最終章 18. 小さな灯火
王国と帝国、騎士と魔法使い、勇者と王子、お互い立場は全く違い本来なら接点などなかったはずの両者は、灯という1人の男の存在によって巡り会った。
マリスは同じ灯という破天荒な人間と関わったゼクシリアに、妙な親近感を覚えていたのだ。
そして、それはこの場に居る全員の創意である。
「ゼクシリア王子、灯は本当は帝国を支配したのではなく、救ったのではないですか?」
ゼクシリアが灯の知り合いだと分かった今、灯が友人の国を支配などするはずがない。
だからマリスはそう確信を持って尋ねた。
「……ああ、君の言う通り、灯は反皇帝派の魔の手から帝国を救い出してくれた」
マリスの問いかけにゼクシリアは一瞬悩むも、正直に全てを打ち明けることにした。
「ゼクシリア、言ってよかったの?」
「彼らに隠し事は通用しないだろう。なにせ私達と同じく灯を知っている者なのだからな」
「まぁ確かに、その通りかもしれないわね……」
ゼクシリアが正直に話したことを不安に思い、セルフィナは念の為確認したがすぐに納得に変わる。
彼女もマリス達には隠しきれないことを悟ったのだろう。
「あの、それなら何で灯君は魔王なんて名乗ったんですか……?」
「確かに、何でわざわざ悪人の所業を自ら被る必要があったんだ?」
アマネとライノは、なぜ灯が魔王を名乗り自らを悪に落としたのかが分からないといった様子であった。
「灯は、帝国を救うため自らを犠牲にしたのだ……」
ゼクシリアは悲しさと悔しさが織り交ざったような表情で、灯の真実を口にする。
灯が自分から取った行動とはいえ、国の命運を彼1人に背負わせてしまったことを今でも悔いているのだ。
「え……、ど、どういうことなんですか?」
「詳しく説明して下さい」
アマネは想像の上を行った答えに困惑し、明らかに動揺してしまう。
対するマリスは、食い入るようにゼクシリアに説明を求める。
灯と戦い封印した張本人として、気持ちが先走ってしまったのだ。
「君達には全てを話そう。灯がどういう目的で帝国を訪れ、そして何を成したのか――」
焦るマリス、そして困惑した表情を浮かべるアマネとライノに、ゼクシリアは自分の知り得る灯の過去を全て語った。
「――という訳だ。灯は獣人族だけじゃなく帝国も救う為、魔王を名乗って全てを背負ったのだよ」
ゼクシリアの話が終わった時、マリス達は最初言葉が出てこず固まっていた。
だがその硬直も次第に解けていき、最初にアマネが口を開く。
「何よそれ……、じゃあ灯君は何も悪くないのに封印されたってことなの!?」
「おい、落ち着けアマネ」
「落ち着いていられないですよ!何で帝国の問題のせいで、灯君が犠牲にならなきゃいけないんですか!」
「口を慎め!」
激昴し声を荒らげるアマネをライノは無理やり黙らせる。
ライノも彼女の気持を痛いほど分かってはいるが、それでも相手は帝国の王子なのだ。
これ以上の無礼は、止めなければならなかった。
それに騎士団に帝国を責める権利は無い。
彼らもまた灯と戦い、封印させた側なのだから。
「確かに彼女の言う通りだ。私は灯の優しさに甘え、帝国の命運を全て彼に背負わせてしまった。この罪は私の中では一生消えないだろう」
「いえ、ゼクシリア王子が全て悪い訳ではありません。灯を止められず、封印したのは僕なんです。僕が灯を殺したようなものだ……」
ゼクシリアはアマネの言葉を全て受止め、己に罪があるのだと口にする。
そしてマリスも、そんなゼクシリアを責めることなく自分の行いを悔やむ。
気づけば会議室内には、重々しい空気が漂っていた。
しかし、そんな重厚な雰囲気はメルフィナの一言によって打ち砕かれる。
「でも、お互い誤解が解けたのなら、勇者様が灯様の封印を解いてくださればいいのではないですか?」
「……え?」
「だって、勇者様も灯様のことを大切に思っているのですよね?それなら、私達に灯様をそのままにしておく理由なんて無いじゃないですか」
メルフィナのその言葉は、今の膠着したこの場を切り裂く希望の光であった。
皆が過去ばかりを見てただだだ嘆いている中、メルフィナだけは前を向いて解決策を考えていたのだ。
