最終章 16. 私達の英雄

 帝国の援助を受けることとなった騎士団は、港へと到着する。


 船を降りた彼らの表情は皆満身創痍で、疲労感に包まれているが、ようやく休めるとあって少しの明るさが戻っていた。




「散らかっていてすまないが皆の宿を用意する。今日はそこでゆっくる休んでくれ。詳しい話は明日にしよう」




「承知した」




 ゼクシリアとクリスは明日の方針を軽く話し合わせると、騎士達を宿へ案内しだす。


 だが港は灯達の戦闘の跡が色濃く残っており、少々荒々しくあった。




「あっ、ゼクシリア帰って来たみたい……ん?あれって王国の騎士団じゃない。何で一緒に居るのかな」




「兄様帰ってこられたのですか。灯様もご無事だと良いのですが……」




 ゼクシリアが戻ってきたことに気づいたのは、彼の姉であるセルフィナであった。


 姉の言葉で妹のメルフィナもゼクシリアの帰還に気づき、そんな兄と共にいた灯のことを心配する。




「ゼクシリア、彼ら騎士団でしょ?海で一体何があったのよ?」




「話すと長くなる。落ち着ける場所へ移動しよう」




「っ、分かったわ……」




 すぐにでも状況を知りたかったセルフィナも、ゼクシリアの放つ重々しい雰囲気に思わずたじろいでしまう。






 そうして空き家となった飲食店に入った帝家一同は、1つのテーブルを囲みゼクシリアの説明を聞き入る。




「――ということがあった。灯は獣人族のみならず我ら帝国の立場を守る為に、全ての責任を背負ったのだ……」




 灯から聞かされた作戦、そしてその身を犠牲にして自分達を救ってくれたことを語る。


 その表情は悔しさや悲しみに溢れており、自分の無力さを憎んでいた。




「そんな……、灯君私達のために自分を犠牲にするなんて……」




「灯君が責任を背負う必要なんてどこにも無いのに」




 ゼクシリアからことの経緯を聞いたセルフィナネルフィナ姉妹は、灯の自己犠牲な行動にただただ驚いていた。




「そ、それで!灯様はどうなったのですか!?まさか騎士団に捕らえられたんじゃ……!」




 そんな中、この場では灯と最も親しくあったメルフィナは大きくまを乗り出して、焦った様子で安否を確認してくる。




「いや、灯は騎士団に捕まってはいない」




「じゃあ今はどこに……」




「灯は騎士の1人にやられ全身がクリスタルに包まれた後、クウに連れられてどこかへ消えた。恐らく今は新たに創った世界、ジェンシャン魔獣人国に避難したのだろう」




 急かすメルフィナを落ち着かせるように、ゼクシリアは冷静な声音で灯の身に起こったことを説明する。


 だが、それはゼクシリアが見ていたことを話しただけに過ぎず、灯を包み込んだクリスタルの正体までは分かっていなかった。




「灯様は、騎士に負けたということなのですか……?」




「そういうことだ。灯は自らを諸悪の根源とし、その上で騎士に敗北することで王国と帝国の衝突を身を呈して防いでくれた」




「そん、な……」




 悔しげな声音で灯の行動を語るゼクシリアに、メルフィナは言葉を失う。


 彼女の目は大きく見開かれ、光を放たない空虚な瞳は灯との思い出が映し出されていることだろう。




「コォーン」




 力無く椅子にもたれ掛かるメルフィナに、マナは心配げな鳴き声を上げて擦り寄る。




「灯さんは、私達の英雄です……」




「そうね、エミヨン一派を一網打尽にしてそこから王国と帝国の戦争まで食い止めちゃうなんて、ほんとぶっ飛んでるよ……」




 メルフィナの側近であるヘレーナとステラは、一時期は同僚であった灯を賞賛する。


 彼女達も灯との関わりは多く、可愛い後輩として慕っていたのだ。




「心配するなメルフィナ、私が見ていた限りでは灯は死んだ様には見えなかったし、それにあいつは殺しても死ぬ様な人間じゃない。それはお前が1番よく分かってるはずだろ?」




「……はい、そうですね。うじうじしてすみません、私も灯様のことを信じます!」




「それで良い。それと明日は我々と騎士団の者達とで今後の方針を決める話し合いがあるが、我々が灯と親しい仲であることはくれぐれも秘密にしておくんだ。でなければ灯の努力が全て水の泡となる」




