5章 14.盲目の姫君

 帝都要塞城を案内されている途中、単身情報収集に動いた俺は現在第3王女メルフィナに遭遇していた。




「ここで何をなされてるのですか?」




「いや、えっと、み、道に迷って……」




 メルフィナ王女は嫌に明るい声音で尋ねてくる。


 そこから彼女がたまたまここに来てしまったのであろうことは分かるのだが、悪事を働く俺は思わず声が上ずってしまった。


 怪しまれないようにしなくてはいけないのに失態である。




「あらあら、迷子なんですね。お城に来るのは初めてなのですか?」




「は、はい!先日魔法師団に入団したばかりでして……」




 しかし驚いたことにメルフィナ王女は、俺の明らかに怪しすぎる言い訳を間に受け取ってくれた。


 彼女の態度が嘘か誠かは分からないし、何かの罠に嵌めようとしてい可能性もあるが、ここは己のついた嘘を貫き通すしかない。




「魔法師団の方だったのですね。いつも訓練ご苦労様です」




「いえいえ、滅相もございません!」




 少しでも無礼を働けばどんな罰を与えられるか分からないので、俺はこの1週間で習った礼儀作法を最大限に稼働させて王女と受け答えをする。




「ぜひ私がお城の案内をしてあげたいのですが、実は私も今迷っている最中でして……」




「いえいえいえ!王女様のお手を煩わせる訳には――って、え?王女様も迷ってらっしゃるんですか?」




「はい、恥ずかしながら……」




 メルフィナ王女は顔をほんのり赤く染めながら、照れくさそうに笑っていた。


 彼女の美貌も相まってか、その可愛らしさに俺の胸は張り裂けそうなほど締め付けられる。絶世の美女とはまさに彼女のことを言うのだろう。




「ってそんなことこ思ってる場合か!」




「え?何ですか?」




「いや、こっちの話ですのでお気になさらずに!それより王女様が迷子とはどういうことなのでしょうか?」




 くだらないことを考えている場合ではないと、頭の中から振り払った俺は、改めてその不思議な現象を追求する。


 なぜならこの城は、メルフィナ王女の家も同然なのだから、いくら広いからといって迷うなど正直有り得ないだろう。


 厳重に守られている筋金入りの箱入り娘でないと無理な話だし、そんな噂は1つも聞いたことがない。




「実は私、生まれつき目が見えなくてよく迷子になるのですよ」




「あ、目が……。申し訳ございません、不躾な質問をしてしまいまして」




「いえ、いいのですよ」




 どういう理由かと思ったら、なんとメルフィナ王女は目が見えないらしい。


 この世界で俺は、魔眼という特殊な目を持つ者をこれまで数人見てきたが、目の弱い人も存在するようだ。


 恐らくその辺りは、俺のいた世界と大きな違いは無いのだろう。


 メルフィナ王女は、盲目の姫君ということだ。




「それでしたら、自分が人のいる所までお連れしますよ」




「あら、魔法師様も迷子では無かったのですか?」




「あっ!えーっとそうなんですが、実は探索系の魔法を使えまして、先程それを発動させたところなんですよ」




 メルフィナ王女も迷子だと知り、思わず迂闊な提案をしてしまった。


 危うく彼女に怪しまれるところだったが、無理やり誤魔化せただろう。


 実際魔法では無いが、プルムとモンスターリングのお陰で皆の居場所は分かっているのだし。




「そうでしたか、流石は魔法師団に入団なさるだけはありますね!」




「いえいえ、自分なんか末端の末端ですよ。合格出来たのは運が良かったからです」




「ふふっ、ご謙遜をして謙虚なのですね」




 少しでも無礼を変なことをしていないと思わせるために、精一杯自分が無能であるとアピールしたが、メルフィナ王女は全く信用していない。


 まぁあの試験に合格するのがいかに難しいかなんて、王女なら当然知ってでもおかしくはないだろう。




「そういえば、魔法師様のお名前は何というのでしょうか?」




「自分の名前は灯です。今後とも何卒よろしくお願い致します」




「灯様ですね。私はボウルサム帝国第3王女メルフィナ・マルキス・スタラー・エインシェイトと申します。こちらこそよろしくお願いします」




 改めて俺とメルフィナ王女は自己紹介を果たした。と言っても俺は事前に情報としては知っていたが。




「では行きましょうか、メルフィナ王女」




「はい、案内お願いしますね灯様」




