5章 22.ツンデレ王子
メルフィナ王女の側近に任命され、馬車に移ってから数日が経過した。
初日に襲われて以降目立った事件は起こることもなく、俺達はようやく西区のパーティー会場へと到着したのである。
「王女様、カローラです。中へ入ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
「失礼します」
西区へ到着すると、馬車の中にカローラが入ってきた。
恐らく今後の作戦や行動について話に来たのだろう。
「灯、お前は引き続きメルフィナ王女の側近として彼女を護衛しろ。我々は周囲の警護にあたる」
「了解です」
「よろしくお願いしますね、灯様」
「はい、任せて下さいメルフィナ王女」
俺は引き続きメルフィナ王女の護衛を務めるらしい。
俺は臨時で帝都から本職の魔法師が来るまでだが、その間は彼女には指一本触れさせない心づもりで挑む。
その上で、彼女の近くにいれば初日の襲撃の黒幕であるアディマンテとかいう奴に近づく機会もあるだろう。
このチャンスを無駄にする手はない。
「メルフィナ王女、パーティーは明後日のご予定ですが、その間またくせ者に狙われる危険はあります。ですがそこにいる灯や我々魔法師団が、命に変えてもお守り致しますのでご安心下さい」
「はい、でも何事も無ければいいのですが……。皆様の無事を祈っております」
メルフィナ王女は寂しそうな表情で、両手を組んで祈るように天を仰いでいた。
この世界に宗教があるかどうかは知らないが、どんな人間でもどんな世界でもそういう行為はしてしまうものなのだろう。
カローラは王女に一礼すると馬車を出ていった。
「さて、それじゃあ王女様!お部屋に着いたらパーティー用のドレスの試着をしましょうか!」
「はい、私もパーティーは久しぶりなので楽しみです」
少し暗くなった雰囲気を変えるように、ステラさんは明るい口調で話題を切り替えた。
こういう時、明るい性格の人がいるとありがたいものだ。
「いくら護衛だからって、灯君は覗いたらダメだからね?」
「そ、そんなことしませんよ!」
「動揺しているところが怪しいわね〜」
「うぅ、そ、そういうことはダメですよ灯様……」
「だからしませんって!」
ステラさんがおちょくってくるせいで、メルフィナ王女まで変な誤解をしてしまった。
顔を赤らめる王女様は凄く可愛いが、誤解はしっかり解いておかなければ。
「ステラ、いい加減にしなさい。もう着きますよ」
「はーい」
へレーナさんは緊張感のないステラさんを叱る。この2人のバランスはなかなか上手い具合に釣り合っているので、見ていて面白い。
そんなことを思いながらも、俺達は西区の領主の地に降り立った。
――
西区領主の館は帝都の城に比べたら見劣りするものだが、小国の城並には大きい。
この広い城のどこかに何千人もの獣人族が囚われている筈だ。
どうせ地下にでも隠しているんだろうが、俺はこの数日間で必ず手掛かりを見つけ出してみせる。
「何をしているのですか灯様?」
「すみません、屋敷の大きさに見入ってしまって」
「そうでしたか、早く行きますよ」
獣人族達のことを考えていたら、いつの間にかメルフィナ王女達と距離が開いてしまっていた。
今の俺には王女の護衛という任務もあるので、まずはそれを全うしなくては。
「ようこそいらっしゃいました、第2王子ゼクシリア・マルキス・ジーナ・エインシェイト様、第3王女メルフィナ・マルキス・スタラー・エインシェイト様。お2人に会えて光栄で御座います」
「ああ、貴殿も元気そうで何よりだ。アディマンテ公爵よ」
「道中賊に襲われたという話は伺っております。さぞお疲れでしょう、我が屋敷でごゆるりとお寛ぎ下さい」
「うむ、そうさせてもらおう」
アディマンテの案内で俺達は屋敷の中へと入る。
しかしまぁ、自分がけしかけた奴らだというのに、よくもあんなホイホイと嘘をつけるものだ。