 メルフィナの決意を満足したように頷いたゼクシリアは、最期にこの場にいる全員にそう忠告した。


 皆は灯を生贄にするようなこのやり方に嫌な顔をしつつも、それでも灯の体を張った行動を無下にしないために固く頷く。




























 ――


























 翌日、港町の町長がいたと思われる屋敷の一室を会議室にしたゼクシリア達は、騎士団の総隊長クリスと5人の隊長、そして勇者マリスを招いて顔を並べた。




「まずは自己紹介からだな。私はクリス、今回の大艦隊では総隊長をら務めている。こっちは各船の隊長達だ」




「私はボウルサム帝国第2王子ゼクシリア・マルキス・ジーナ・エインシェイト。そしてこちらは同じく帝家の人間だ」




 まずは両者は共に改めて自己紹介をすませる。


 隣国とはいえ一時は戦争になりかけた関係故に、互いに緊張が走っていた。




「まず、昨日は宿を貸していただいたこと感謝する。おかげで騎士達もよく体を休めることが出来た」




「いや、こちらこそ薄汚れた場所しか用意出来ず申し訳ない。英気を養えたようで何よりだ」




 こうして帝家と王国騎士団との会議は始まった。その後も両者は互いを探り合うように近況の報告などをしていく。


 だがそんな中で先手を打ってきたのはクリスであった。




「ところで、我々騎士団は帝国からの宣戦布告を受けて出陣したのだが、どうにも来てみたら状況はかなり混乱しているようであった。是非王子からの説明を伺いたいのだが」




「ああ、実は恥ずかしながら帝国は近年反皇帝派との争いで内紛が頻繁に起こっていた。そして先日我が父は討たれてしまい、一時乗っ取られる事態に陥ったのだ」




 ゼクシリアは帝国で起こっていた内紛を包み隠さず説明する。


 それは自身の弱味を晒すことにろかならないのだが、それでも灯が作ってくれたこの状況を守るために、泥汚くもしがみついているのだ。




「つまり王子は、いや今の帝国は我々と争う気は無いということか?」




「そうだ、反皇帝派の黒幕であり帝国の貴族であったエミヨン公を討ち、全て納めたと思っていたのだが、そこであの魔王を名乗る存在が現れた」




 灯を売ったことに内心では身を削る思いをしながら、それでも灯の意志をゼクシリアは引き継いだ。




「魔王か、それも我々の勇者がすでに無力化させたからな。ならばもう帝国を仇なす存在は消滅したということだろう」




「失礼ながら、そのことに関して聞きたいことがある。私の目には妙なクリスタルに包まれつつも逃げたように見えたのだが、あれは一体どういうものなのだ?」




 魔王という話題でクリスは勇者の名を出してきた。


 そこでゼクシリアはここぞとばかりに、灯の身に起きたことに関する説明を仰ぎ、真相を探りに迫る。


 メルフィナも緊張した面持ちで、構えていた。




「クリスタルについてか、それならば勇者に直接説明させよう。マリス」




「はっ!」




 クリスのその一言で、1番端に座っていたマリスは勢いよく立ち上がった。




「自分は魔王との激戦の末に、勇者の剣に秘められている封印の力を使い奴を封じ込めることに成功しました。しかしその後は自分が油断したせいで魔王には逃げられ、今は行方不明となっております」




「封印……、いや、しかし逃げられたというのなら、それを破られる可能性はあるのだろう?」




 クリスタルの正体が封印という意味だと知り、ゼクシリアは首筋に汗を伝らせる。


 だがそれでもまだ微かな希望を信じ、マリスに質問を繰り返した。




 しかし、ゼクシリアの言葉にマリスは言いずらそうな表情をする。それを見かねてか、クリスが淡々とした口調で冷徹な答えを言い放った。




「勇者の剣の封印は勇者の資格を持つ者にしか解けない。魔王の所在が掴めない現在、奴は一生クリスタルの牢獄に囚われの身となるだろう」




 微かな期待をも打ち消すクリスの言葉に、ゼクシリアは一瞬頭が真っ白になってしまう。




 その結果、横で灯の無事を信じていたメルフィナの思いもしない行動に気づくのが遅れ、それを止めることが出来なかった。


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