4章 32. 同じ手を食らってたまるか
2撃目の魔力砲は魔人4人の協力のおかげで、被害をださずに防ぎきることに成功する。
しかし突然現れた海の魔人に、ドロシーとシンリーは理解が出来ておらず未だ頭が追いついていなかった。
「で、何であんたが出てくるのよ……?」
「誰?」
「ふふ、相変わらず泥の魔人様は辛辣ですわね。森の魔人様、わたくしがここに来たのは、皆様と同じ理由ですわよ」
「同じ理由だと?そりゃどういうこった?」
溶岩の魔人だけは、渦潮が現れた時から海の魔人だということは分かってはいたが、それでもここに来た理由は気にはなっていた。
「わたくしも皆様と同じく、灯様に導かれたのですわ」
「え……、ダ、ダーリンに……?」
海の魔人の口から放たれた灯という言葉に、シンリーは心の底から震える。
「はい」
「じゃあ、ダーリンは生きてるの……?」
「はい」
「ここに来てるの……?」
「はい、今はあちらの船の上で戦っておられるはずですわ」
「……!」
シンリーは海の魔人から灯が生きていること、そしてこの地に来ていて戦っていることを告げられ、喜びのあまり言葉もなく咽び泣く。
表面上ではいつも通りを装ってはいたが、それでも心の中は不安でいっぱいだったのだ。
そして今、灯の無事を知ったことで、堪えていた感情が溢れ出したのである。
「よかった……、本当に、生きてて、よかった……!」
「へっ、何だかんだで大将のことを1番心配してたのはお前だったからな」
「う、うるさいわね!当たり前でしょ!」
次々と涙が溢れ出てくるシンリーだったが、溶岩の魔人に茶化されることでいつもの調子を取り戻す。
「私はご主人様は無事だって分かってた」
「アンタはただ何も考えてないだけでしょ!海の魔人のことも忘れてたし!」
「わ、忘れてない」
「あら、わたくしは開口一番「誰?」と言われた記憶があるのですが」
「聞き間違いだよ」
ドロシーはシンリーに痛いところを突かれ、海の魔人にも茶化され、それを聞いていた溶岩の魔人が大口を開けて笑う。
いつの間にか魔人4人は、楽しそうに盛り上がっている。
しかし、まだ魔力砲を防いだだけで魔法使いは1人も倒せてはいないのだ。
「あ、上来る」
「あいつらもう魔法を放ってきやがったか!」
「さっきのでもう魔力ほとんど使っちゃったわよ!」
ドロシー、シンリー、溶岩の魔人の3人は常に守りに魔力を注いでいたせいで、残りは僅かであった。
対して、この場で魔力が残っているのは海の魔人だけなのだが、彼女は何故か聖母のような微笑を浮かべていた。
「皆様、そう慌てなくとももう大丈夫ですわ。あの魔法はもうここには届きませんもの」
「は?そりゃどういうことだよ?」
「見ていれば分かりますわ」
海の魔人はそれだけ告げると目線を空へと向けた。他の3人もそれにつられて上を見て、彼女の言いたいことが理解でき驚く。
迫り来る魔法は全て彼らを狙っているわけでも獣人族達を狙っているわけでもなく、的はずれな方向へ飛んで行っていたのだ。
「どうなってやがんだ……?」
「ふふ、海を見てくださいな」
「あれ?なんかさっきまでと違って、かなり荒れてる気がする……」
天気が荒れているわけでも嵐が来たわけでもないというのに、波は激しくぶつかり合い高く立ち上っていたのだった。
「えぇ、あれはわたくしの仲間が荒らしているのですわ。足場の安定しない海上であれだけ荒れていれば、もうまともに照準を合わせることなど出来ません」
「よく分からんが、ともかく助かったってわけか」
長時間に渡り防御に徹していた魔人3人は、ようやく一息つけたことで力が抜けたのか、全員その場にへたり込む。
波の荒れはより一層激しくなり、いつの間にか魔法は1つもな飛んでこなくなっていた。
――
海の荒れが酷くなる中、俺とマッチョマンの戦いは佳境を迎えていた。
「む、この荒れのせいで足場が安定せぬな」
