4章 27. 海戦特攻用の小型船

 魔法の雨を掻い潜り猫人族を救助する騎士団。そしてその雨を防ぐ魔人達。


 猫人族達は、最初は突然現れた人間達を敵だと勘違いしていたが、一緒についてきていた獣人族の必死の説得でどうにか納得してもらえた。


 こうして攻められながらもどうにか救助が進む中、ライノの船では子供達を救出する為動き出している。




「ダメだな、砲撃の量が多過ぎてこれ以上は近付けねぇ」




「そもそも相手に人質がいる時点で我々は好きに近付けませんからね」




 ライノはどうにか船を近づけようと試みるが、近づく程に敵船の砲撃の精度は高まるので、思うように距離を詰められないでいる。


 本来海戦ならお互いが砲撃をし合うものなのだが、ライノ側は人質を取られていて不用意に攻撃を出来ないのも痛いところだ。




「仕方ねぇな。マリス、あれを使うぞ!」




「了解です!」




 ライノはマリスに指示を出し、彼ら近距離防御班を全員船内に引っ込ませる。




「マリス達が準備出来るまで奴らの攻撃を凌ぐぞ!」




「「「おぉ!」」」




 これで船内に残るのは、ライノの班と半数の獣人族のみ。


 船自体は現在シールドを張っているので敵の攻撃を防げてはいるが、このシールドが壊れれば今の船員だけで船を守るのは困難である。


 そうまでしてマリス達を船内に下げたライノは、一体何を狙っているのか。




「くそっ、どうにかあっちの負担も減らしてやりてぇが……!」




「無理よ!こっちだって結構ギリギリだし、それにあの砲撃に備えなくちゃいけないもの!」




「やっぱダメか……!頼むぞライノ!」




 溶岩の魔人もどうにかして子供達の救出の手助けをしやりたいところだが、今は猫人族を守らなければならないし、シンリーの言う通りあの砲撃のこともある。


 あれは魔人3人でも止めるのは厳しく、クウのワープのお陰でどうにか防げた状態なのだ。


 だが、空間魔法を使えるのがクウだけでは無いことはシンリーはよく分かっているので、何が起こるかわからない状況で戦力の分散は出来ないでいる。




「隊長!マリス班準備完了しました!」




「よし、シールドを解除しろ!開幕は俺がやる!」




「了解!」




 マリス達の用意が出来たと報告が上がり、ライノは部下に指示を出して船のシールドを解除させる。


 この盾は船外からの攻撃を完全に防げるものだが、船内からの干渉も出来ないという欠点がある為、なにかする時には一時解除しなくてはならないのだ。




「むっ、敵船のシールドが解けたぞ!畳み掛けろぉ!」




「させるかよ、両手斧起動!『拡大兜割り』」




 アンドレの指示でより一層増した魔法の雨を前に、ライノは船を飛び出し、斧の刃ではなく面の部分を使って扇のように振り下ろし、魔法を全て叩き落とす。


 そしてそのまま斧は海面を直撃し、広範囲に渡り水を打ち上げた。




「ちっ、これじゃ何も見えねえじゃねぇか」




 水柱の後ろに完全にライノの船は隠れてしまい、船を見失ってしまう。そのことにアンドレは苛立ちを隠せないでいた。


 ボスには魔力砲の件で釘を刺され、不利な状況だと言うのに一向に諦めようとしないライノ達に、怒りを露わにしている。




「ん?まて、何だこの音は……?」




「さ、さぁ、我々には分かりかねます」




 と、そこで何やら水上を滑るような奇妙な音が聞こえてくることに、アンドレは気がついた。


 その奇妙な音は幾つもあり、少しずつ近付いてきているようである。




「……後ろだ!急いで裏に回れ!」




 音のでどころにようやく気がついたアンドレだったが、もう遅かった。急いで船尾に回るとそこにはマリス達近距離防御班の姿があったのだ。


















 ――




















 時は、ライノが海水を叩きつけるところまで遡る。




「合図だ、皆行くぞ!」




「「「了解!」」」




 激しく水が立ち上る中、マリス達は1人乗り用の小型のボートで飛び出した。


 このボートは魔力を動力として海水を跳ねるように進む速さを重視した海戦特攻用の小型船である。


 魔力貯蔵量が低く、最長でも10分程しか海を走れないのが欠点だが、それを補って余りあるほどの特攻性と機動性が持ち味なのだ。


 ライノが作り出した死角を利用し敵船の後ろまで一気に回り込んだマリス達は、そのまま距離を縮め最後は鎧に魔力を流しひとっ飛びで敵船内に潜入したのである。






「くそっ!こいつらどうやって!?」




「理由はどうでもいい!とにかく魔法を放て!」




