僕はキミに落とされてるのに

日朝 柳

部室で

桜舞い散る四月の末、まだ新品の制服が校内をもの珍しく歩く頃。

窓の開いた部室は心地よい風にさらされてカーテンが揺れる。

「そろそろ始めますか」

立ち上がって窓を閉めようとしたとき、髪を耳にかけている彼女と目が合った。自然と目を逸らして窓の方へと向かう。彼女の両手に握られていたものが机へと置かれる音がした。

「翔真君、どうしたの急に目線逸らしちゃって」

窓に鍵をかけたその手が握られる。ほんのりと甘い香りがした。

「目なんて逸らしてない。たまたまだよ、そんなに気にしないで」

それを聞くと、あっと何かひらめいたような声を上げた。

「もしかして、私の顔がかわいくてつい見とれちゃってたとか?」

そりゃあそうですよ。星菜がかわいいのは昔っから変わってないんだから。

「、、違うって!ほら、チャイムも鳴ったし部活始めよう」

そんなこと言う勇気も自信もなかったので繋がれた彼女の手をほどくと、急いで自分の席に座ってチューニングを始める。だがあろうことか彼女は僕の隣に座ってきた。

「そこ、裕也の席だよ。星菜の席はあっちでしょ」

指さす先には張り替えが途中になったままのベースが机の上にある。

「まあいいじゃん。私は翔真のチューニングでも参考にしようかなぁって」

嘘つけ。僕より何年長く音楽やってるんだよ。というかチューニングに見本なんてそもそもない。その言葉に不服を感じながらもピッチングを進めていく。機械はないので頼りになるのは自分の音感と耳だけだ。

「ここは違う。もうちょっとひねらないと」

僕がいじっているペグを掴んでさらに少しひねる。ごく自然に彼女は手と手を重ねてきた。さっき僕の手のぬくもりが残っているのか、星菜の冷たくて華奢な手はほんのりとぬくもりを残していた。

そのまま僕が固まって動かないでいるので、彼女は下から僕を覗き込んだ。再び視線が交わるが、今回はさっきのように逸らしたらあまりにも不自然になる。しばらく目を合わせていると彼女はニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた。

「もしかしてまた照れちゃったの?」

頬が赤く染まっていくのを感じて慌てて顔を腕で隠した。彼女の手はもう冷たくなんかない。

ドンッ。

「遅れた~ごめん」

裕也と幸と智音がぞろぞろと部室に入ってきた。

「あ、おはよう」

隠していた腕をどけて入り口の方を向いた。

「おまえ、顔赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」

裕也が心配そうにこちらを見ている。いつの間にか星菜は自分の席に戻っていてなにごともなかったかのように弦張りに勤しんでいる。

「何でもないですよ。星菜が準備終わったら練習始めましょう」

「オッケー。私先にアンプ繋いで音出ししとく。裕也、コード取って」

「はいよ」

「投げるなー!」

またいつもの時間が始まる。

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