実際俺達5人しかその真実は知らないからバレることは無いのだろうが、図太い神経をしていやがる。
絶対にこいつの悪事は暴いてやるからな。
「では、パーティーの当日までの間、私共がおもてなしさせて頂きますので、度の疲れを癒して下さい」
「気遣い感謝する」
アディマンテは深々と頭を下げると、どこかへ姿を消した。
すると第2王子のゼクシリアはソファーに腰を下ろし背中を預ける。
その様子から随分と疲労が溜まっているように見受けられた。
「全く、厄介なことになったものだな……」
「ゼクシリア様、この後は如何なさいますか?」
「俺は大人しくアディマンテの用意した部屋に篭っていることにするよ。だが、お前達はいつでも脱出できるよう経路と手段だけは用意しておけよ?」
「「「はっ!」」」
どうやらゼクシリア王子は、初日の事件の主犯はアディマンテだと予想しているらしい。
なかなか勘が鋭く、その上で対応も早い理性的な王子だ。
さすがは実力主義の国で、頂点に君臨する皇帝の息子なだけはある。
「おい、そこのお前。こっちに来い」
ゼクシリア王子の洞察力に感心していると、なぜか俺を見ながらそんなことを言ってきた。何か無礼なことを仕出かしてしまったのだろうか。
「早くしろ」
「は、はい!」
理由を考えていたら、ゼクシリア王子に怒りの籠った声音で呼ばれたので、俺は素早く彼の前に躍り出て跪く。
「随分とヒョロそうな見た目だが、お前が俺の妹を救ったというのは本当か?」
「はい、不肖ながら自分が救出致しました」
「そうか……」
ゼクシリア王子は一言そう呟くと、しばらく顔を伏せた後に意を決した表情で口を開いた。
「俺は家族のことは守ってやりたいと思ってはいるが、いざとなれば己の命を優先するだろう。だから貴様がその身をもって、我が妹メルフィナを守ってやってくれ」
「……必ず守りきってみせます」
何を言うかと思えば、想像以上に家族思いなセリフに俺は一瞬言葉を失った。
貴族や王族といえば、相続争いで兄弟仲が悪いというのが定番だが、帝家はそんなことは無いらしい。
ゼクシリア王子が特別なだけかもしれないが、それでも俺は意外なところで見れた家族愛に心がほっこりした。
「何をニヤついている!?もういい、下がれ!」
「はっ!」
うっかり内面が顔に出てしまったらしく、ゼクシリア王子はそんな俺を見て照れ隠しで怒鳴ってきた。
顔を真っ赤にさせて、見事なツンデレである。
「兄様、私の身を案じて下さりありがとうございます」
「ふん、俺はただ皇帝を目指す上で家族や民を大切にしているというイメージが欲しいだけだ」
「ふふっ、こんな誰も見ていない所でそんなことを言っても、嘘がバレバレですよ。ありがとうございます」
「ぬぅ……!もうい、行くぞお前達!」
「「「はっ!」」」
ゼクシリア王子はメルフィナ王女に言い返すことも出来ず、逃げるようにその場を去っていってしまった。
王子の後を着いていく護衛や付き人達も、心做しか表情が明るくなっている気がする。
これも全てツンデレ王子のお陰だろう。
「やっぱりゼクシリア王子は可愛い性格してるわね〜」
「やめなさいステラ、相手は仮にも王子ですよ」
王子が去った先をステラさんは楽しそうな顔で見つめていた。
王子に「仮にも」なんて付けるへレーナさんと合わせて失礼な付き人達である。
まぁ内心で似たようなことを思っていた俺も大概ではあるが。
「今どきあんな純粋な王子いないわよ?」
「はぁ……あなたいつか必ず痛い目にあいますよ」
これに関しては俺も同感だ。ステラさんの言動にはいつもヒヤヒヤさせられるからな。
「そしたら守ってよねへレーナちゃん!」
「嫌です」
「えぇー、そんなー」
「それより私達も行きましょうメルフィナ王女」
「そうですね」
ステラさんとへレーナさんの妙な小芝居を耳にしながら、俺達も与えられた部屋へ移動するのであった。
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