マッチョマンは十分な踏み込みが行えず、拳の威力が落ちていることに憤りを感じていた。
対する俺はワープと片翼を使うことで滑空するように攻撃を重ねており、着実にマッチョマンにダメージを与えている。
「さぁ、そろそろこの戦いも終わりにしようぜ」
「そうじゃな。小童を仕留めとっとと獣人族共を狩るとするかの」
「とことんゲスなやつだな。救いようがない」
「それはこっちのセリフじゃ!」
ここまで戦況が劣勢になっても、未だに己の考えを変えようとしないマッチョマンに俺は静かに怒りを露わにする。
俺は再び上空へと移動し、天高くから滑空した。
「馬鹿が、何度も隙を見せおって。今じゃ!空間魔法で地面に叩き落とせ!」
「「「はっ!」」」
しかし、奴らは俺の攻撃を見切ったのかこのタイミングで空間魔法を使ってきた。
奴らは複数人で時間をかけなければ空間魔法を使えないようだが、それでも使えれば空間魔法は空間魔法である。
だが、その能力の厄介さは使う側としても受ける側としても、俺が一番よく分かっていた。そして俺の体には今、その空間魔法において右にでる者はいない最強の使い手がいる。
『クウー!(そう何度も同じ手を食らってたまるかー!)』
クウは以前俺が空間魔法を受けて遭難したことが相当こたえたらしく、真っ先に反応した。
奴らの放つ空間魔法よりも発動のタイミングは遅かったはずなのに、奴らの生み出した空間魔法よりも更に手前にワープホールを作り出すことで、回避したのだ。
そしてその出口は、敵の空間魔法の使い手達の真上である。
「うおらぁ!」
俺は奴らの上に出現した瞬間拳を振るい足を振るい、1人残らず地に沈める。これでもう奴らは空間魔法を使うことは出来ないだろう。
「残りはお前だけだぜ?」
「よくも……!わしの精鋭達をやってくれたな!」
マッチョマンは仲間を倒され、憤怒に顔を染め突撃してくる。
だが、足場が不安定なのは相変わらずでその足取りは遅い。その隙に俺達は再び上空へと場所を移動した。
「クウ、あのマッチョマンもそろそろ仕留めるぞ」
『クウ!(うん!)』
俺はクウと呼吸を合わせると、再び滑空して構える。狙いはマッチョマンただ1人だ。
「くそっ、煩わしい揺れじゃ!拳が全く定まらぬ!」
マッチョマンは相変わらず拳を飛ばしてくるが、足場の安定しない船上からの攻撃など、もう避けなくとも当たらない。
俺達は最短距離でマッチョマンを狙う。
「ならば、真っ向から迎え撃ってやるわ!」
マッチョマンは腰だめに拳を構え、カウンターで俺を倒そうと備えだした。
だが、そんなものに恐れる俺ではない。
俺も拳を固く握り、ついに落下速度に乗って威力の上がった拳を振るう。
「馬鹿め、わしの勝ちじゃ!」
だが、単純な殴り合いならマッチョマンの方が数枚上手であり、奴のカウンターの方が先に俺を捉えることは明白であった。
だからこそ、俺は薄く笑みを浮かべる。
「いや、俺の勝ちだ」
奴の拳が届くよりも速く俺達はワープを発動し、その中に飛び込む。
その出口は、俺自身がさっきまでいた場所のすぐ後ろだ。
若干後ろに瞬間移動した俺は、数テンポ遅れてマッチョマンの真上に落下する。
奴の拳は、さっきまでの俺のタイミングに合わせて振るってていたのですでに空を切っていた。
「これで終わりだ!」
「クウー!(灯やれー!)」
がら空きのマッチョマン目掛け、クウの魔力操作で威力の上がった渾身の一撃を叩き込む。
落下速度と魔力を乗せた俺の拳は、さすがのマッチョマンでも耐えられなかったようで、衝撃音と共に船の床に突っ伏した。白目を向いて体はピクリとも動かない。
「やっと勝った……」
『クウ!(やったね灯!)』
「ああ、クウもお疲れさん」
俺は地面に倒れ伏すマッチョマンを見下ろし、勝利の余韻に浸る。
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