 こうして俺は、偶然出会ったメルフィナ王女をエスコートしつつ、皆の元へ戻るのだった。






















 ――






















 メルフィナ王女と城内を移動している最中、話の種にでもと俺はふと気になったことを質問してみることにした。




「メルフィナ王女はあそこに自分が居ることを分かっているように質問してきましたが、どうしてそれが分かったのですか?」




「目が悪い代わりという訳ではないですが、私は耳と鼻がいいんですよ。ずっと音と匂いだけを頼りに生きてきましたので」




 メルフィナ王女は恥ずかしそうに照れながら説明してくれた。


 詳しくは分からないが、目が見えない分彼女は他の五感が強いのかもしれない。


 この世界にはむこうの世界には無い魔力もあることだし、それが作用している可能性は十分有り得る。




「ああ、なるほど。でも自分は大した音を立てた訳でもないですし、もしかして匂いですか……?」




「はい、失礼ながら少し魔獣のような香りが漂ってきたものでして……。失礼ですよね!申し訳ございません!」




「そ、そんなことないですよ!メルフィナ王女が謝ることは一切ございません!」




 話をきいていたら、突然メルフィナ王女に謝られてしまい俺は困惑する。こんなところもし誰かに見られでもしたら、不敬罪で捕まるんじゃなかろうか。


 しかしそれは置いておいて、まさか魔獣の匂いを嗅ぎつけられるとは思わなかったな。




 今まで匂いなんて気にしたこともなかったが、融合する分俺の体から魔獣の匂いが漂っていたということだろう。


 今は潜入している最中なのだから、今後はそういう面も気をつけた方が良さそうだ。




「しかし、どうしてあの場所で魔獣の匂いがしたのでしょうか?灯様は何か知ってらっしゃいますか?」




「……えーと、どうしてですかね?もしかしたら狩った魔獣の素材があったのかも知れませんよ!詳しくは分かりかねますが……」




「なるほど、そういうことでしたか」




 俺は必死にその理由を誤魔化し、メルフィナ王女をどうにか納得させることに成功した。


 彼女は俺の言うことを何1つ疑うことなく、全て信じてくれる。


 彼女の真っ直ぐな気持ちを利用しているようで少し申し訳ない気もしてくるが、魔獣と融合出来るなんて言っても信じられないだろうし、信実は伝えられないだろう。




「おっ、ようやく皆の所に戻って来たみたいですね」




「本当ですか?それはよかったです」




 メルフィナ王女と話しながら歩いていると、ようやく俺は皆の所に戻ってこれた。これで彼女の迷子も終わりだろう。




「むっ、おい灯!貴様どこに行って……、え?な、なぜメルフィナ王女と一緒に居るんだ!?」




「い、いやー、いつの間にか皆とはぐれてどうしようかと思っていましたら、偶然メルフィナ王女と出会いまして……」




「はぁ!?何を訳の分からないことを――」




「本当ですよ魔法師様。灯様は城をさ迷っている私をここまで案内して下さったのですから、どうか責めないであげて下さい」




 カローラに説教を食らいそうになったところを、メルフィナ王女がフォローしてくれた。


 元々俺は、怒られるのは覚悟の上で単独行動をしていたが、庇われるとは思わず彼女の優しさに感謝する。




「カローラ、今はもういい。とにかく今はメルフィナ王女を付き人に引き渡すのが最優先だ」




「わ、分かった」




「よろしくお願いします」




 膠着するカローラを見かねたキールが指示を出すことで、その場は収まった。


 メルフィナ王女の案内はそのままカローラが引き継ぐこととなり、2人でどこかへと消えていく。


 別れ際に小さくてを振られたのには驚いたが。目が見えないのになぜ俺の場所が分かったのだろうか。




「では迷子も見つかったことだし、案内を再開するぞ」




「「「はい!」」」




「灯はこれが終わったら説教だから覚悟しとけよ」




「はい……」




 こうして俺はキールに説教を宣告されながらも、城内の案内は再開された。


 結局有益な情報は1つも手に入らなかったが、それでも資料室は見つけられたので今回はそれで良しとしておこう。今後じっくり調べればいいのだから。


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