7章 プロローグ

 ボウルサム帝国の中心に位置する帝都。そこの高台に高らかとそびえ立つ帝都要塞城の玉座に、エミヨンは座していた。




「くははははっ!ようやく私の時代が来たぞ!」




「おめでとうございます、エミヨン様」




 玉座から帝国全土を見渡し高笑いを浮かべるエミヨンに、側近のフリーは賛辞を送る。


 皇帝エルドリアを惨殺したエミヨンは、現在帝都を占拠し新たな皇帝として帝国を支配下に置いていたのだ。




「さて、私が皇帝になったからには、王国との温い条約なぞ即時放棄するぞ。これから私は王国を滅ぼし世界をこの手にする!」




 玉座の前で頭を垂れる反皇帝派、いや現皇帝派の部下達に向けエミヨンは高らかに宣言した。


 これまで反皇帝派の面々は、密輸や密猟など王国で小規模な悪行を繰り広げていたが、これからは王国と正面からぶつかる腹積もりである。




「エミヨン皇帝、まずは何から始めますか?」




 元々は魔法師団の一員であったキールは、深々と頭を下げながらエミヨンに発言する。


 彼は皇帝惨殺という功績によって、マークとカローラと共に、帝国の貴族へと昇進していた。




「これまで行ってきた嫌がらせの鬱憤は相当溜まっているだろうからな。近いうちに奴らから宣戦布告を受けるだろう。それを機に我らは開戦を宣言する」




「それは良いっすね!しかし、戦力はどうするんすか?」




「ふん、それもすでに考えてある。魔人共から獲た魔力を利用して、帝国中にいる獣人族や魔獣を先兵として毒化させて突撃させれば良い」




「なるほど、それは名案っすね!」




 エミヨンは灯達との戦闘時、ドロシー、ガンマ、シーラの3人から大量の魔力を奪い取っている。


 戦争ではその魔力を利用し、多数の獣人族や魔獣を洗脳して突撃させる計画だ。




「くははははは!見ていろよ王国、すぐに貴様らもエルドリアと同じ目に合わせてやる!」




 エミヨンはこれからの方針を大まかに部下達に説明すると、再び窓の外の帝国を見下ろしながら高らかに笑うのだった。


























 ――


























 勇者選別が終わってから1ヶ月が経過。マリスは現在、王都にて与えられた装備、勇戦闘者を使いこなすため特訓の日々に明け暮れていた。




「ふむ、だいぶ自分のものにしてきたな」




「はい、ありがとうございますクリスさん!」




 マリスは特訓の間ずっとクリスと模擬戦をこなしていた。


 普段なら部下を鍛えることなど一切しないクリスであったが、マリスの能力を認め自ら特訓の相手を名乗り出たのである。


 幸い3騎士は基本王国の切り札として普段は王都内部で生活しているため、マリスの特訓相手としては適任であった。




 ちなみにマリスの抜けたライノ隊は、一時的にフレシア隊と共に任務をこなしている。


 マリスのいないライノ隊などいる意味は無いと、メイダが文句を言ったのは別の話だ。




「それにしてもこの装備、どれもこれも凄いな……」




 特訓の合間、一休みすることになったマリスは自分の装備を見つめながらそう感嘆の声を上げる。


 通常の騎士の装備とは違う勇者装備の力に、1ヶ月たった今でもマリスは驚愕していた。




「クリス様!クリス様はいらっしゃいますか!?」




 と、休憩しているマリスとクリスの元に、やけに慌ただしい剣幕で赤軍の騎士が駆けつけてきた。


 顔中汗だらけで、そのことから緊急さが伺える。




「騒々しいな。なんだ?」




「ほ、報告致します!先程帝国より、同盟条約を破棄する旨の声明が届きました!」




「えぇ!?」




「なんだと?」




 数日前に王国は、帝国宛に密輸や密猟等の悪事に関する文書を送っていた。


 しかし、それはこれ以上同じことを繰り返すなら武力を以てそれを制圧するという内容であった。


 にも関わらず、それに対し同盟を破棄するという騎士の報告を受け、マリスは反射的にその場から立ち上がって目を見開いた。


 クリスも無表情ではあるが、声音から怪訝さが感じられる。


 そんな2人に対し、騎士は報告を続けた。




「また、条約破棄に合わせて王国との開戦を宣言しております!」




「か、開戦だって……」




「宣戦布告か、これから忙しくなるな」




 条約破棄と戦争の宣言に、マリスは顔の色がみるみるうちに悪くなる。


 クリスは年長者なだけあって、すぐに脳は切り替わって先のことを見据え始めていた。




「まぁいい。元々こちらから戦争は仕掛けるつもりだったのだ。これで大義名分が出来たということだ」




「本当に戦うのですか……」




「覚悟を決めろマリス、お前は今勇者なのだ。騎士達の先頭に立つ人間がそれでは示しがつかんぞ」




「はい……」




 未だ戦争という事実を実感出来ないでいるマリスに、クリスはきつい言葉をかける。


 いじけていようが悩んでいようが、戦いは目の前まで迫っているのだから、甘い言葉をかけている余裕はないのだ。


 ましてマリスは勇者に選ばれた存在なのだから、戦う以外に道はない。


 勇者の剣を強く握り締め、マリスは戦う覚悟を決める。




「マリス、お前は自室で待機していろ。私は王国や大臣達と今後の対応を検討する。何かあれば呼び出すだろうから備えておけよ」




「はっ!」




 クリスはマリスに指示を出すと、報告を伝えて来た騎士と共に王城へと入っていく。


 マリスはそんなクリスを見送ると、天を仰ぎ1度大きく息を吐き出すと自室へ戻る。




 全てはエミヨンら反皇帝派の長年の計画通りに進んでいる。


 こうして、王国と帝国の長年に続く同盟条約は、新たな皇帝の策略によって簡単に破棄させられ、開戦を宣言されたのであった。


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