「た、確かに、灯の行動の理由が分かった今なら、封印を解いてもいいんじゃないか……!」
「いや待てよ、それだと俺ら以外の事情を知らない奴が黙ってねぇぞ。封印を解くには、今のマリスじゃ目立ち過ぎて下手に動けねぇだろうが」
メルフィナの言葉に希望を見出したマリスは歓喜するが、しかしライノはそれを否定する。
確かにライノの言う通り、封印を解くことが可能だったとしても、それを実行するのは現状では非常に困難であった。
マリスは勇者である故にその戦力は貴重であり、今や自由な行動はそう簡単には取れなくなっている。
彼の行動は常に誰かが共に動いてしまうので、勝手に灯の封印を解くというのはなかなか出来ることでは無い。
「そ、それでもどうにかクリアすれば、灯の封印を解けるんですよ!」
「いや、問題はそれだけではない」
どうにかライノを説得しようと必死になるマリスに、今度はゼクシリアが割って入ってきた。
「どういうことなんですか?」
「封印を解く以前に、現状ではまず灯と出会うことが出来ないだろう」
「なるほど、さっき言ってたジェンシャン魔獣人国っていう新しい世界のことか。確かにそこに逃げられてちゃ、時空間を異動する手段の無い俺たちじゃ手出しは出来ねぇな……」
ようやく希望の光が見えたと思ったが、それは遥か先にある小さな灯火であった。
今の彼らでは、そこに辿り着くのは不可能に近い。
「くそっ、もうどうすることも出来ないのか……」
あまりにも無謀過ぎるこの現状に、マリスは悔しさから歯を噛みしめる。
「……でも、今は無理でも、5年後や10年後には行けるようになるかもしれないですよ」
だが、そんな雰囲気の中でアマネがそんな発言をしてきた。
その無責任に思える発言に、ゼクシリアは少し苛立ちを見せる。
「先延ばしにするということか?」
「いえ、そうでは無くて今灯君の所に行けないのなら、いつか行けるように今から色々とやっていけたらいいんじゃないかと思って……」
「色々って何だよ?」
「それはその、私もよくは分からないですけど……」
アマネの発言は要領を得ないものであった。
だがそれでも彼女が伝えようとしていることは分かる。
それはつまり、今は魔獣人国に行く手段がないのだから、これからその手段を探せばいいじゃないかということだ。
「未来の為に今を頑張る、ですか……。素敵ですね、私もその考えに賛成です」
「ふむ……、確かに現状では打てる手は何も無いか。だったらもっと魔法を研究して、灯の居る場所に行けるよう努力するしかないってことか」
メルフィナとゼクシリアはアマネの意見に賛同した。
今行ける手段が無いなら、これからその手段を作り出せばいいだけのこと。
簡単なように言うが、非常に難しい道のりである。だがそれでもゼクシリアは拳を握りしめ意気込んでいた。
「へっ、随分と脳筋な考えだが、そういうのは嫌いじゃねぇ……。よし!俺らも王国へ帰ったら色々と聞き込みをするぞ!」
「はい!王国は魔道具が豊富ですからね、きっと何か手掛かりを掴めるはずです。それにもしダメだったら、私達で作っちゃえばいいんですから!」
ゼクシリアとメルフィナのやる気にあてられたのか、ライノというアマネも力強くそう宣言した。
「へっ、魔道具の開発ってお前に出来るのかよ?」
「大丈夫ですよ。幸い灯君のおかげで魔獣が減ったから、最近暇で暇でしょうがなかったので」
「ああ、そうだったな……」
魔獣大好きなアマネにとって、ここ数日の魔獣減少には傷心中であった。
だが犯人と居場所が分かった今、その夢の世界へ行く為に、彼女の気合いは計り知れないのである。
「うじうじしてても仕方ないですね……。分かりました、僕もやれるだけのことはやって見ます!皆で灯に会いに行く方法を模索しましょう!」
「「「おぉー!」」」
今後の方針が決まると、全員拳を天に突き上げ気合を入れる。
こうして、ゼクシリア達帝家とライノ隊は密かに協力関係を結んだのであった。
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