6章 プロローグ
北陸に位置するボウルサム帝国。
その最北端を統治しているエミヨン・カデナ・ディアニアは、屋敷の窓から見える雪景色を眺めながら、不敵な笑みを浮かべるのだった。
彼女の見つめるその方向には、帝国最大の都である帝都がある。
「くくっ、馬鹿な皇帝め。大切な息子が危機に晒されているというのに何も知らない愚か者よ」
皇帝の指示でこの北端の地を統べながらも、彼女は密かに下克上を企てていた。
その第1歩として、第1王子であるグラジエラ・マルキス・チョーク・エインシェイトを手にかけようと狙っている。
「ディアニア公、こんなことをしても何も意味は無いぞ」
部屋の片隅で、ロープに体を縛られ手錠で頑丈に拘束された血だらけの人物、グラジエラ王子はエミヨンを問い諭そうと試みる。
「意味ならあるさ、これは私が皇帝になる為の第1歩なのだよ」
「貴様のような我儘なやつ、誰もついては来ないぞ」
「くくっ、何も知らない若造が。すでに私の下僕達は来たる戦争を待ち侘びておるぞ」
グラジエラ王子の説得など何の意味もなかった。エミヨンの狙いは内紛を激化させ、自身が皇帝に君臨することのみ。
それを止めることは王子にも出来ないのだ。
「戦争を引き起こそうというのか、狂ってる……!」
「くくっ、なんとでも言うがいいさ。グラジエラ、貴様の命は今日限りなのだからな」
「ごほっ!」
エミヨンは瀕死のグラジエラ王子にトドメを指すかのように、鋭利なナイフをその胸に突き刺した。
王子の純白な衣は真っ赤な血に染まり、口からはどす黒い血が溢れ出る。
「死ね、グラジエラ」
「……!」
ここは敵のテリトリーで助けは誰も来ない。
己の命がここまでだと直感したグラジエラ王子は、最後の力を振り絞り、小さな声で魔法を唱えた。
目の前にいるエミヨンも気づかないほどのか細いその魔法は、やがて灯をこの地に導き帝国全土を巻き込む戦争に発展することとなる。
「ぐふっ、後は、頼んだぞ……、ゼク、シリア……」
グラジエラ王子は、そう最後の言葉を残し深い眠りにつく。
その最後の様子を眺めていたエミヨンは、耐えきれなくなったのか高揚して高笑いを浮かべていた。
「くくっ、くはははは!さぁ始めよう!戦争を!」
エミヨンはグラジエラ王子の遺体を背に、帝都に向かって開戦を宣言したのだった。
――
クリサンセマム王国の王都では、珍しく騎士団の青軍が勢揃いしていた。
青軍は本来国のあちこちを動き回っているため、一堂に会することなどありえない。
なぜそんな自体になっているのか、この場にいる者は誰も把握していなかった。
「しかしなんでまた国王は俺達を呼び集めたんだ?」
「さぁ?お祭りでもするんじゃないですか?」
「アマネ先輩、それはないと思いますよ……」
この場には当然ライノ隊の面々も集っている。彼らはこんな事態であるにも関わらず、いつも通り楽観的なことしか考えていない。
「なんだ、お前達が召集に応じるなんて珍しいな」
「ガロンドかよ、お前の隊も来てたのか」
ライノ隊に声をかけてきたのは、同じく青軍であるガロンド隊隊長ガロンドだ。
彼とライノは同期であり、訓練時代は共に鍛えあった存在である。
「へっ、お前のことだからとっくにどこかで野垂れ死んでるかと思ってたぜ」
「馬鹿言うな、俺がそう簡単に死ぬもんかよ。そういうお前こそ、ビビって田舎に帰ったんじゃねぇのか?」
「ああ?」
「なんだよ?」
途中まではからかい合っているだけだったが、だんだんとヒートアップしていき、気づけば互いに火花を散らして胸倉を掴みあっていた。
彼らは同期とはいえ、仲がいいわけではなかったようだ。
「あ、マリスー!久しぶりー!」
「メイダさん!?」
喧嘩を始めるライノ達をよそに、突然マリスに抱きついてきたのはメイダ。
彼女はアマネと同郷で、マリスのファンの1人でもある。
マリスはその甘いルックスと剣技の腕から、騎士団の女性陣から人気が高く、ファンも多いのだ。
「あっ、メイダ!マリス君にちょっかいかけないでよ!」
「あんたには関係ないでしょ。魔獣バカは黙ってなさいー」
「ちょ、メイダさん、苦しい……」
アマネに注意されるも、メイダは全く離れようとしない。
その締めつけにマリスは苦悶の声を上げる。
「えっ?マリス君来てるの?」
「どこ?どこにいるの!?」
「あっ!あっちよ!」
メイダが騒いだせいで、他のマリスのファンも反応してしまい続々と集まってくる。
「ほらー!あんたが来るから面倒になっちゃったじゃない!」
「うわー……」
「あらら、ごめんなさいねマリス」
押し寄せるマリスファンの波に、マリスは諦めの声を上げた。もう逃げ場はどこにもない。
「静まれ!」
しかし、絶望しかけたその瞬間、どこからか声が響いてきて、彼女達は足を止めたのだった。
「よく集まってくれたな、青軍の諸君!これから君達にはあることに挑戦してもらう!」
先程まで喧騒に包まれていた青軍に、一瞬にして静寂が訪れる。
「君達に行ってもらうのは「勇者選別」だ!」
「勇者、選別……」
その聞きなれない言葉に、マリスは思わず呟く。
帝国の内戦が激化しようとしている中、王国でも新たな時代が訪れようとしているのだった。
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