5章 23. 遺言でも書いておこう

 メルフィナ王女様に用意された客間へ移動した俺達だったが、現在俺は彼女がお色直しをするということで部屋の外で待機している。


 もちろん1人になれたその時間を無駄にする手はないので、俺はプルムを呼び出す。




「!」




 プルムはぷるぷると震えながら俺に抱きついてくる。




「プルム、この屋敷のどこかに獣人族が囚われている可能性があるから探ってみてくれ。地下や隠し通路があるかどうかも重点的にな」




「!(分かったー!)」




 プルムは俺の指示を受けると、体を細かく分裂させて建物の隙間へと消えていく。


 現在プルムは150体近くに分裂が可能となっている。




「後はシンリー達と連絡を取り合いたいが、持ち場を離れるわけにはいかないからな。どうしたものか……」




 シンリー達2班は、変わらず警護の1番外枠を担当している。


 俺達1班の持ち場が変わってしまったことで、彼女らとかなりの距離が出来てしまったのだ。




「仕方ない、手紙でも書いて夜になったらイビルに届けさせるか」




 この世界では、遠距離の相手と連絡をとる手段はあまり無い。


 テレパシー的な魔法があるというのは聞いたことがあるが、そんなもの俺達には使えないので意味がないし、ケータイなんて便利な道具がある訳でもない。


 だから手紙を送るくらいしか、今は思いつかないのだ。




「灯君、入っていいよー」




「了解です、失礼致します」




 今後の行動方針を考えていると、部屋の中にいるステラさんから声が掛かったので、一旦それは中断して中に入る。


 すると真っ先に目に入ったメルフィナ王女の変わりように俺は目を奪われた。




「どう?いい感じでしょ?」




「ど、どうでしょうか灯様?」




 メルフィナ王女は先ほどまで着ていた旅用の服装とは打って変わって、美しい水色のドレスを見事に着こなしていた。


 銀髪に水色のドレスはよく似合っており、まるで湖畔で優雅に泳ぐ白鳥のようである。




「す、凄く綺麗です……」




 俺はその美しさに一瞬言葉を失ったが、黙っていては不敬にあたると思い咄嗟に声を絞り出した。




「それだけー?もっと言うことあるでしょ?」




「い、いえ!嬉しいです。ありがとう、ございます……」




 ステラさんは俺の感想に不満げだったが、メルフィナ王女は顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに照れている。


 そんな可愛らしい仕草が、服装の美しさとのギャップでより一層際立つ。


 なんだか一生見ていられる気がするな。




「では衣装合わせも済ませたことですし、灯様はまた一時退室していただけますか?」




「あ、はい、そうですね。では失礼します」




 俺が放心状態になっているところを、へレーナさんが手を叩いて正気に戻してくれた。


 パーティーまではまだ2日あるので、今から着ている必要はないからもう脱ぐようだ。


 もう少し見ていたい気持ちに後ろ髪を引かれながらも、俺は部屋を退室する。




「灯、今少しいいか?」




「カローラさん、お疲れ様です」




 部屋の外でメルフィナ王女が着替え終わるのを待っていると、カローラがやって来た。


 カローラは確か、他の班長達と警護の方針を打ち合わせしていたはずだが、それはもう終わったらしい。




「今後についてだが、パーティーまでの2日は灯はメルフィナ王女の傍にいろ。我々他のメンバーは少し距離をとって周囲を警戒しておく」




「了解です」




「パーティー当日は付き人は2人までという規定があるからな。お前と侍女の1人を傍に置き、残りは会場の外を警護する予定だ」




「会場でメルフィナ王女を守るのは俺だけということですか」




 正確には侍女も1人付くらしいが、戦闘になれば頼れるのは俺だけだろう。


 かなりの大役だから気を引き締めておかなければ。




「以上が今後の方針の概要だ。何か気になることはあるか?」




「いえ、問題ありません。ただ数枚紙をいただけますか?」




「構わんが、何に使うつもりだ?」




「危険な任務になりそうですので、故郷の家族の為に遺言でも書いておこうと……」




 紙を貰う理由が思いつかなかったので咄嗟に言ったが、随分と物騒な内容になってしまった。


 カローラも俺の発言に若干引いている。




「う、うむ、紙は後で持ってこさせよう。では私も持ち場に戻るので、しっかり頼むぞ」




「了解です」




 カローラは苦笑いしながらも、自身の持ち場へと帰っていった。


 変なイメージを持たれてそうだが、ともかくこれでシンリー達に連絡を取れそうで一安心だ。
























 ――
























 西区の領主の屋敷に到着した初日の夜、プルムが調査を終えて帰ってきた。


 俺はメルフィナ王女や侍女に気づかれないよう、プルムから成果を聞き出す。




「!(屋敷の地下とかには獣人族はいなかったよ)」




「なっ……!隠し部屋とかも無かったのか?」




 プルムからの報告にうっかり声が大きくなってしまったので、慌てて抑える。


 俺はてっきりこの屋敷に獣人族達が隠されているものだと思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。




 まぁ冷静になって考えてみれば、アディマンテは何千人も獣人族を捕えれいるらしいので、わざわざ目立つ屋敷に隠す訳がないのだ。


 そこに頭が回らなかったとは、俺もだいぶ抜けている。




「!(でも地図みたいなのは見つけたから、もしかしたらそこにいるのかも)」




「なるほど、良くやったなプルム。何も手掛かりが無いよりはマシだな。よし、次はそこを探ってみるか」




「!(分かった!)」




 獣人族が見つからなくとも、プルムはそれに繋がりそうな手掛かりをきっちりと掴んで来ていた。


 痒い所にも手が届く優秀な調査に俺は感動し、プルムの体をガシガシと撫でて褒めちぎる。


 プルム本人も俺の腕に体を絡めてきて嬉しそうだ。




「屋敷の外ならイビルと一緒に行った方が良さそうだな。出てこいイビル!」




「ギギッ!(お呼びでござるか!)」




「これからプルムの指示する場所に一緒に行ってやってくれるか?」




「ギギッ!(承知したでござる!)」




 イビルは俺の指示を受けると、早速プルムを背に乗せて飛びたとうとするので慌てて止める。




「ちょっと待ってくれ。そこに行く前にシンリー達にこの手紙も届けてくれるか?今の状況と今後の方針を書いてあるんだ」




「!(大丈夫だよー)」




「帰ってくる時に返事も受け取ってきてくれ」




「ギギッ!(うむ、では今度こそ行くでござるよ!)」




「頼んだぞ」




 プルムとイビルは手紙を受け取ると、勢いよく屋敷を飛び出して行った。


 これでシンリー達と連絡を取れるし、獣人族に関する手掛かりも何か掴めるかもしれない。流れは俺達に来ている。




「君、少しいいっすか?」




 と、イビル達を送り出し窓の外を眺めていると、不意に後ろから声をかけられる。


 慌てて振り返ると、そこには高級そうな服に身を包んだ貴族が立っていた。




「な、何ですか……?」




「僕の名前はフリー・ワグ・ネストラング。この屋敷の主であるアディマンテ様の友人っすよ」




「じ、自分は魔法師団の灯です」




 俺に突然声をかけてきた軽い口調のこの男は、アディマンテと友人関係にあるらしい。


 そんな人物が俺に一体何の用だというのか。


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