口実
「翔真君」
教室で1人、机に突っ伏している人がいる。私はまだ彼が誰かと談笑している姿は見ていない。
「ねぇ」
返事はない。ホントに寝てるみたいに。
だけど私は知っている、彼が寝たフリをしている時の癖を。
「えいっ」
脇腹のあたりを指で押してやるとぴょんっ、と飛び跳ねた。
「何すんの」
声は務めて冷静だけど目は怒っているように見える。
「寝たフリなんかする方が悪いんだよ。裕也はなんか話があるみたいだから先に二人で行っといてだって」
ふーん。とだけ言うと辺りを見渡す。教室には既に私と翔真君しか残っていない。
「あんまり、教室では話しかけない方がいいんじゃないか。こんな無口な俺と幼なじみとか知られたら嫌だろ」
「それは、悲しいね」
「何が?」
何がだと思う?
私は言葉に出さずに彼の手を引っ張る。
「智音が部室できっと暇してる。行ってあげないと」
「分かった、分かったから。その手を離してくれ」
彼の言葉に自然と足が止まった。ゆっくりと腕を離すと、「ほら、ベース取らないと」なんて言って後ろのロッカーの上に置いてあるベースへと向かう。
「星奈、どうした?」
「ん?なんでもない。ちょっとボーッとしてただけだから。早く行こ」
自分のギターを肩にかけて早足で教室を出る。さっきの一言が頭の中で逡巡されて会話が続かない。
教室に着くと智音が一人で歌を歌っていた。
「こんちゃ、2人とも。なんで星奈はそんなに顔色が悪いの?」
「えっ?」
手鏡で自分の顔を確認すると、確かにいつもより血相がない。
「翔真、なんかしただろ」
智音は一変彼を責め立てるように言う。
「だってこの子の様子がおかしくなるのってきまってしょu!?」
悪かった体調がなんの事やら。体は危機的状況から脱却するために勝手に体が動いていた。
「智音ちゃん。なんのことかな?」
「んんーんんっ!」
口が塞がれているのでもちろん言葉になってない。なんだか血流が良くなった気がする。
「仲良いな、二人は」
一方の翔真といえば二人の光景を中睦まじげと判断したのか、黙々と部活を始めるための準備を始めている。
「先輩、あらぬ疑いをかけるようなことを言わないでください!」
彼女の耳元で小さく抗議する。が、当の本人である智音は全く悪気がないようだ。
「なんで隠す。そんなんじゃいつまでたっても振り向いて貰えないよ」
ある意味正論なので強く言い返せない。あながち彼女の言ってることは的を射ていて実際、星奈が翔真に惚れてからというもの10年。進展はない。どころかもはや幼なじみとして友達以上恋人未満の地位が確立されつつあった。
「じゃあどうすればいいと思う?」
それを聞いて待っていましたと言わんばかりの顔をしてカバンからなにやら取り出す。
「これ、何か分かる?」
「水族館のチケットだね」
1枚に見えたチケットは、指を動かすことで2枚に増える。
「何も言わずに受け取って。これはうちには勿体ない」
「え、でもここって」
続きを言いそうになった口を人差し指で塞がれる。さっきの言葉通り深くは語るなということらしい。
「ああー、おなかいたいー。しばらくもどれないかなー」
わざとらしい棒読みで部室をさささっと消え去っていく。手にはあの水族館のペアチケット。
まさに一世一代。こんなに整った場、きっともうそう無い。
深く深呼吸をする。まだ彼は私に背を向けて合わせ前の練習をしている。
「あの、翔真君。話があるんだけど」
ゆっくりと振り向いた彼はヘッドホンを外す。
「どうしたの。改まって」
「いや、そのね。もし良かったらなんだけど」
そこまで言って顔を上げた時、目に映ったのは彼の真摯な瞳と裕也と幸が部室の扉から顔を覗かせている光景だった。
「あ、あっ、え」
顔があっという間に熱を帯びる。きっと自分じゃ見てらんないような顔になっているに違いない。
頭が真っ白になって部室を飛び出した。
その後のことは、あまり覚えていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます