6章 1. マナコフォックスのマナ

 帝家の護衛を任されることになった。ただ、俺は数日前から臨時だがすでに護衛をしていたので、特に戸惑うことは無い。


 メルフィナ王女を一緒に護衛するドロシーも緊張するタイプではないので、何も問題は無いだろう。




「ドロシーちゃん沢山食べるわね〜……」




「ここの料理美味しい」




 俺達は現在城の食堂で昼食をとっているとのだが、ドロシーの食いっぷりにステラさんが目を丸くして驚いている。


 メルフィナ王女と一緒に食事をとっているのは、今日が本来は休日だったこともあるし、普段はこんなことは無いだろう。




「ふふっ、遠慮しないで沢山食べていいですからね」




「やった!」




 メルフィナ王女はドロシーを見て微笑んでいる。ただそのアホは建前という言葉を知らないから、遠慮しないでいいと言われたらとことん食うぞ。


 そりゃあもう、食料庫の食材を空にする勢いで。




「ドロシー、少しは抑えろよ」




「でも遠慮しなくていいって」




「メルフィナ王女はお前がどれだけ食べるか知らないからそう言ったんだよ。彼女の優しさに漬け込むな」




「……分かった」




 俺はドロシーに小声で指摘した。


 さすがにこれ以上自由にさせておくと、夕飯を食えるかどうかも危うくなってくるので止めておく。


 それにしても、ほんとに体のどこにそれだけの食料が消えていくのか、不思議でしょうがない。




「あの、灯様、約束覚えてますか?」




「約束……、ああ、もちろんですよ。お互いの魔獣を見せ合うんでしたよね」




「はい!そうです、この後一緒にどうかなって」




「いいですね、ぜひこちらこそよろしくお願いします」




 メルフィナ王女とは、俺が魔獣使いだとバレた時お互い魔獣同士を遊ばせるみたいな約束を交わした。


 彼女のペットがどんな魔獣か知らないので、結構楽しみである。




「ごちそうさま」




「あら、もうよろしいのですか?」




「うん、もう満足」




「それなら良かったです」




 メルフィナ王女は見えていないから分からないだろうが、ドロシーはいつも飲食店に行った時に食べている量と同じかそれ以上平らげている。


 もうさすがに十分だろうし、ドロシーも加減を分かってくれて助かった。




「それでは行きましょうか」




「はい」




 食事を終えた俺達はメルフィナ王女のペットが居るという室内庭園へと向かうことにした。




















 ――






















 へレーナさんに手を引かれているメルフィナ王女について行き、到着したのは室内だというのに木々が生い茂る見事な室内庭園である。




「マナちゃーん、出てきてくださいなー」




「コーン!」




 メルフィナ王女が可愛らしく呼びかけると、茂みの中から真っ白な体毛のキツネが現れた。


 体長はライオンやチーターくらいの大きさで、向こうで見るキツネよりもだいぶ大きい。


 そして最も特徴的なのは、額にある3つ目の眼だ。




「マナちゃん、久しぶりですね」




「コンコーン!」




 3眼のキツネはメルフィナ王女に勢いよく飛びつくが、彼女は其れを軽々と受け止める。


 いつもあんな風に抱きつかれたりしているから慣れているのだろう。




「灯様紹介しますね、こちら私の友達であるマナコフォックスのマナです!」




「マナコフォックスですか、初めて聞きましたが可愛らしいですね」




「はい!マナは目の悪い私の代わりの目となってくれるとっても可愛い子なんですよ!」




 メルフィナ王女は嬉しそうにマナのことを語りだす。魔獣の話を出来るのがよっぽど嬉しいのだろう。


 この世界では無尽蔵に魔獣と仲良くできる人間は少ない。だからメルフィナ王女のように純粋に魔獣と戯れる人は初めて見たかもしれないな。




「初めましてマナ。俺は灯だ」




「あ、灯様危ない――」




「コォーン」




「よしよし、いい子だな」




 俺が近づくと。メルフィナ王女は心配そうな声を上げたが問題ない。


 俺は体質のせいでどんな魔獣とも仲良くなれるし、それは当然マナも例外では無いのだ。


