよ。それじゃ私行くわね。フィリップが待っているから」


そしてジェイコブさんの手を借りると馬車に乗り込んだ。


「お父様に宜しく伝えてね」


馬車の窓から顔を覗かせ、母に声を掛けた。


「ええ、伝えておくわ」


「ジェイコブさん、それでは馬車を出して下さい」


私が声を掛けるとジェイコブさんはうなずき、馬車はゆっくりと音を立てて走り始めた。

馬車の窓から顔を出すと、母が手を振って見送る姿が目に入った。私も馬車から母に向かって手を振りながら心の中で謝罪した。




お母様…嘘をついてごめんなさい。


私…本当はフィリップから拒絶され、離婚届を預けられています―。







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