 突然船内に現れたマリス達に困惑の色を隠せないでいる魔法使い達に慌ててアンドレは指示を出した。


 だが、船内という狭い空間まで距離を詰められては、騎士を相手に魔法使いでは太刀打ち出来ず、魔法を放つすきもなく次々と切り伏せられていく。


 どうにか魔法を放てたとしても、マリス達は防御力に秀でた班なので、そんな生半可な魔法は通じずまた切り伏せられる。


 あっという間に形勢逆転だ。




「1人も取りこぼすなよ!」




「うおらぁ!」




 魔法使いを1人でも逃がせば、子供達を盾にされる可能性がある。マリスはこの場で魔法使い全員を制圧するつもりで攻勢に出た。




「おいお、こんな所まで攻め込まれてるじゃねぇかよ」




「おい!出てくるのが遅せぇぞ!」




 船尾が騒がしくなってきたことで、船内から頭を抑えながら1人の男が現れた。ライノ達が追っていた黄ラインの男、ベルディである。




「しょうがないだろ、さっきまで船酔いでゲロってたんだからよ。それに今回は余裕だから俺の力はいらねえっつったのはどこのどいつだ?」




「ちっ、悪かったよ!とにかく今は力を貸してくれ!」




「へいへい、これでまた貸1つだな」




 ベルディもまた、シンリーと同じく船に弱い人物であったらしい。どこにでもこういう人物が1人はいるということだろう。




「そんじゃまいくぜ!ライトニングアーマー!」




「竜の蹄の残党……!身体強化に気をつけろ!」




 マリス達は事前にベルディの戦闘スタイルをアマネから聞いていた。


 ベルディは、全身に雷を纏うことで身体能力を強化させて戦うことが得意な、魔法使いとしては異質の近接型である。


 そのことを知っていたマリスは慌てて部下に警戒するよう呼びかけるが、それでもベルディの電光石火の一撃の方が上回っていた。




「ごはっ!」




「ぐふっ!は、速すぎる……」




「騎士団か……、やっぱ幹部クラス以下は弱ぇな」




 ベルディは瞬く間に騎士2人をしとめると、マリスを目に付けた。


 以前洞窟で一瞬だけマリスのことを見ていたベルディは、その顔に見覚えがあったのだ。




「お前は強そうだ!」




「上等だ、こっちも元から狙いはお前だからな!」




 こうしてマリスとベルディが衝突する。ベルディの高速な変則攻撃にもマリスは反応し食らいついていく。




「よし、あっちはあいつに任せて俺達は残り1人を仕留めるぞ!」




「「「はっ!」」」




「ぐっ、そう簡単にやられるものか!」




 仲間が2人倒れマリスも敵の幹部クラスと戦闘中。仲間のいなくなったマリス班の班員は、それでも剣を握りしめ果敢に攻め込む。




「貴様ら、いつまでそんな馬鹿なことをやっておるのだ?」




 そんな混戦状態と化した船尾に、どこからともなく体を震わす程の重低音が響いてきた。




「ボ、ボス!?」




 その声の主に真っ先に気づいたアンドレが顔から脂汗を滲ませ驚愕の表情でその方向を見やった。


 なぜならそこには、これまでの肥太った体型とはかけ離れた、筋骨隆々のディボーンの姿があったからである。


 声だけはいつものままだが、外見があまりにも違い過ぎてアンドレを含む他の魔法使い達も、驚きを隠せないでいた。




「貴様ら、わしの船の上でいつまでもわちゃわちゃと叫びおって。いい加減我慢も限界じゃぞ!」




「ご、ふっ……」




 ディボーンは怒りの声を上げながら、マリスの最後の仲間目掛け拳を突き出した。


 本来なら決して届かないはずの距離なのに、その拳はマリスの仲間の腹を捉え、そのまま船外へと吹き飛ばす。




「調子に乗るんじゃないぞ王国の犬共。貴様らも奴隷にしてやろうかの!」




 ディボーンは海に落としたマリスの仲間のことなどもう気にもとめておらず、鋭い眼光で最後の1人のマリスを睨みつけた。


 船上にはかつてない緊張が走る。




「……ぅゎぁぁあああああ!」




 だが、そんなピリついた雰囲気をぶち壊すように間抜けな声が空から聞こえてくる。


 全員揃って上を見上げると、何と空から全身ずぶ濡れの少年が降ってきたのだ。




「いだっ!ったくあいつ無茶し過ぎだろうが!」




「え……、な、何でここに……?」




「ん?おおマリスか!お前もいたんだな!」




 場の空気も読まず空から現れたその少年の名は竜胆 灯。


 行方不明となっていた彼がついに帰ってきたのである。


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