 マナは俺が頭を撫でると、気持ちよさそうに擦り寄せてくる。




「す、凄いです。マナは私以外には絶対懐かないんですよ……!」




「はは、自分は体質のせいか魔獣や動物に好かれやすいので」




「そ、そうだったのですか。それで魔獣使いに」




「まぁそんなところです」




 俺はメルフィナ王女に事情を説明しながらも、マナの頭や顎を撫で続ける。


 次第に気持ちよくなったのか、マナは俺にしっぽを巻き付かせ寝転んでしまった。


 3眼も見慣れればなんだか可愛く思えてくる。




「ふふ、マナがこんなに気を許すなんて、なんだか嫉妬してしまいます……」




「す、すみません、調子に乗りすぎました!」




 マナと戯れすぎたせいか、メルフィナ王女を怒らせてしまった。


 そりゃあ誰だって大切なペットが他人と仲良くし過ぎていたら、気分は良くないだろう。


 俺は慌ててマナから少し離れる。




「むっ、別にそういうことじゃないんですが」




「えっ?ど、どういうことでしょうか?」




 マナから離れた瞬間、メルフィナ王女の機嫌が悪くなった気がした。


 なぜだろうか。マナと仲良くしてたのが気に入らなかったんじゃないのか。




「はぁ、灯様は意外と鈍感なのですね」




「申し訳ないです……」




 今まで人との付き合いはそんなに多い方じゃなかったから、鈍感と言われても否定は出来ない。




「ふふっ、まぁいいです。それより灯様の魔獣は今どこにいらっしゃるのですか?」




「おっと、そうでしたね、今呼び出しますよ。みんな出てこい!」




 うっかりマナに夢中になっていて忘れていた俺は、慌ててモンスターボックスに手をかけ皆を呼び出した。




「クウー!」




「!」




「「「ブォッ!」」」




「シャー!」




「ギギッ!」




「ピィー!」




 俺の声に反応し、モンスターボックスからクウ達総勢8匹の魔獣が飛び出す。




「うわっ、こ、こんなにいるの……!」




「あの時も思っていましたが、相変わらず凄い数ですね……」




 ステラさんは俺の仲間達に会うのは初めてで、想像よりも多かったのか驚きの声を上げていた。


 へレーナさんはパーティー会場での戦いの時一緒にいたが、あの時はほとんどアオガネに守られていたのであまりじっくり見れていなかったのだろう。




「あら?なんだか匂いが足らない気がしますけど……」




「さすがメルフィナ王女、鋭いですね。今あいつは島に送――じゃなくて、海でしか活動出来ないので出てこれないんですよ」




「?そうでしたか……」




 メルフィナ王女の勘の良さに感心して、うっかり本当のことを話してしまうところだった。


 もしイナリのことを話せば、その流れで俺達が獣人族を逃がしたことがバレてしまう。


 これだけは上手く誤魔化しておかなくては。




「クウー!(灯違う匂いがするー!)」




「どわぁ!何すんだよクウ!」




 メルフィナ王女にぼかして説明していると、突然クウが腕に噛み付いてきた。




「クアッ!(灯の浮気者!)」




「痛い痛い!浮気なんかしてないって!てか浮気って何だよ!?」




 なぜかクウに浮気者認定されていた。まさかマナを撫でていたことを言っているのだろうか。


 ペットは他人のペットを可愛がると嫉妬すると聞いたことがあるが、クウもそれかもしれない。




「大丈夫大丈夫、俺の中ではクウが1番だよ!」




「クウー(むぅー)」




 これでもかと撫で回して可愛がってやる。クウはまだ少し唸っていて納得はしていないようだが、撫でられることに関しては満更でも無い様子だ。


 わかりやすい奴だよまったく。




「随分と仲がよろしいのですね」




「えぇ、自分の(この世界での)人生はクウと出会ってから始まったと言っても過言ではないですからね」




 メルフィナ王女は俺とクウが戯れている声を聞いて、柔らかな笑みを浮かべていた。


 前の世界では気味悪がられていたこの体質も、この世界では理解してくれる人がいる。


 そんな小さなことが、俺はとても嬉しく思えた。


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