第24話 私の買い物
「エルザ様ーっ!」
背後からチャールズさんが私を呼ぶ声が聞こえ、振り向いた。
「良かった…まだいらしたのですね?」
チャールズさんはハアハアと息を切らせながら駆け寄ってきた。
「え、ええ。それよりどうかしたのかしら?」
「はい、実は肝心なものをお渡ししていなかったのでお持ちしました」
チャールズさんの手にはカスミソウの模様が刺繍された婦人用の長財布が握りしめられている。
「ここにはエルザ様に支給されるお小遣いが入っております。どうぞお持ち下さい」
「え?私に…お小遣い?本当に頂いて構わないの?」
まさかお金を貰えるとは思ってもいなかった。
「ええ、当然です。エルザ様はフィリップ様の妻なのですから」
フィリップの妻…。
その言葉を聞くたびに、複雑な心境と悲しい気持ちがこみあげてくる。思わず目頭が熱くなりそうになるなのを必死に堪えた。
「ありがとう。フィリップにお礼を言っておいてくれる?それじゃ行ってくるわね」
「エルザ様、ジェイコブには声をかけていますか?」
「いいえ、辻馬車を使うつもりだから」
「え?!そんな辻馬車とは…」
「いいのよ。馬車ならフィリップが使うかも知れないでしょう?それに少し今は歩きたい気分なの」
「ですが、体調が悪いのではありませんか?」
「平気よ。それじゃ行ってくるわね」
「エルザ様…」
私は尚も引き留めるチャールズさんを強引に振り切って扉を開けた―。
****
「何だか久しぶりに外の空気を吸った気がするわ…」
結婚式からまだ数日しか経過していないのに、もう随分久しぶりに感じてしまう。離れを出てからアンバー家の広大な庭をゆっくり歩いていると、本館で働いているメイドさん達が遠くに見えた。
何となく後ろめたい気持ちになり、日傘で顔を隠すように私は庭を通り抜けて、門の外を目指して早足で歩き…門を通り抜けた所でようやく一息つくことが出来た。
「ふぅ〜…それにしてもおかしなものね…こんな風にコソコソ出掛ける必要なんか…多分無いのに…」
フィリップの私に対する冷たい態度が、自分自身を卑屈な気持ちにさせてしまうのかもしれない。
「さて…まずは辻馬車を探しましょう」
そして私は日傘を握りしめ、石畳の町を歩き始めた―。
****
ガラガラと走る馬車の中で私は3冊の本が入った紙袋を胸に抱えていた。この本は先程立ち寄った本屋で購入したもので、いずれもフィリップが好きなシリーズ物の小説だった。全て新刊なので恐らく彼はまだ持っていないはず。
「フィリップ…受け取ってくれるかしら…」
私の事を嫌っていても、自分の好きな本なら受け取ってくれるかもしれない。しかもこの本は私が事前に予約しておいたものなので、普通に買うには入手困難な本なのだから。
そして次の目的地は…。
****
「どうもありがとうございました」
店員さんに見送られ、ハーブ店を出た。
「ふふふ…いい香り。今夜はこのハーブティーでぐっすり眠れるといいわね…」
そして私は待たせて置いた辻馬車に乗り込み、アンバー家に戻ることにした。
…重苦しい気持ちを抱えながら―。
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